序章3 超能力者の教示
「と、こんな感じですかね。私はこうしてこの『不可視』という超能力を手に入れました」
「なるほど、やっぱり強く願ったことが叶ったってことか...」
「どうなんでしょうね?そうだと言えるし、そうでないとも言えます」
「どういうことだ?」
「だって、私の叶えたいと願ったことは、別に実際に本当に自分の存在が消えることではないからです。その場に居たくないという願いのはずなんです。...だったら、私の部屋に、私を瞬間移動する方が確実だと思いませんか?」
香宮野は、自分の考えにいたる根拠を続ける。
「それに、その能力を手に入れたのは、世間が言うあの日ではなかった。おかしいと思いませんか?」
聞かれた疑問に、僕も答える。
「確かに、おかしい。それに、本当に望んだことが叶うというならもっと最適な能力がありそうな気がする。分からないけど、香宮野の場合だと意識を変えるとかでもいい気がする...あ、」
僕は気付いてしまった。
確かに、透明人間になることができれば、その場から逃げ出すことは可能だ。
だが、さっき僕が言ったように、他の方法でもまた、その場から離れることもできる。つまり、実際、願いを叶えたんじゃない...
「そう、その願いを叶えてくれるだけなら、私を私の部屋に飛ばしてくれれば、終わりなんです。でも実際は、そうじゃない。私は願いを叶えるための不完全な手段のうりょくを手に入れたに過ぎません。しかも、それは一時的なものではなく、思春期が終わるまでその状態が続くと言われています」
本当に現実的でない、確実でない、不安定で、不完全な特殊能力、それは思春期の病のようなものだと、香宮野はそう告げた。
そして、僕もそんな存在の一人になってしまった。
僕の知っている世界とは違う世界を知っている香宮野がなぜ超能力者を募っているのか、その理由はなんなのか...。香宮野は静かに語る。
「過去にも、私達と同じような超能力者がいたのを知っていますか?」
「まぁ、噂くらいは聞いたことはあった...。全然、信じてなかったけど」
「なら、その彼らが脳科学者の実験体にされていたというのは知っていますか?」
息のつまるような音がした。
思い出したのだ。科学者達は、近々、超能力者を危険な存在だとして一つの場所に集めようとしていると言う今日の朝のニュースを。
つまりは、そういうことなのか?なら、超能力者の立場というのは相当危ういものになる。
「脳科学者達は近々超能力者を収容する施設を建てるそうなんですよ。それまでに、できるだけ、多くの超能力者に会って、保護したい。警告しておきたい。だから私は、超能力者が、全員、明るみに出る前に学園で預かるか、自分自身で自分の身を守って欲しいんです」
つまり香宮野の言い分はこうだ。超能力者は、脳科学者の実験台にされる可能性がある。
だから、超能力者が自分の異様な力に気付き、問題を起こす前に、保護して、学園に編入させるか、能力を使わないと約束させる。
これが彼女の筋書き、目的というわけだ。しかし、
「そんなにうまくいくのか?もし、脳科学者たちに学園の事が知られたらどうする気なんだ?」
僕は第一に感じた疑問を香宮野に投げかける。知りたいのは学園に入ることの意義。
どうやって、超能力者を保護しているのか。その実態だ。
「筒単な話ですよ。学歴があって、将来有望。そんな人をいくら脳科学者だと言っても実験動物のように使い潰すのは難しい。科学者も馬鹿ではないでしょうから、そういう超能力者には、容易に手を出せないんですよ。あくまで、これは、公になってしまった時の対応ですが、学園のブランドによって守ってもらうということです」
続けて、そうならないようにする対策を香宮野は話した。
「それに、星宮学園の防衛システム、セキュリティーはピカイチなので、情報流出の心配はないです。もちろん、超能力者であることは絶対に口外されません。それに超能力者に理解ある人達が学園には沢山います」
話の締めに香宮野はこう言った。
「そして、こちらから超能力者に対して課す制約は二つだけ、一つ、能力をむやみに使わないこと。二つ、自分が能力者であることを口外しないこと。それさえ守っていただけたなら、楽しい学園生活を送れます」
