エピローグ

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 手村との一件があった翌日金曜日の放課後、克己は智佳に誘われて、板滝町にある墓地を訪れていた。

「真岳くん、今日の放課後、打ち上げデートしましょう」

 朝の挨拶を済ませた後に、世間話のような軽い口調で智佳からそう言われて、克己は最初その内容が理解できなかった。

 打ち上げ?デート?

 克己の頭は、自分が巨大なロケットのようなものを背負わされて空中高く打ち上げられ、智佳が楽しそうにそれを見上げるという素っ頓狂な想像をしてしまうくらいに、混乱していた。

「えっ、あ、うん」

 内容が理解しきれていなかったものの、断る理由もなかったため、克己はかろうじて了承の意を伝えた。それから、智佳とはそれ以上の会話はなかった。

 そして放課後になり、蓋を開けて見れば智佳のお墓参りに付き合うということだったわけである。

「あら真岳くん、なにやらがっかりしているみたいね。いったいどこに行くことを期待していたのかしら」

 目的地に到着してネタ晴らしをするや否や、智佳は克己の顔を見ながらクスクスと笑った。克己としてもまったく期待していなかったわけではなかったので赤面するしかなかった。

 確かに男女が二人で出かけることをデートと呼ぶならこれもデートなのだろうが。別にお墓参りに付き合ってほしいと正直に誘ってもらっていても断っていなかったし、智佳自身それをわかったうえで克己の反応を見てからかいたかっただけなのだろうということは、短い付き合いながら克己にはわかりきっていた。

「というか、打ち上げを二人でやるっていうのも今考えればおかしな話だよね……。やるなら五人でやればいいし」

「まぁ、本当はそれも考えたんだけどね。作戦会議したときみたいにファミレスに集まるみたいな。でも、お祝いするほど円満解決ってわけでもないでしょう」

「それは、そうだね……」

 智佳が由利のことを言っているのだということは克己にもすぐわかった。由利が手村に謝罪するという目的は果たしたものの、行方不明だった飼い犬は手村によって殺されバラバラにされたという残酷な事実を突きつけられる結果になった。由利は今日も変わらず元気に登校し、いつものように取り巻きたちに笑顔を振り撒いていたが、打ち上げをしようと提案することにはさすがに抵抗がある。

「そういえば、手村くんは自首するみたいだよ」思い出したかのように克己が言う。

「……そう。あのときの手村くんの懺悔してる様は、私から見てもひどく反省してるように見えたしね。罪の重さに耐えられなかったというところかしら。遅かれ早かれ、私としては彼を野放しにするつもりはなかったし、訴えるために死体を探す手間が省けたわ。ちなみにそれは、夜井くんから聞いたの?」

「そう、夜井くんから――」

 今朝のことだった。朝のホームルームが終わり、トイレから教室に戻ったときに、間土と話していた夜井に克己は呼び止められた。夜井が手で口を覆ってひそひそと話そうとしていたので、克己も顔を近づけた。

「手村くん、今日自首するみたいだ」

「えっ……」

 克己は反射的に驚いた一方で、安堵もしていた。あの後、克己たちは間土と夜井と合流してから、手村を放置するようにして家に帰った。間土や智佳は警察に通報するべきだと言ったが、被害者である由利が「今日はあのままにしておいてあげよう」と言うので、それに従うしかなかった。最終的に手村が自ら警察へ行き罪をつぐなおうとするというのは、望ましい結果だった。

「それは、手村くんから聞いたの?」克己が夜井に聞く。

「そう。昨日の遅くに、彼から電話がかかってきてね。明日自首するという旨と、南戸さんはもちろん、他の皆にも迷惑をかけてしまって申し訳ないと伝えておいて欲しいということだったよ」

 ……申し訳ない、か。

 今の僕に謝られる筋合いなどあるのだろうか――

「――南戸さんにはすでに夜井くんから伝えてくれてたみたいで、緒美音さんには君から伝えて欲しいって言われたから、放課後がちょうどいいかなって」

「デートにそんな物騒な話を持ち出そうとするなんて、デリカシーがないわね、真岳くんは」

 いや、デートで墓場に行くっていうのもどうなんだろう、と思ったが克己は口に出さなかった。

「そういえば、死体はどこにいったんだろうね……」

 死体を探すと言った智佳の言葉から、ふと気になって克己は呟いた。

「さぁね。手村くんがどこに捨てたかとかの情報も警察に吐けば、今度こそ見つかるんじゃないかしら」

 智佳は興味がないように淡々と言った。確かに手村の言葉に嘘がないとすれば、犬とはいえバラバラ死体は実在することになり、それがどこにあるかはどうでもいいことかもしれない。

 ただ、手村が自分で捨てたバラバラ死体を警察に見つけさせることが目的だったのならば、どうして見つからなかったかは疑問が残る。やはり本当に誰かがバラバラ死体を見つけて別の場所に隠したのか、そうだとすればその目的はなんなのか。

 前を歩く智佳が足を止めたので、克己も合わせて止まった。智佳の目の前の墓石には、「道長家之墓」という字が刻まれていた。道長は、バラバラ男に殺された夫婦の姓、すなわち智佳の旧姓だった。

