校庭ダッシュ

「まあ概ね想像通りか。ノアの箱舟なんてべたな表現を使うあたり気を使っているのがわかって面白いね」

「あれ正式名称やないん?」

「正式名称は『Subordinate』、それを計26体生成して未来を作ろうとしているから彼らの組織名は『Subordinates』なのさ」

「眷属ってあのトカゲ人間たちのことかと思っていたけどそっちなんですね……」


 一通り火口との会話を報告。話している間、琴音は俺のポケットや服を叩きながら何か仕込まれていないか探し始める。くすぐったいからやめてほしい、とは言い出せない雰囲気なのでされるがままにする。


 何もなかったらしい琴音がほっとした様子で座布団の上に戻るとレイナさんが『アイテムボックス』から小さなホワイトボードを取り出しあれやこれやと書き込み始めた。


「『SOD』の目的はダンジョンコアを元にノアの箱舟もどきを生成、世界の海と地面が『UYK』に飲み込まれる状況から脱する事」

「テロリストの行動とは思えませんね」

「せやせや。人を救う必要なんてないやんあいつらには」

「あるんだよ。何故なら彼らは『UYK』の信者だ。君たち、信仰という物を理解しているかな?」

「……まあ仏教とかそうですよね。一人で勝手に成仏するんじゃなくて色んな人に広めようとする」

「そう、多くの人を導く。正しい、あるべき姿に」


 ホワイトボードに文字が並べられる。環境破壊。汚染。政治の腐敗。世界を幾度も滅ぼす兵器。生命の虐殺。地球。怒り。26の箱舟。導き手。


「正しい姿。世界と共存し、神と生きる」

「……核とかありますしね。そういう教義が出てきてもおかしくはないですけど、変なのありませんか?地球の話してるかと思いきや政治の話出てきますし」

「他には気象兵器とかね」

「?……取り合えずは理解できた……かもしれへん。でもどしてそれなら博人をどうこうする必要あるん?あと国が協力しない理由は?」


 それを聞くとレイナさんはお茶を飲んだ後姿勢をずらす。冷房が寒いらしくノースリーブ上からフード付きのパーカーを羽織った。ってそれ俺のじゃん。自分の着ろよめんどくさがり屋……。


「単純に箱舟の強度問題。本来はダンジョンコア一つで十分だったんだけどこの人口とスキルシステムによる戦力の飛躍的向上が原因で、防備やらにリソースを割く必要が出てきたわけだ」

「箱舟だけ奪われたら絶望すぎますもんね」

「そう。そこでダンジョンコア2つを用いた高強度の箱舟を作ろうとした結果君に壊された。かといって予定通り1つで箱舟を作れば冒険者によりあっという間に水漏れ、箱舟は沈没。そのための『栓』だ」

「因みに収容スペースは?」

「多分日本の人口の半分程度だろう。大したものだ。しかしそれだと国は納得できないわけだ」


 やはりというかなんというかレイナさん側にはこの情報は全て開示されていて俺たち側に降りてこなかっただけらしい。恐らくこの情報を集めるためだけに各地を走り回っているグレイグさんに内心で合掌。


 というか世界中に『SOD』いるのか、26個をどうこう言ってる辺り。そう思っていると「日本が特異なだけで大概は取引を開始しているよ」とのこと。なるほど、海外ではあの高レベル集団に対抗できないから取引相手として使っていると。


「アメリカとかは『UYK』討伐の為に色んなとこと協力して『Apollyon計画』に取り組んでる。面白いよ、何でも巨大ロボット作って『UYK』本体に強化核を叩き込むらしい」

「またよくわからない話が……」

「疲れてねむうなってきたわ……」

「ああごめんごめんはしゃぎすぎた。じゃあ今後の行動指針。琴音は学校生活楽しんで博人君は銀髪の娘と仲良く。取り合えず太陽が二つになるまではね」


 理由は勿論語られない。目的は俺が死ななくて済み同時に知的好奇心が満たされる第三のルート。国や『SOD』の提案しないそれに向かって走っているはずなのだが……レイナさんがウキウキし続けている事しか正直わからん。横で琴音はむくっと膨れながら床に寝ころんでいる。視線がこっちに来るけどいや知るわけないだろ。なんで命狙う敵と仲良くしなきゃならないんだ。


