第十七話 『神』はいない

「ははぁ、そいつぁ極論だね」


 雲居が思いの丈を絞り出すように経緯を吐露したというのに、島根はあっけらかんと軽い声で返した。忠治が代わりにことを進める、そのためにここへ来たのだ。


「成るほど、経緯は分かりました、島根。ちょっと娘たちの体を見てくれるか」

「えっ、いいんですか。触っても」


 急な忠治の言葉に、島根は飛び上がるような仕草をして、いそいそと早速施錠外して中へと入って行った。それを千太郎が少し羨ましそうに指を咥えて見上げている。


「はい、怖くないよ。いていて、ちょっと爪は立てないでもらいたいなぁ」


 島根はいつも撫でつけているつややかな髪を、少女たちの細い指先で掻き乱されながら、彼女たちの着物を合わせ目から剥ぎ取った。出て来た少女たちの裸体は白く、外に出ないでこの座敷牢に長い間閉じ込められたことが容易に分かった。千太郎が流石に目を背ける。


 二人は腰の一部で確かに繋がっていた。その部分は皮だけにも見えた。白く美しい肌に無遠慮に下衆な男の手が這ったわけだが、島根の方はもう研究者としての顔をしていて、ちょうど融合している部分を何度も擦っている。元より女性にそんなに興味がない。子供ともなれば尚更だった。


「あれ」

「「どうしたの」」


 女の子たちが揃って島根に尋ねた。自分たちの肢体に興味も恐れも抱かない男に心を許したようだった。島根はそれに友達に返事するみたいに屈託なく答えた。


「君たち全然共有している臓器がないじゃない」

「本当ですか」


 忠治が雲居を振り返る。彼は神妙な顔で俯いている。彼が知らないわけがない。それを後ろめたそうに、少し恥じるように俯いたまま、やがて月明かりの外へ顔を背ける。


「皮膚と筋肉の一部だけじゃない……こんなんだったら簡単に」

「千太郎」


 それまで出番のなかった青年を、忠治は急に呼んだ。千太郎は頷いてゆっくりと立ち上がった。横脇から日本刀を取り出した。忠治は鞄から消毒薬と手拭いを取り出した。


「ちょ、ちょっと待ってよ。慎重にやらないと」


 珍しく正論を言って島根が千太郎を声で静止する。牢に入るのを阻まれて、千太郎は「忠治さん」と振り返って指示を乞うた。こういうのは勢いが大事だと忠治は思う。


「ふぅむ、簡単だと思うんだが。お前、どうにかならないか」


 忠治がまるで媚びるようにそう言うと、千太郎は一度こちらに振り返ったあと、真っ直ぐに座敷牢の入り口に向かって行く。少女たちも少し怯えて、何と、島根の後ろに隠れるようにしていた。


「やってみます」


 ぐずぐず言わないで一言で請け負うのが、この書生の気持ちが良いところだ。それだけのやりとりで手にはいつもの刀を、日本刀を持っている。格子戸をくぐって、中へ入って行くと、


「どいて」


と島根に告げて顔を真っすぐに上げた。彼の目の前には剥き出しの少女が二人。刹那、短い抜刀音がしたと思うと、その少女たちがそれぞれ左右に分かれた。


「志乃、志保」


 雲居が急いで座敷牢に飛び込んで行く。島根も急いで懐からハンカチ(彼女の妻はできた嫁で、気障な島根をいつも身綺麗にするように心掛けている)を出して彼女たちの患部に当てた。幸い皮を断っただけなので、血は殆ど出ていない。


「流石、千太郎だな」

「流石じゃないでしょ。清潔なところで切らないとばい菌入っちゃうじゃないですか」


 千太郎は刃に付着した血痕を、丁寧に手拭いで拭き取っている。忠治は千太郎と入れ違いで座敷牢に入り込むと、少女たちをなだめながら消毒をして応急処置を施した。


「ほら、これでもう解決じゃないか。『神』も『神の使い』も、もういないのさ、双子の娘と優しい父親しかいないわけなんだから」


 忠治の言葉に、雲居は思わずホロホロと涙を流した。二人の少女を両脇に抱きしめながら礼を言う。


「ありがとうございます。私にもこうするのが一番だと本当は分かっていた。でも私の震える手で殺めてしまった子供たちのことを思い出すと、とてもメスを入れる気になれなかったのです」


 『嘘だ』と、咄嗟に忠治は思った。この男は少女二人の状態を『美しい』と思っていたに違いない。ただ、確認するように島根を見た。島根は仕方なさそうに両腕を上げるとため息をついた。


「分かった、分かりましたよ。僕の方としてもこれはこれで文句のない結果ですよ。……ただ血筋と言われましても、この娘たちの身体能力の高さは気になるところではあるのですが」


「先ほども話したように、この子らの母親にもその兆候はありました。やはり神社がこの家の血筋を守ろうとしていたのには、それなりに理由あってのことなのかも知れません」


 涙をほとほとと落としながら雲居は答える。


「ねぇ、おじさん、このあと二人をどうする気」


 女の子たちを檻から出し、着物を被せながら、千太郎は振り向きざまに尋ねる。裸の少女を前にしてもこの涼しさ、よもや女に興味がないのではないかと忠治は些か心配に思った。


「村人は『神様』がいなくなったらどうなるか分かりません。この屋敷の裏には先ほどの崖の道に通じる抜け穴があります。そこから脱出し、二人を引き連れて私の生家へと帰ろうと思います」

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