シチュー、夕飯にて

 電波ワード盛りだくさんの会話を切り抜けて2時間ほど。夜7時、雑に作ったシチューをレイナさんによそう。雑に作ったといっても人に出すものだから色々気を使っているのだから正確には琴音と比べると雑、という表現が正しいのかもしれない。


「いつもありがとう。それじゃあいただきます」

「いただきます」


 場所は寮の俺の部屋。狭い空間で俺とレイナさん、さらに琴音となるとそこそこキツくなるのだが一人少ないから今日は楽だ。琴音はクラスメイトと食事に行くという事で夕飯を代わりに頼む、という連絡が入っていてマックじゃ満ち足りない俺はシチューを作ったわけだ。


 三人で俺の部屋で夕飯を取るのはいつもの事だ。琴音が1学期終わる前くらいに入寮、そこから2か月くらい続いている。というのもレイナさんの食生活が致命的に破滅しているのが理由だ。


 チョコレート。

 コンビニ弁当。

 菓子類。

 栄養食品。

 菓子類。


 一日5食、間食だらけだがバランスだけは保ってますよという必死の自己弁護が痛々しい。実際には糖分も炭水化物も大幅オーバーだ。ここまでいっても「本物」よりはマシらしいがこれ以下など考えたくもない。


 そんなレイナさんを心配して琴音が飯を作るのが習慣だったらしいが俺という自炊微妙人間が出てきたことでヨシ、三人分作ったるわ!というのがこの密な夕食の始まりだ。


「お、ニンジン抜いてくれたね。偉い」

「その代わり玉ねぎ多めです」

「ほんとだ……。ほら折角1億入ったんだし博人君も高い肉をボンと入れてみるとかどうだい?」

「貧乏性がそれを許さないんですよ。あと野菜から逃げようとしないでください」

「ママか君は」

「琴音の癖が移ったかもしれませんね」


 1億は本当に俺の口座に入金されていた。レイナさんが言っていた一回の任務ごとの報酬だ。とはいっても諸々の税金が入るために一瞬で金は削れてゆくのだが。


「琴音君は君の為に友人作りか。全く健気だねぇ」

「世話焼きですよね。本当に助けられています」

「うーん、世話焼きか。起きた結果としては間違っていないかな。ただ君の思っているような善意100%とは若干ずれている印象があるね」

「いやあなたの食生活みて放置するのとかはあり得ない気がします……」

「……それはそう。ただ私の言いたいところはそこじゃなくて根の話だ」

「また恋愛がどうこう言ってからかうんでしょう、やめてくださいよ。レイナさんがアイテムボックスに戻った後の微妙な沈黙わかりますか!?」

「それを楽しみにしているんじゃないか。少なくともこの夕食会を君の部屋でやるのはそこに意図があると思うよ。君の部屋に入り浸る実態を作るにはそれが一番手っ取り早い」


 鬼のような発言である。琴音から飯抜きにされても文句は言えないだろう。レイナさんはシチューをふーふーと冷ましながらにやにやとこちらを見て「まあこの場合は恋愛とは違うけどね」と付け加える。


 恋愛と違って世話焼き、親切心とは違う。なら個人的に友人になりたかったという話なのだろうか。しかしそんなことは当然で、友人1人で学校生活送りたいという珍妙な願望を琴音が持っていないだなんて知っている。


 というとそれとは別の?と思っているとようやくスプーンを口に挟んだレイナさんがニヤニヤ笑いながら答えをくれる。


「じゃあそれは宿題だ。無償の親愛と無償に見える親愛は大分違うよ」

「答えを教えてくださいよ。自分で理解しなきゃ痛みを覚えないって隠すのは大人の悪癖では?……なんて言うと言いすぎですね、すみません」

「いいよいいよ。答えをわかった気になって振り回すのは周囲にとってかなり悪印象になるのだけは覚えてくと良い。例えば「報告連絡相談は大事だぞ!」が口癖の上司の連絡漏れで残業が増えたらどう思う?」

「『ドロップキック』入れたくなりますね」

「そんなことしたら上司の頭蓋骨が野球の球の如く吹き飛んでしまうじゃないか」

「三振奪って見せます」

「その前に君の人生がアウトになるよ……」


 答えについて脳内をぐるぐる動かしているとノックの後「入るでー」と扉の向こうから聞きなれた声が飛んできたかと思うとひゅうっと入り口に空間が開く。この部屋は面倒なことが起こらないよう扉のロックや窓の固定などスキルを使いとにかく強固に仕上げている。


 その結果まともに部屋に入ろうとするとワイヤーや転移罠、挙句の果てには時間停止系など拘束と言い張れる限界まで侵入者への備えをしている。だからアイテムボックス経由で一々入室しなければならないのだ。レイナさんの隠れ家兼我が家のドア、無駄に便利に使われているスキルである。


「おかえりー」

「夕飯シチューなんやな、ちょっと頂戴よ」

「食ってきたんじゃないのか?」

「……いやそのなんというか、食っときたいやん。珍しいし」

「お熱いことで」

「からかわないでください、次回はにんじん山盛りでいきますよ」

「肉多めって頼んだじゃないか!」


 レイナさんは相も変わらず妙な所が幼いというか欲望に忠実というか。わりと本気で動揺した表情のレイナさんを意識的にスルーしたらしい琴音は我が家のように自分の食器を用意する。お茶を用意しながら今日の事を聞いてみる。


「今日どうだった?」

「ええ人……ではないけど悪い人らではなかったで。冒険者がらみの話聞かれたり、博人の事申し訳ないと思っとるみたいな事言っとった」

「じゃあ仲直りイベントでもしておかないといけないね。それで前の事を清算しておかないと」

「……こういうのよくわからんけど、償いとかないん?」

「何万払えば良いと思う、琴音?」

「はいはい、いつも言ってる「謝罪は儀式」やね」


 謝罪は儀式。まあよく言われる話だ。謝ることで損失が補填できるわけではない、ましてや土下座したところで何だという話だ。しかし人はそれで納得し許してしまう。


 かといって何万だとか請求するわけにもいかない。だから損失をどうこうするわけじゃなくて俺と彼らの関係をマイナスからゼロにリセットするのだ。


 ましてや行動としては大山たちの行動を無視しただけ。ならごめんなさい、いいよ、で済ましてしまうのが妥当なのだろう。気は晴れないが大山たちの被害者だと思って対応するしかないのが現実だ。


「うーん、もっとスカッとする終わりはないんかなぁ」

「大山達には何か仕返しできないかなとは思うけど」

「多分何もしなくても事は起こるよ。順位が変わるからね」


 君がそれを望むかはさておき、とレイナさんが邪悪な笑みを浮かべる。あ、多分何か考えてやがる……と思うものの思考を読むことはできない。


 足りなかったが鍋までたどり着くのが面倒らしく琴音の器にスプーンを入れようとしている姿に呆れながら俺は鍋の残りを取りに行きながら今日の自分の話をしていないのを思い出した。


「あの、レイナさん」

「『SOD』関係で何か接触されたかい?それは白銀の髪の娘かな?」


 ……本当に何から何までお見通しのようである

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