第十話 四つの光

「千太郎」


 それを見つけてそちらへ駆けて行こうとした青年を、忠治は低く呼び止めて襟に指先を突っ込んだ。島根は止められなかったので、ヒョイヒョイと『それ』の傍まで駆け寄って行き、座り込んで観察し始める。


「何だぁ、人ですよ。唇のところに真横に剣を受けたようで、ばっかりと顎のところで二つに分かれかけている」

「それは酷い、竹のように綺麗にスッパリいっていないのが逆にムゴいな」


 忠治は近寄りながらも顔を歪めて少し咳払いをした。日中の暖かさのせいか、遺体の傷みが進んでいて匂いがむせ返るようである。


「あっちのはより顕著ですよ、右と左同時に傷を受けている」


 上がり始めた月明かりの中、それぞれの戸口前、同じように人が倒れていた。近寄ると、島根が言うように首のところに斜め十文字に傷がついている。


「ということは、犯人は二刀流かもしれませんね」


 まるで謎解きでもする悠長な探偵のように、島根はなぜかウキウキとし始めている。忠治は何か言おうとして口を噤んだ。まるで荷物のように引きずっている書生がわずかに身じろいだからだ。


「……別の太刀筋だよ、莫迦」


 島根に向かって千太郎が、横目でソレを確認して苦しそうに言った。忠治は仕方なしに指先を書生から抜き取った。千太郎は道にコロリと転がって、島根の方には決して行こうとはしなかった。しゃくなのであろう。


「だそうだ」


 忠治は肩をすくめる。島根は「成るほど」と一言だけ呟いて、パムパムと外套を払うと、忠治と千太郎と謎の老人の方に向かって駆け寄って来た。


 怪しい村人は遺体の現状について一言も発せず、その死体だらけの砂利道を進むと、三人から離れてゆっくりと振り返る。月明かりが老人の顔に陰影を濃く作って、忠治は言い知れぬ不安を感じた。


「見ての通り、この家々の者たちは物音に気づいて戸口を出た瞬間。逃げ出した『神』に殺められました。家の奥にいた女、子供、老人は全て私の仕えている屋敷に集められています」

「ほう、成るほど道理で人がいないわけだ」


 忠治はそう老人に答えて、再び咳払いをする。急斜面を駆け上がって来たためであろう、喉の奥が埃っぽかった。それを見越してか老人から声が掛かる。


「この先に水場があるんです、村人が集まっている屋敷までは少しありますし、もしでしたら休んで行かれますか」

「おお、ありがたい。僕はもう喉がカラカラですよ」


 さも、自分ばかりが言われたかのように。島根がそう言いながら男のあとを莫迦正直について行くので、忠治も警戒するのを忘れてそれに習うことにした。夜風は生温く、忠治が着ているシャツは身体にまとわりついて不快だ。確かに水で顔を洗いたい心地だった。


 その水場は少し丘を越えた所にあった。チロチロとわずかな水音しかしないのに、池は思いの外大きく、月を映しこんで幻想的にすら感じられる。少しだけ水蒸気で霧が発生していた。生臭い匂いは、その高台までは届かず、急に避暑地にたどり着いたように、息が冷えて呼吸がしやすく思えた。


「やあ助かるな」


 忠治は手ぬぐいを濡らしに、一歩水辺に近寄った。すると、こちら側から見て真向かいの池の端に、何かたたむたたむと瞬いている『白』がある。暗闇の中にそれは鈍く光って、時折まるで何かの合図のように点滅した。数は四つ。同じくらいの高さに浮いている。


「蛍にしては時期が遅い、何だ、あれは」


 忠治は一人口の中で呟いた。池で濡らした手ぬぐいで、顔を拭った。胸ポケットから眼鏡を取り出して、今一度そこをじっくり見つめてみる。けれど、先ほどの白い物はいつの間にか消えてなくなっていた。


 風が忠治に向かって来るのを感じる。それは水辺に生える草の鳴らす音が、そう感じさせただけで実際は違った。水中の魚のように青光りした反射が、一瞬酷く近くで見えた気がした。


 それは覚えがある煌めきだった。外地で敵兵が、銃の先端につけていた物と、同じではないか。忠治に迫っていたのは風などではなかった。先程と置くに見えていた白い光が眼前に迫る。


 白い玉の中央は黒い、目だ。何かの目だ。

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