「鼻の下伸ばしたらあかんで?」

「色仕掛けは怖いもんな」

「……うーんそっちよりむしろ自然に心が寄る方が」


 聞こえているがシャットアウト。下手に掘り起こすとニヤニヤしている目の前の悪い大人にからかわれる。まあそれなりに理由はあるのだろう。


 あと太陽が二つってなんだ。プラナリアじゃないんだ、切ったら二つに増えるなんてことはないのに。……虚重副太陽生成計画?でも今は国は変な事できないのでは?


 思考は堂々巡り、まともな結論を下してはくれない。


「あともう一つ。博人君の強化だ。今のままでは決定打にかけるし何よりジョブを取得してないだろう?まあそのおかげで戦力の偽装ができているわけだけど」


 俺の思考はさておきレイナさんがホワイトボードに書き込む。確かに前回の一戦もその前も俺はジョブを習得していない。曰くジョブ込みの状態があれだと勘違いさせて他に回している重要戦力を対俺に回さないためらしいが効果があったかは俺は知らない。


 確かにジョブがあれば前回の戦いはもっと有利に進めただろうし。興味なさげだった琴音が「じゃあ手伝わんと!」と目をキラキラさせて体を起こしてきた。


「なら必殺技や!あんだけスキルあったら色んなコンビネーション作れるで!」

「それもそうだね。ただ可能ならスキル3つくらいで完結するのがいいかな。多分シャットダウンまでに汎用化できるスキルの数はそれが限界だ」

「……?まあええわ、そうなれば明日から挑戦やな!」

「あと本田さんの所にも行ってあげると良い。連絡先貰ってただろう?」


 想像以上に騒がしそうな2学期になりそうである。




 翌日、9月2日。

 5時間目、体育の時間。若干の眠気を振り払いながら授業前の校庭2週をこなそうとうーんと足を延ばしていると横から琴音がひょこっと顔を出す。真っ白な上と青い半ズボン、体操服を着た琴音を見たのは今が初めてではない。だがこうして校庭にいるのを見るとやはり似合っているなと思う。


 琴音はしばらく周囲を見渡し、笑いながら俺に提案をする。何か企んでる悪い笑みだった。


「勝負せん?」

「AGI、2倍以上差があるぞ?」

「んなもんテクニックで補うわ。ほら足をこーして」


 勿論そんなものはない。スキルを使うのならともかくとして、単純な速度で勝てるわけがない。だからこの競争の意味は別の所にあった。


 周囲のクラスメイトからの興味津々な視線。昨日琴音が話をどう盛ったのかは知らないが、ありがたい話だ。無視から恐怖、そこから興味へ空気が変わっていっている。彼らとしても急にクラスメイトがレベル9999になって帰ってきたと言われても実感がないのだ。俺の、そして琴音の能力を確かめたがっている。そして能力を見せることで位置づけのようなものを確定させるのが琴音の目的だろう。


「見せてみろよ。ああ他の奴巻き込まないようかなり大回りでな」

「よしきた!んじゃ始めるで、3、2、1、……今や!」


 ならその気遣いを無下にしてはならない。姿勢を陸上選手のように低く下げる琴音に対して体を持ち上げたままぼーっとしている俺。走り出す時の姿勢でそんなに変わるのかな、と思いながら合図とともに全速力で走り出す。


「よし、俺の勝ち」

「早いわ……魔力吐いて初速ブーストしてたねんでうち……」

「本当にテクニックあったのかよ。え、もしかして俺でも使える?」

「できるで。システム外スキルの一種やな、というか正確には色んなスキル組み込まれてる前提みたいな……ってあちゃー」


 琴音が思い出したかのように背後を振り向くのにつられて俺も視線をずらすとそこにはひきつった表情のクラスメイトの皆様。まあそりゃあそうだ、2周走るのが本当の意味で目ですら追えないなんて。


