『UYK』

「えーっと、何から話すべきか悩みますね」

「……まずそっちの目的からだろ。なんで編入なんて面倒なことしてきたんだ?」

「ズバリ勧誘目的です!ってストップ、かーえーらーないでください!」

「じゃあその誓約書しまえ」

「ちぇっ」


 渋々と火口は書類をしまうかと思いきや紙を裏向きにする。そこに何か書き込むのか、というか『SOD』関連の文章見られたらどうするんだよと思っていたが紙から何かを感じ納得。視覚を制限する効果があるようだ。


 こうしてみると道具に対して何かを付与する、という点でシステム外スキルは圧倒的な汎用性を誇っている。勿論誰でも使えるスキルも極めて強力だがあれは個人の技能であり魔法の道具を作り出すようなものではない。ポーションのような単純な合成で作れる必需品はさておきとしてそれ以外は技術の独占のためにスキルに登録されていないわけだ。


「それ書き込んだら裏にインクが移るとかそんなことないよな……」

「警戒しすぎですよ。何事も疑わなければ生きていけないんですか~?」

「息をするように俺の人生に攻撃するな、で何だそれ」

「迷宮の絵です」

「……絵かそれ?」

「画伯とはよく言われます」

「絶対褒められてないよな」

「勿論。というわけでノテュさんから模式図を預かっています」


 裏紙に描いた絵は本当に書きたかっただけらしい。ぐちゃぐちゃの、螺旋状であることだけが辛うじてわかる絵を横にどけてカバンから一枚の紙を出す。それにはダンジョンと思わしき逆三角形型のねじのような絵が描かれていて、その周辺に建物がある。


 そして計画完了後と書かれた図には爬虫類の鱗が数多にあった。建物たちは鱗に飲み込まれ、その中心に一匹のダニのような生き物がいる。大きさからしていくつもの街を飲み込むであろう巨大生物。よく見ると足も眼も機械っぽく描かれており大きく膨らんだ腹の中には数多のビルが密集して入っていた。


 ダニは何かを口から出る針で吸い取っている。それは鱗を貫通しその先に向かっていた。しかしノテュ、ということはあの触手足のノテュヲノンか。絵が得意とは意外な特技である。


「世界が滅ぶという話は聞いていますね?」

「おう。全然予兆を感じないけど」

「そりゃしませんよ。この滅びの恐ろしさは対処法の少なさ、気が付いた時には詰んでいたという点です。『UYKウューカ』、つまり我々の神についても知っていますか?」

「それは知らん」


 神聖四文字みたいな神の呼称らしいその言葉を口に出してみる。火口は「それがかつて地球だったものの名です」と答えた。


「神が地球だったもの?」

「ところで生物とはなんでしょう。はい3,2,1」

「会話の流れどこに行った。あれだろ、呼吸でエネルギー回して活動するみたいな」

「じゃあ呼吸しないのは全て生き物ではないと」

「……言われてみると細菌の中に呼吸しない奴いそうだものな。答えは」

「どうしよっかな~センパイに教えるのもったいない気がしてきたな~」


 腹が立ったので無言でほっぺと肉を50%にまで上げる。外からは『幻影』で隠しているが俺からは謎のアンパン生命体のほっぺプラスおでこに肉が落書きされたような感じに火口が変貌していっている。いい気味だ、帰り道後悔しやがれ。そこだけ『幻影』解除しないでおいてやるから、まあ距離離れれば自動で全部解除されるけど。


「まあ色々定義がありますが一番わかりやすいのが代謝を行う、ということです。他にもいろいろありますけど」

「俺、年下に生物の授業されてるのか……」

「で、その代謝、つまりエネルギーの行き来は主に水だとか酸素、炭水化物などであるわけですね。」

「もやしは水と空気あればある程度育つもんな」

「その水や空気が魔力に置き換わったらどうなると思いますか?」


 火口はニヤニヤしながら冷めたバーガーを口に運びウっとした表情でこちらに食べかけのバーガーをすっとずらした上でポテトをコソ泥していく。『幻装』で最近練習していた複雑な構造物の生成、今回はネズミ捕りを生成しぺちんと指を挟みこむ。因みに威力は最低限、ゴム鉄砲くらいだ。


「……鬼。カス。ゴミ。もう教えません」

「お前が話聞くように頼んできた気がするんだが……。ほれ『保温』」

「神!有用!ゴミの反対っぽいのは……ゴミになる前!」


 無様にネズミ捕りに手を挟まれた火口はそのまま紙の左下を指さす。最後の模式図。机の油のせいで若干にじんだその絵には地球だったものが描かれている。鱗、数多の足。魚の尾びれ、鳥の羽。全てをごっちゃにしたような存在。


「つまり地球が代謝を始めて生物としての形を取ったと?」

「正解です!今、神は最適な形を取りつつあります。生命としてふさわしい体の部位を作り始めて、その肉体に私たちは飲み込まれかけている」

「なんだそりゃ」

「でも。どうして生命があんなただの壁や床から生まれてくるのか。それは神を模した魔術の流れが走って魔力による代謝、急速な肉体形成が始まるからです」


 地球が命を得る。ただの宇宙に浮遊する岩石が一つの命となる。一体何の冗談だろうか。確かに世界が鱗に覆われている写真は見た。だがそれがよくわからない怪奇現象ではなく更なるダイナミック意味不明現象だとは思いもよらなかった。


 生命の起源は色々説明されている。化学反応で偶然膜ができてとか深海の熱のあるところでとか様々に表現されていたはず。では何故地球が生を得る?強い魔力を持った細菌でいいじゃないか。


 そう疑念を向けると火口は「そこらへんの科学的な理論はしらないです」と首を振る。いつの間にか俺の手は汗で滲んでおりつまんだままのポテトがへにゃりとしはじめていた。


「でも星ですよ?大気や地面という膜で体を覆い、溶岩や地震という形で長い間活動し続けている。そして生命は代謝をし体を大きくし、増殖する。三段論法ですよ」

「星は実質代謝している、そして代謝するものは生命の可能性が高い。よって星=生命ってか?小学生でも首を振るんじゃないか?」

「ただしそれが無限の時と試行回数を元に繰り返されれば魔術的には大きな意味があります。欧米とかではこの存在の慣性を再安定化術式として取り出そうとしています、あ、確か日本では『HP』という形で既に実用化してましたね」


 情報量が多い。本田さんも『HP』は存在がどうこう言っていたし正しいっぽいが。では何が問題なのか。地球が生命になって何が致命的なのか。


 地球がぎゅいんと惑星間飛行でもしだしたら勿論乗っている俺たちは死ぬだろう。だがこの図の不格好な神がそんなことできそうかと聞かれると大分微妙。結局こいつらがここまで必死になっている理由がよくわからない、そう思っている俺に真面目な顔で火口は告げる。


「いやだから神に取り込まれるんですって。地上も、海も。農業とか漁業ができるとは思わないでください。大地は鱗の上で食べられるものが見つかるかはめっちゃ怪しくて、さらに気を抜けば神に取り込まれる」

「その為に私たち『SOD』はダンジョンコアという疑似的な神の子をふ化させノアの箱舟を作成。そして口の針で神の体液や肉を吸い取り内部で生きる人間の食料や資源を確保します」

「26、今は25個になってしまった箱舟を作る作戦に手を貸してほしいのです。その術の名前を『』と言います」

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