第十四話 怪しい男

「お話は済みましたか」

「池のほとりで男が死んでいた、『水場がある』と俺たちに言ったのはアンタだったな」

「はい……それが、何か」


 男は忠治の言葉にも表情と同じく平坦に返す。忠治は沸々と怒りが湧いてくるのを感じた。いや、まんまと彼の誘いに乗って水を求めた己を愚かに思ったのだ。


「アレがそこにいるのを知っていたのではないか。俺たちをアレに遭遇させようとしたんだろ」


 村人は悪びれもしない。彼の代わりに動揺したように灯籠の中の火がゆらゆらと揺れた。生暖かい夏の終わりの風が忠治たちに吹きつける。


「否定はいたしません、貴方たちでしたらどうにか捕らえてくれるとそう思ったんです。そうして実際にそうなったでしょう」

「何だ爺、その言様は」


 初見の人には礼儀正しいはずの千太郎が、口の悪さを隠そうともしない。先程島根に自分の秘密を口にされかけたのが堪えていると見える。


「取りあえず、案内してくれるか」


 よろりと忠治が一歩前に出た。千太郎と島根が少し心配そうに動いたのが背後で感じられた。本当に、伴う分には頼りになる二人であると思う。


「詳しく見たい」


 医者としての忠治の本音を受け止めて、男は深く頷く。忠治にはそのころには男の素性が分かっていた。『神様』の形状を見て、ある症例を思い出したからだ。


「どうぞ」


 男も忠治がそれを悟ったことに気がついたのであろう。短く忠治に返事をすると、提灯を先頭に揺り動かせて、再び忠治たちを案内し始めた。


* * *


 先ほどまで月明かりの中歩いて来たので、目当ての屋敷はまるで燃えているように明るかった。村人たちが手にそれぞれ灯りを持って集まっている。まるで何かの儀式のようであった。


 案内されたその屋敷は周りの茅葺き屋根とは違い、大きく綺麗な造りをしている。大きな屋敷は、そこばかりが綺麗で。千太郎の住んでいた屋敷に酷く似ていた。門の内側にはなぜか鳥居がある。


「へぇ」


 島根は、屋敷とその鳥居に感嘆の声を漏らした。赤い鳥居は、村人たちが持ち寄った灯りに照らされて、より朱色が強調されていた。


「見てくださいよ、あれが報告にあった『蜘蛛』だ」


 足を弾ませながら、灯りに照らされた灯籠を指差す。そこには明らかに蜘蛛と思われる八本足の浮き彫りがされていた。随分古い物のようで苔生している。


「それでは『アレ』は大昔から存在しているというのか……、長生きだな」


 忠治は口ではそのように言ったが、おおよそあの『神様』の正体は分かりつつあった。ただ、大の男たちを斬り殺してしまえるような身体能力には理由がつかないが。


「……まぁすぐに理由は分かりますよ」


 方言のない不思議な村人は、灯りを近くの者に預けると、より奥の敷地内へ三人を案内した。どうやら彼は村でそれなりの地位があるようだ。村人が一様に頭を垂れている。


 母屋と思われる大きな屋敷の脇には、なぜか垣根があり扉がついている。男はその扉を開けて中へ入って行った。そこを開けると奥に現れたのは美しく白い蔵であった。


 まるでここが特別だと言わんばかりに、入り口の灯りは届いておらず、紺色の空に浮かぶ黄色い月の下で、蔵は青めいて白く光っている。


「こちらです」


 そうして中へ案内されて、中を案内された瞬間。色々なことへの合点がいって、忠治は思わずふぅっと息を吐き出した。島根が高い声を上げる。


「何だ、座敷牢じゃないの」


 編み目状の扉は厳重に施錠されていて、奥は座敷となっていた。その畳の真ん中に、赤い模様のべべを着た十二、三歳くらいの少女が二人、寄り添うように座っていた。


 しかし、先ほど襲われた忠治には分かる。『神様』は彼女たちだ。証拠に二人の腹部には千太郎の刀傷が横一文字に切り込まれている。


「『雌』だと分かったから身は切っていないよ」


 そう追い越し際に言って、千太郎は興味深そうに牢の傍まで進んで行くと、まるで動物園の動物を見つめる子供のようにしゃがみ込んだ。その隣に島根も座り込む。


「……こらまた可愛らしい殺人鬼だ」


 確かに少女たちの瞳は黒く大きく、まつげが長くそれを彩っている。頬は緊張で青ざめているが、唇はまるで血を含んだように紅かった。少女たちの着物は元々どうやら生成りの色で、赤と見えた色は鮮血であった。それが金魚かはたまた牡丹のように鮮やかに色彩を放っている。


 二人の内、片方がこちらを注視した。すると二人は寄り添った塊のまま、かさかさと後退して動き出した。両手両足合計八本で横に動く。その姿はまるで、


「何だい、蜘蛛みたいじゃないか。仲が宜しいことで」


 島根が忠治も感じたのと同じ感想を漏らす。千太郎は怯えているであろう少女たちの心情なぞお構いなしで、白目がちな目を見開いてぢろぢろぢろぢろと観察を続けている。


「ふむ、成るほどな。別に珍しいことじゃあない」

 それまで黙っていた忠治が頷いた。水辺で逢った時から、脳裏を掠めていた事柄は、どうやら正解だったようである。そうすると、必然的に『あの男』の正体も確定する。

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