人差し指を一つ中指を二つというタイミングでたて、最後は、なんか学園のPRみたいになっていたが、星宮学園にに入ることのメリット理解できた。あと聞きたいことといえば。。。
「そういえば、一つ聞きたいんだけど、香宮野は実際にどんな実験が行われたのかを知っているのか?実験台にされた人に会ったことはあるのか?」
一つと言いながら、二つも聞いてしまったがそこはあえて触れないでおこう。香宮野は二つの質問に相応しい答えを出してくれた。
「...知っていますよ。なぜなら私の父 咲馬帝理が超能者開発実験の主導者ですから」
衝撃の事実に、僕は胸を打たれた。
香宮野はどこか悲しそうな顔で僕を見ていた。
表情が読み取りにくい香宮野だが、この時は、はっきりと悲しんでいるのが目に見えて分かった。
気まずい沈黙の中、僕は話題を変えようと思ったが上手く口が動かない。
口をモゴモゴさせている僕を見て 、やがて、香宮野は吹っ切れたように笑い、突然、バッグを持って玄関に向かって歩いていく。もう帰るようだ。僕は、それを追いかけた。
「しんみりとした空気になりましたが、私は、大丈夫です。では、明後日からよろしくお願いします」
香宮野は、一礼して、僕の家を去ろうとする。
「帰るのか?なら、駅まで送っていくよ」
僕は、空が闇に包まれている様子を見て、香宮野を少し引き止める。すると、彼女は、むっとした顔で、
「行きはあんなに乗り気じゃなかったのに全然態度が違うじゃありませんか?」
などと言ってきた。そんな彼女の言葉にこたえるように僕も、言ってやった。
「それは当たり前だろ。朝出会ったばかりの人を家に連れて来れるか?」
「こんな可愛い美少女のお願いも聞いてくれなかったのに、どうして?心変わりしたんですか?」
「いやもう外暗いだろ。しかも今一〇時だぞ。さすがに女の子を一人で帰す訳にはいかないだろう」
僕は、正論を通して香宮野を駅に着くまで送って行くことにした。途中で亜衣に
「ひゅ〜ひゅ〜ひゅ〜、やっぱりお似合いなのだ〜」
と言われ、やっぱり同時に「「違う」」と被ったから、さらに亜衣の妄想は大きくなる一方だ。
そして、香宮野を駅まで送ると僕はまた同じ道を通って帰った。
多くの寮やマンションが立ち立ぶその中の一つが僕たちの住むマンションだ。
昔は、多分一軒家に住んでいた。僕がまだ、小学生で、母親がまだいた時の話だ。
あの家は誰かに引き払われ、それを呆然と見ることしかできなかった。あの時はまだ僕たちは幼かった。
だから、兄さんに、父親に頼るしかなかった。だが、あの父親は あの日からまだ僕達に姿を見せていない。
兄さんはしばらくして、父親からもらったお金で、このマンションを貸りたと告げた。
そして、今は、毎月マンションが借りれるだけのお金を河合のおじさんが用意してくれている。
それに、兄さんは特待生を取って、大学に入りながら、僕達に少しだけ自由にできるお金を送ってくれているし、僕もバイトしているから、とても不自由というわけでもない。
ただ、さすがに、私立高校三年分のお金は払えないと思っていたのだが、その心配はないと、帰る道中の香宮野に教えてもらった。ちゃんと要項に、僕達のような人は無償扱いになると書かれているそうだ。
僕にとって良いことばっかりで、単純に喜んでいいものか、少し悩んだが、今は率直に喜んでおこう。
家に着くと、亜衣は、亜衣が大好きなアイドルバンドのライブをテレビで見ていた。録画時間を見ると、後三時間くらいあってこのまま見続けるのは絶対良くないので、
「あまり遅くならいようにな」
とやんわり声をかけると、亜衣はテレビを一時停止して
「分かったのだぁ~。あと一時間で終わるのだ~」
と言ってくれたので、僕もちょっと安心した。
ちなみに、亜衣が好きなアイドルバンドは「DEAR AID YOU」で妹はよくディエイユと呼んでいる。僕はそこまで音楽に詳しくないけど、僕のスマホには妹が勝手に入れたディエイユの曲が溢れかえっているのでよく耳にする曲の一つというのがディエイユに対する僕の中の認識である。
そして、これを亜衣に直接話すと亜衣にとても怒られたのでもう掘り返さないと決めている。あの熱は、多分、そうそう冷めないんだろうな。。。