「これは、緒美音さんのお父さんとお母さん……?」

「そうよ。こっちに引っ越してきてからは、まだ一度も来れていなかったから。といっても今日はなんの準備もしてきていないし、お墓参りっていうよりは決意表明なんだけど」

 決意表明という言葉が気になり克己が智佳の方を見ると、智佳は真面目な顔つきで墓石を見つめていた。

「お父さん、お母さん。あなたたちを殺したやつは、私が絶対に捕まえるから。彼と一緒に。だから安心して眠っていてね」

「……え?」

 智佳は名前こそ出さなかったが、彼と言うと同時に横にいる克己を指差していた。

「えって何?あなたはバラバラ男を捕まえるために私のパートナーになるって言ったわよね」

「いや、言ったっていうか、確かに否定はしてないけど……」

 そうか、パートナーっていうのはそういうことか。というか冷静に考えれば、それしかないじゃないか。

「でも、緒美音さんの手伝いをするにしても、僕は役に立てないと思うよ……」そう言って、克己は俯く。

 今回の手村くんの一件に置いて、手村くんとの間を受け持ってくれた夜井くん、手村くんが警察署から出てきたという情報を教えてくれた間土くん、激高した手村くんを抑えつけた緒美音さん、そして手村くんに罪を自白させ自首にまで導いた南戸さん。人の痛みを共感できるオニを役立たせたいと意気込んでいたものの、結局今回の一件では、僕は何もできていなかった。

「……真岳くん、似たような話を少し前にもしたけど、あなた勘違いしてるわ」

「えっ……?」

 智佳の声に克己は顔を上げる。智佳は先ほど墓石に向けていた真剣な目つきで、今度は克己を見ていた。

「確かに私は真岳君の父親の情報目当てにあなたに近づいたけど、それだけじゃないわ。あなたは、私と同じくらいにバラバラ男を追う大義を持っていると思ったからよ。私は両親の敵討ち、そしてあなたは父親の罪の潔白の証明。だから私の手伝いをするっていう言い方は間違ってるわ。それに役に立たないって言ったけど、今回の手村くんの一件を解決するきっかけを作ったのはあなたなのよ、真岳くん。あなたが自らのオニに過信せず南戸さんに謝ったからこそ、南戸さんが手村くんに会うことに繋がったんだから、必要以上に卑下することないわ。これらのことを踏まえたうえでの、パートナーよ」

 一息ついてから智佳は照れたように目を逸らし、「まぁクラスが一緒なうえに席が隣になったことと、あなたが不便なオニを持ってたことは偶然だったけど」と付け加えた。

 ――父さんの、罪の潔白の証明。

 考えたこともなかった。バラバラ男の重要参考人とされている父さんはなぜ帰ってこないのかと疑問に持つばかりで、自分の手でなにかしようなどということは。でも、緒美音さんがやろうとしているのはそういうことだ。警察だけを頼りにせず、自分の手で真相を明らかにしようとしている。

 智佳は、無言で克己に右手を差し出した。転校初日の、放課後の教室のときと同じように。

 克己は智佳と向き合い、力強く智佳の右手を自分の右手で握った。あのときと変わらず、包帯越しでもわかる、華奢で細い手だった。

「改めて、これからよろしく、緒美音さん」

「こちらこそよろしくね、真岳くん」

 智佳とともにバラバラ男を追うことを誓うと同時に、克己は一つの決意をした。

 少し意地悪だけど優しいところもあって、逞しさと儚さを併せ持つこの少女を、守れるようになりたいと。


 翌日の土曜日、休日でも変わらず、克己は目覚まし時計が鳴る前に目を覚ました。色々あったが手村の件は一応決着し、智佳ともこれからの決意を新たにしたということで、いつもよりも目覚めが良いような気がした。

 身支度を終えリビングに向かうと、普段ならキッチンで朝食の準備をしているはずの幸衣が、テレビの前で立っていた。

 克己が来たことに気付いて振り返った幸衣の顔は、病的なほどに青ざめていた。

「これ、克己と同じ学校の子じゃない……?」

 幸衣がテレビを指差すので、誘導されるままにテレビを見る。そこには朝の全国区のニュース番組が映し出されていた。

 そして、手村透という名前と、中学校の卒業アルバムから持って来たであろう顔写真が映っていた。

 他人のペットを殺すというのはれっきとした犯罪に違いないだろうが、ここまで大々的に取り上げたうえ、加害者とはいえ未成年の顔も出すのかと思ったのも束の間、克己はニュースキャスターが読み上げる言葉に、耳を疑った。

「朝影市で、十六歳の男の子が体をバラバラにされて殺された事件で、警察はその手口や遺体の状況から、同市で十年前にも起きたバラバラ殺人事件と関連性があると見て、調査を進めています――」

 克己は、テレビの前で呆然と立ち尽くした。

 手村くんは、加害者としてじゃなく、被害者として報道されている。

 バラバラ男が、本当に板滝町に帰って来たのだ。

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イタダキのオニ 寺野マモル @teramaru1005

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