約束
もうすぐ両親が帰国するという、梅雨の晴れ間の日のことだ。
裏庭の湿地で一緒に遊んでいたサヤカが、赤いジャンパースカートのポケットに手を突っ込みながら訊いてきた。
「ケンにいちゃん。『じゅずだま』しってる?」
「『じゅずだま』? なに、それ?」
都会に帰ったらどうしようという考えで頭がいっぱいだった僕は、質問に質問で返す。するとサヤカは体をモジモジとくねらせてから、こう答えた。
「あのね、あきになるとね、キラキラしたみがなるの。きれいなの。それでね、ネックレス、つくってね……」
サヤカは再びモジモジとして、恥ずかしそうに口をつぐむ。
「ネックレスつくって、なに?」
僕がまた質問をすると、サヤカはしばらく間を置いてからニッコリ笑って言った。
「ケンにいちゃんとね、『けっこんしき』するの。まっしろなドレスきて……えへへっ」
その拍子にタラリと鼻水を垂らしたサヤカは、照れくさそうに微笑んでから鼻の下を人差し指でゴシゴシこすって、また笑った。
「ねえねえ。ケンにいちゃんは、サヤカのこと、すき?」
無垢な笑顔で訊ねてくるサヤカは、僕の答えを待たずに続けて話す。
「サヤカはね、ケンにいちゃんのこと、だいすき!」
正直言って僕はまだ、人を「好き」とか「嫌い」という気持ちがよくわかっていなかった。でもたぶん、見つけては嬉しくなる昆虫に抱いている感情と同じだ、と考えていた。
「ぼ、ぼくだって、サヤのこと、だいすきだぞ!」
なんとなく照れくさくなりながらもそう伝えると、サヤカは満面の笑みを浮かべる。そして言った。
「ほんと? ほんとにサヤカのこと、すき?」
グイグイと詰め寄ってくるその姿に、心臓が高鳴った。だから僕は何度も首を縦に振ってから
「『けっこんしき』するくらい、すきだぞ!」
と、大きな声でサヤカに告げた。
「えへへっ。じゃあねぇ……『けっこんしき』のとき、ゆびわくれるよね?」
「ゆびわ?」
オネダリするような目で訴えていたサヤカは、人差し指をピンと突き立て僕に向ける。
「あのね、サヤカ、だがしやさんのゆびわがほしいの。むらさきのね、かわいいの。『けっこんしき』には『こんにゃくゆびわ』がひつようって、ママがいってた!」
知らない知識だったので、僕は「なるほど」と納得してから言った。
「わかった! かってあげるよ、『こんにゃくゆびわ』」
あまりにも無邪気なこのやりとりが、サヤカとの最後の会話になるなんて……。このときの僕は思いもしなかった。
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