クリスマスの朝に

ことのは もも

クリスマスの朝に

 今夜も銀色のお月さまは、雲のなかでかくれんぼをしているので、空は真っ暗な顔をしていた。


 そんな空から、銀花がはらはらと、

 はらはらは少しずつ気持ちを膨らませるように、

 ぱらぱらぽたぽたと、地上に降り積もる。


 北国では十二月になると、毎日のように雪が降り始める。


 ボクは今日も早起きをして、

 まだ誰も踏んでない新雪を、ぎゅっぎゅっと踏みしめて、キミの家の前に辿り着く。

 今朝もボクを見かけたら、笑ってくれるかな?


 いつもの時間になった。


 眠い目をこすり、ママのフリースを肩からかけ玄関を開けたキミは、

 ブドウ色の空と霧になる吐息を眺めながら、ポストの新聞を取り、それから直ぐにこちらを見た。


「もう来てたんだね。今日も早いね!」


 いつもと変わらずそう話しかけてくれた後、一旦キッチンに戻り、人肌に温めたミルクのお皿を持って、また出てきてくれた。


 ボクは少しずつ色付く空と、紅潮するキミの頬を横目にゆっくりとそれを飲む。


「『おはよう!今日も一日笑顔でいてね』」


 キミはボクの顎を撫で、ボクはキミをラムネ色の瞳で真っ直ぐに見上げ──

 心のなかでそう呟く。


 いつもと変わらない、そんな一日の始まり。

 でも今朝は、ほんの少しだけキミに元気がないように見えた。

 だからボクは、ミルクを飲み干したそのお皿をペロペロと何度も舐めた。


 お行儀が悪いからいつもはそんなことは絶対にしないんだけど、今日はキッチンにいるはずのママの気配がしないし、何かあったのかな?


「おかわりが欲しいの?」


 キミはボクの頭を、優しく撫でてくれた。


「ママがね、私の妹か弟を産むために昨日から入院したんだぁ。予定日は明日だけど、今日は終業式で学校帰りに病院にお見舞いに行くの。あなたも無事を祈っててね」


 それを聞いて安心したボクは、少し長く

みゃあぁと鳴いた。


 大丈夫、絶対大丈夫──。


 まだキミとここに居たいけど、そろそろ行かなくちゃ。

 ボクは彼女の足のくるぶしの、少し上辺りに頬をスリスリして、いつものようにありがとうとまたねの挨拶をした。


 そしてゆっくりと歩き出すと、見送ってくれるキミを、少しのあいだ振り返った。


(明日の朝ボクは、ここには来ないよ。

明日の夜、ママの病院で会おうね。

キミの弟として家族になれるのが、とってもとっても楽しみだよ)


 ボクはまたぎゅっぎゅっと雪を踏みしめて、キミから見えなくなるところまで来ると、昇る朝日に瞳を細めた──。


(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クリスマスの朝に ことのは もも @kotonoha_momo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る