第十五話 雲居の回想

「彼女たちは結合双生児さ、別に仲が良くて引っついているわけではないってことだ」


「シャム双生児ってわけか。でも分離手術をしないでここまで大きく育っているのは僕は初めて見るなぁ。新生児でなら幾度となく見て来たけど」


「米国や英国でたくさん事例があるというのに、我が国だけ殆どないというのも不自然だろう。ようは『淘汰』されているってことだ」


 つまり『間引かれている』わけだ。島根は忠治の言葉に顎を擦る。一日ではあまり髭は生えておらず、わずかにかいた汗でツルツルと滑るように感じられた。


「二十万回に一度の頻度が当てはまらない国ねぇ……、いやでも奇形の新生児の生存率が低いのは本当だよ。あながち殺されちまってると断言するのもね」


「おいおい、俺は『淘汰』と言ったんだ、殺されているだなんて一言も言ってないだろ」


「あ、そうでしたそうでした」


 ハーハハハハ。島根は忠治との会話に妙にご機嫌になって嗤い声を漏らした。実に品のない笑いに、まるでそれを咎めるように水を差す人物がいた。


「その子供は、可哀想なのでございますよ」


 それまで黙っていた村人が唐突に話に割って入った。彼は、忠治たちを見張るように蔵の戸口に立ち竦んでいる。忠治は逆光の老人を酷く薄気味悪く感じた。


「ああ、あんた。いたのか」


 千太郎は吃驚したように振り返り、忠治の心を代弁するように声を出した。そんな千太郎をその場に置いて、島根が老人に向かって歩き出す。


 『神様』の正体が分かった以上、島根がこの村人に何かしそうに感じて、忠治は二人の間に割って入った。島根としては、この少女たちを始末してしまえば、上司からの命令は遂げたことになるのだから。


「……先ほどは触れませんでしたが、私と島根に逢ったことがありますね、『先生』」


 忠治は島根の腕に手を置きつつ、謎の村人に言葉を投げかけた。ニヤニヤ笑いながら人を殺すような男だから、たまにこうして忠治が制する必要があるのだ。


「さよう」


 そう言って男は先ほどまで曲げていた腰を、急にキリリと伸ばした。そうすると、思ったよりもこの爺が若いということが分かる。日焼けで皺だらけになった肌も、年寄りに見える一つの要素だった。


「私も数年前までは軍医でした」

「あー」


 島根が老人を指差しながら、呆けたように声を上げた。忠治より遅れてだが、やっと思い出したのだ。それと同時に、島根の気配も柔らかく戻る。


「外科医の雲居先生じゃないですか」

「そうです。この娘たちのお話は数年前まで遡ります」


 折角島根も思い出したというのに、雲居という軍医だった男は夢見るように悦に入りつつ、まるでこちらの三人を置いてけぼりにしてこんな話を始めた。


* * *


 雲居という男は昔、忠治と島根も関わる陸軍の施設の軍医をしていた。軍医をしていた時は人体実験に深く関わっていた。そこで何体ものシャム双生児の分離手術、及び実験に携わっていたが、雲居にとってのそれらの患者は、施術をするのが勿体ないほど美しい存在であったそうなのだ。


 その内仕事が苦痛になり、阿片で誤摩化して挑むことが多くなった。もちろん記憶は飛ぶし、メスは震える。その業界では有名だったにもかかわらず、瞬く間に首になってしまった。それで国に帰ることにしたのである。


 雲居の故郷はS県の田舎である。向かう途中の山中で、彼は不思議な物を発見したそうだ。川に打ちつけられていたのは赤い奇形児であった。


 河童は、奇形や間引きされた子供が間違えられたという説がある。証拠に東北の河童は赤い。水を飲もうと立ち寄ったが、とてもじゃないけれどその気は失せた。


「間引きか……」

 嫌な物を見た。


 すると雲居は、近くにうずくまっている黒髪の女を見つけた。女は粗末な着物から生白い足を川に投げ出して、おいおいと嘆いていた。女の傍には何か赤い色の布の塊が見える。


 よく見るとそれはわずかに動いていた。ぐるりと首が回って、黒い頭が二つ見える。赤いべべを着た子供が二人、母親と思われる泣き女の傍で、しゃがみ込んでいたのだ。


 二人は四本の腕を絡めて、ぎしぎしと不自然に動いた。首のつけ根が同じ着物の塊に消えているのを見て、雲居は懐かしい手術の日々のことを思い出した。


「あ」


 女が雲居に気づいて、その双生児を抱き寄せた。よその者に何かされる、もしくは何か言われるとでも思ったのだろう。雲居は思わず薮から飛び出して、両腕を振って彼女を引き止めた。


「ま、待ってくれ。悪いことはしない、どうか貴女の身の上をお聞かせ願えないか」


 純粋な好奇心からの言葉であったが、女は白い足を剥き出したまま、ゆらりとその場に止まった。そうして儚気に嗚咽した。その所在ない美しさに強く惹かれて、雲居はこの身も知らぬ美しい女と、愛らしい双生児を守ろうと思ってしまった。この親子に恋をしてしまったのである。

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