 背後には大きな砂煙。時計は走り出してから10秒すら経過していない。校庭を走っていたクラスメイトは急に隣に新幹線が走ってきたような感じで風圧と速度に怯え足を止めている。


 合図をしてから数秒で俺達は400メートルのグラウンドを2周していた。真面目に計算すると音速突破を狙えてしまうレベル、人間じゃねえ。あんだけ空間を俊敏に飛び回れるレベル9999の平地でのスピードだし、銃弾より遅いのでセーフ理論を唱えたいところではある。


 高レベルがこれだけ強いからこそ軍隊ではなく冒険者が迷宮に派遣されるし俺がマシンガンや諸々の銃器でゲームオーバーになっていないわけだが、そんな事はクラスメイトには関係ない。


「そろそろ走り終わったかー?いつも通りスキルの修練を始めるぞー」


 その微妙な空気をぶち壊してくれたのが体育教師。俺たちの走りを見ていなかったらしく何も気にせず皆をいつもの如く分類し始める。前衛、斥候、後衛、はみ出し者二人。……いつものではなかった、まあ組ませてもロクな事にはならないし。


「すまんが二人はレベル差が大きいからな、組んでなんかやっといてくれ。大山が余ったから誰かグループに入れてやってくれないか?」


 そう言うと前衛組が嫌そうな顔をしだす。この空気に見覚えはあった。昔の俺だ。ただのはみ出し者か暴力野郎かで話は大分違ってくるが「……じゃあ中田の所!」と誰も入れないから仕方がなく教師が指名するところまで一緒だ。


 皆がそれぞれの場所に戻ってゆく中俺達二人は取り残される。琴音がこちらをじーっと見つめた後ふっと視線をそらしながら口を開く。


「余計なお世話やった……?」


 結果を見ればドン引き。まあでもこれぐらいがいいんじゃないだろうか。あまり距離を近づけすぎてもらっても正直俺は困る。お前ら無視していた側が今更手のひらを反してんじゃねえ、という思いが。


「別にそれは大丈夫なんだが気になるのは大山だな。あいつ、ヤバいんじゃないか?」

「クラスにはみごにされるってこと?」

「次のいじめの対象になるんじゃないかってこと」


 なんでこんな心配をしなきゃならんのかは不明。でも心がモヤっとするのだ、自分と似たような目に合っている人間がいると、それが例え大山だとしても。


 クラスメイトの心理としては主犯格の大山と椎名、ビル……はむしろ止めてた側か。前者2人を生贄に俺たちと仲良くしたいという心理が働いても何もおかしくはない。皆好きなやつだ。誰にでもわかる悪。倒せばそれ以外の空気が良くなる。なら倒してしまおう。


 大山達に報いは受けさせたい。だがそれは俺とあいつらの間の話であってクラスメイト達に都合よく使われるためのものではないはずだ。


「はい考えすぎやで、そこまで思考回しても何も始まらへん。先走る前にやるべきことやろうな」

「……ごめん」

「何謝っとるねん。もしかしてうちのパンツ見たこと?」

「あんなミニスカで座ったり立ったりすりゃそうなるわ。というかお前反応見て楽しんでただろやっぱ!」

「何のことかわからへんなぁ、純情ボーイ」


 決めた、こいつレイナさんの刑に処してやる。ウインクしながら徹底的にこっちをからかってくる琴音に許さねえと思いつつ本題に入ることとする。これは授業で琴音と二人。ならやることはレイナさんに言われた通り俺自身の強化だ。


「ジョブは後回しで先に前回のスタイルのおさらいから行こうか」

「オッケー。目指せ必殺技」

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初手でダンジョン丸ごと破壊してレベルカンストしちゃいました~才能ないと馬鹿にしていた同級生をレベルの暴力で見返します~ 西沢東 @Nisizawaazuma

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