第十六話 雲居の告白

「聞くと、川に流れていた新生児はやはり女の子供で、そこの子供同様奇形で生まれてきたのです」


 そうして雲居は濁った水晶のような瞳(彼はだいぶん白内障が進行していた)で、一対の少女を見つめる。少女の片方は何か言いたげに唇を震わせたが、結局固く唇を結んだ。


 千太郎はしゃがんだまま、その様子を格子の隙間から瞬きもせず見つめている。忠治が思うに、自分の境遇と重ねているようにも思えた。


「この子らの母親は、この村の巫女の家系でした。由緒ある家柄だったため近親婚が多く、彼女の夫は腹違いの兄だったそうです」


「近親婚ねぇ、成るほど。それで奇形が続いたわけですか」


 島根が、忠治とは違って髭がわずかに生えて来た顎を撫でながら、納得の声を出した。雲居の話に興味が出てきた様子で、忠治はそれに安堵した。


「彼女は思い悩んでおりました。生んでもうんでも普通の子が生まれない。そこにいる子供も、座敷牢で生活することで何とか殺されることを免れたのです。彼女たちの友だちは、先ほど使いに出した下男の草太くらい。堂々と生活できない身の上に、私は心から同情をいたしました」


「それで彼女たちを『神』に仕立て上げたのですね」


 黙って聞いていた忠治が、靴をコツリと鳴らして尋ねた。雲居が選んだそれは、間違っているように感じられた。それによって陸軍に目をつけられたわけだからだ。


「そうです……双生児の動きはまるで蜘蛛のようでした。蜘蛛はこの神社では神様の使い、それを生んだ母親を『神』として奉りました。それは見事に成功して、村人たちは彼女たちを受け入れ尊敬までし始めたのです」


「私は彼女たちと村人を繋ぐ仲介を務めました。そのころはどういうわけか田畑も順調で、皆この家に捕らえている『神の使い』のお陰だと噂していました」

「旦那さんはどうされたんですか。自分の子供が『神の使い』になって」


 島根が彼にしては低い声色で聞く。少し責めているようにも感じられた。千太郎が忠治と島根の後ろから、静かに雲居に向けて視線を注いでいる。


「もちろん、彼女の夫……いや『兄』はそれを快く思っていませんでした。しかしある朝この座敷牢の入り口で惨殺されて見つかったのです」

「それって……つまり」


 島根が指をさしたのはもちろん少女たちだ。少女たちは急に注目されて、身体を正面にピッタリと合わせると手を握り合った。不安そうに雲居を見つめる。


「はい、太刀筋は二つ。この家の女は、皆一様に身体能力が高かったそうです。川を一息に飛び越えたり、村に入り込んだ暴漢をたった一人で退治してしまったり。恐らく巫女の血筋のせいでしょう、それは彼女たちにも顕著に現れていました」


「『兄』は彼女たちに危害を加えようとしたのでしょう、正当防衛です。彼女たちに何ら罪はありません。ただ、それを知って彼女らの母親は裏の池に身を投げました。『兄』のことを心から愛していたのでしょう」


 雲居は残念そうに首を振った。どんなに尽くしても、少女たちの母親は雲居には愛を返さなかったのだ。そう思うと忠治は雲居がとても哀れに思えた。


『神』が死んでしまって、村人たちは焦りました。旦那もいない今、この娘たち以外神の血を受け継ぐ者がいなくなってしまったのです。そういう風に導いたのは確かに私でした、だからこそ止められなかったのです」

「と、言うと」


 忠治は待ちきれないように先を促す。しかしおおよその展開は忠治の頭の中で出来上がっている。屋敷の入り口に集まった村人たちの異様さ。彼らは『神』を失うわけにはいかないのだ。


「村人たちは村の中から優秀な男を選んで、子孫を残そうと計画しました。それが昨日の夜のことです。よっぽど、嫌だったのでしょう。まずその男が殺され、蔵の外に逃げ出した見張りの男たちも殺害されました、そのあとは民家から物音に気づき飛び出した村人が次々と殺されました」


「先ほど見た遺体がそれです。私は娘たちが犯されるのを、その叫び声を聞いていたくなくて、屋敷の奥に籠っておりました。彼女たちの身体能力……血筋を忘れておりました。だから、気づくのが遅れたのです」


 双生児は雲居が話すのをじぃっと見つめていた。片方の女の子の片目から、一粒涙が零れ落ちて。それを合図にしたように二人の少女は、はたはたと絶えず涙を流し始める。


「話を聞いて、屋敷を飛び出しました。私の足取りは不思議で、夢遊病のように親子と出会った川を下っていました。その下には先ほどの池があって、そこにはあの日のように赤い色の着物を纏ったその子たちがうずくまっていました」


「大きくなって、綺麗になって。母親にとても良く似ていた。それで私を見て泣きながらこう言ったんです、『おとう』って呼びました、抱きつきました」


「傍には貴方がたのお仲間の遺体がありました。数日前から村の者たちに追われて身を隠していたのでしょう。娘たちは罪人でした、でも私にはどうしていいのか分からなかった、だから下男の草太を駐在へ向かわせたのです」

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