第六話 浜唄

「お前が先ほど歌っていた歌は何だ」


 忠治は代わりに先ほど島根が歌っていた内容について尋ねた。


「浜唄ですよ。少し前に一人でここへ寄越していた部下が、子どもたちに習って帰って来たんです」


 そう答えて島根は微笑むと、背筋を伸ばして胸に息を大きく吸い込み、謳歌でも歌うが如く一人で大声で歌い直し始める。


「おらたのカラス、かしこいカラス」


 その声の余りの大きさに、忠治は自分の質問の不味さにこっそりと舌打ちした。


「おら田のからす、賢いカラス、田の畑巡って、つぶ貝拾って、中突つこんで見てみりゃ、赤いげが十二、黒いげが十二、天晴鵯あっぱひよどりなんいしょ貸しゃれ、何木なにきを切やる、梅の木さくら、桜の下に小屋を建てて、誰々呼ぼば」


 千太郎が煩わしそうに、横目で歌う島根を見上げている。


「しっちべどん、はっちべどん、源三郎、やーの弥太郎やたろう、お山の別棟べっとう、猿のさかずきこっちゃかずきで、海老も跳ねれば雑魚ざっこも跳ねる、隣のしょー、隣のしょー、猫一匹貸しゃれ、何猫貸しょば、赤猫貸しゃれ、屏風の影で、尻尾を切って、ニャー、ゴロニャン、ドッチンバッタン、ゲー」


「げー」


 最後のフレーズだけ千太郎は覚えていたようで、忠治に聞こえるか聞こえないかぐらいの声音で呼応した。ちょっとだけ慣れて来たのだろうか。忠治が微笑ましく思ったと同時に人の声がした。


「おめさがた、どっから来たかね」


 急に降って沸いた声に三人して左側を向くと、驚いたように水田から小作人の男がこちらを見上げていた。


「そらぁここらの唄だぁ、いやぁ驚いた驚いた」

「あ、こんにちはー」


 島根が良過ぎるほどの愛想で帽子を脱ぐ。


「町の方から来ました、実はこういった物が巷で流行っていましてね」


 懐から島根が差し出したのは写真だ。忠治はまたあのナマモノが出てくるのかと一瞬身構えたが、要らぬ世話だったようだ。モノクロームのそれに村人は目を落として、「鯛か」と逆に尋ねて来た。


「いいえ、鯛ではありませんよ」


 そう短めに答えて、島根は残念そうにすぐに写真を仕舞い込んだ。


「ここいらじゃあ鯛は穫れねぞ。うちは『赤いげ』だすけぇ漁はしねけどな」

「『赤いげ』ってのはアレですか、先ほど島根が歌っていた」


 忠治が気づいて聞くと、村人は頷く。


「んだ、さっきから何だべ、町で流行ってるんか」

「そうなんです、大流行りで……で、どういう意味なんです」


 島根がしめたとばかりに食いつく。


「『赤いげ』はそこの、オラたちの住んでる家の群れを言うがんよ。田んぼとか畑ばっかやてる。十二軒あるが」


 千太郎がそれに被せるように尋ねる。


「『黒』い家も十二軒ですか」

「んだ、『黒げが十二』。黒いがんが十二あんべ、畑の向こうの、海さ近い方の連中な。いっつも漁さ出てるから、肌がオラたちより黒いんだ」


 ひのふのみ。島根が声を出して低い屋根の数を数えた。


「本当だ双方十二軒ずつありますね」


 しかし名前は色で区分けてあっても、双方の家は同じ消し炭色をしていた。


「あそこだけ凄く綺麗」


 千太郎が指差したのは、並ぶ両脇の家々と端に、畑の真ん中の不自然な位置にある白い壁の家だ。緑の世界の中で、それは光り輝くように美しくも見える。


「なにきをきやる、うめのさくら」


 千太郎が声変わり前の美しい声色で歌う。白い壁の家は桜の大木の下にあった。傍にある木は、花は散っているが梅の木であろう。桜の方は八分先で、明日にでも満開になりそうな気配だった。


「あすこが地主さんの家さ~、探し物があんならまずあすこさ顔出すのが道理だわな」


 そう言うと、村人は役目が終わったとばかりに顔を伏せてまた水田の雑草を引き抜き始めた。


「さくらのしたにこーやをたてて」

「だれだれよぼば」


 島根と千太郎が交互に歌うのを聞きながら、忠治が前を向くと、件の家から一人の青年が出て来てこちらにお辞儀をした。姿勢を戻してからもじぃっとただこちらを見つめている。三人は村人に言われた通りにその家に向かって歩みを進めた。

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