そんなことよりもだ。そう言えば、亜衣に話しておかなければならないことがあるんだった。亜衣がもう一度テレビをつける前に、僕は話を切り出した。
「聞いてくれ、亜衣。実は、お兄ちゃん別の学校に通うことになったんだ。香宮野も言ってたけど」
「はいなのだ~。ちなみに、お兄ちゃんどこの学校に通うのだ~?教えてほしいのだ~~~」
「星宮学園っていう所」
「ほしみや....がくえん?それって、確かディエイユのボーカル雨宮由美ことゆみりんが通うことになっている学校なのだ」
「え?本当なのか??」
「さっきのライブ映像の冒頭でそう言ってたのだぁ。お兄ちゃん羨ましすぎるのだ~~。できれば、サインを貰ってきて欲しいのだ~」
「唐突だな。ただまぁ分かったよ、ただし期待はするなよ」
亜衣の目には期待がいっぱいで断り切れなかった。仕方ない試すだけ試して玉砕してこよう。
そして、僕は二つ目のこと、どちらかと言えば、こっちのほうがより重要で亜衣の意思を尊重しないといけないのだが、
「それからもう一つ、実は亜衣の分も星宮学園中学の要項を渡されたんだ。どうするかは、亜衣の意思に任せるって、あと、強要はしないとも香宮野が言ってたんだけど、亜衣はどうしたい?」
「生ゆみりんに会いたいのだ。でも、二人も私立に行くお金はないのだぁ...」
「いや、実は、僕達二人とも特別枠に入るから授業料は無償なんだそうだ。ただ、僕が心配してるのはそういうことじゃなくてな、亜衣が今の友達と別れる、離れてしまうことなんだ。亜衣はそれでもいいのか?」
亜衣は、少し俯いて何かを考えると、やがて奇妙に笑いだし、
「ふっふっふ、今は、スマホという現代兵器があるから連絡は簡単に取り合えるのだよ。それに、私は、お兄ちゃんがいつも、バイトでお疲れなのを知っているのだ。少しでも、負担を減らしてあげたいのだ。それに生ゆみりんが見れるなら、私は行きたいのだー」
そう言ってくれた。亜衣が一瞬だけ少し悲しそうな顔を見せたのを、僕は見逃さなかったがその理由を聞くほど僕は野暮じゃない。ただ、...
「僕はバイトを、亜衣のことを負担なんて思ったことはないよ」
ちょっとだけ、僕は悲しくなってしまった。心はなんとかできても、体の方は言うことを聞かなかったのかもしれない。僕のそういう所をたまたま、亜衣が見ていたのか...。
「なら良いのだ~。でも、今更、決定を覆したりしないのだ。それに私は、お兄ちゃんと一緒に学校に通えることを実はうれしいと思ってたりするのだよ」
思ってたより、さらっと流されてしまった。さほど悩むほどのことでもないっといった感じだった。僕も気にするほどのことでもないのに、なんで、あの一瞬、あんなに悲しい気持ちに満たされたのだろうか.....
「ありがとう。じゃあ、明日、香宮野に伝えとくから。三日後には僕たちは星宮学園に入学することになるから」
「分かったのだ~」
「それじゃ、おやすみ。あ、あとあっちには寮があるから、明後日は引っ越しの準備するから。明日で学校終わりな」
「唐突すぎなのだ~~。じゃあ、明日は遅く帰ってくるのだ~」
「お別れの挨拶はちゃんと済ましておけよ。って言ってもつながる方法はいくらでもあるのか...
」
僕は、亜衣にそう言って、ベッドの中にもぐりこんだ。
香宮野を送っている時に彼女は話してくれた。『超能力者』の血筋には『超能力者』が生まれやすいと。あるいは、遺伝子が近しい者、すなわち兄弟姉妹、さらにそれが思春期の子供の場合、かなり高い確率で『超能力者』が誕生すると。
だから、香宮野は僕にもう一つの編入用の要項を渡してきたのだ。それの中身は、『超能力者』に関する情報は何一つも書かれていないプレーンなものだった。
来たる時のために星宮学園に編入させておくことも考えておいてくださいとそう言って、香宮野はその要項を渡してきた。
.......僕も、もう眠い。今日はいろいろなことが立て続けに起こりすぎた。なんだか、とても疲れた。もう何も考えられない。このまま、身を預け、寝てしまおう。きっと、いい夢が見れるはずだ。
その日、僕はいつもよりぐっすりと眠れた。
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