序章4 転校する日

「ふぁ〜、よく寝た〜」


 今何時だろうか?僕は両手を上げて背を伸ばしながら横の棚に置いてあるデジタル時計を目をこすりながら見ると、六時三五分。


 いつもより四〇分ぐらい早く目覚めたみたいだ。


 その足で洗面台に行って顔を洗うと、朝食を作っているであろう亜衣の様子を見にリビングの方に向かった。


 「おはよう、亜衣。今日はなんだ?」


 「いつもより早く起きなのだな〜お兄ちゃん。今日は昨日のハンバーグの残りなのだ」


 「ハンバーグ...か。重いな~...」


 昨日、突然、学校が変わるって話をした割には、元気そうな様子だった。


 もっとも、無理しているだけかもしれないが、僕が触れていい問題でもないだろう。亜衣が決めたことに僕がとやかく言う筋合いはない。


 この場所で過ごすのもこれで今日を含めてあと二日になる。


 星宮学園は全寮制で入学と同時に寮に入ることが義務付けられている。そして、その寮は、望むなら家族の同伴を許可してくれるそうだ。だから、香宮野に頼んで、僕たちは同じ部屋で住むことが決まっている。つまり、今よりちょっとだけ狭くなる以外、環境は変わらないとのことだ。


 「これで、明日には用意して出ていかないといけないのだな...」


 亜衣は、少し悲しそうな顔を見せた。僕は、何とも言えない気持ちになり、


 「まぁ、...そうなるな。明日は、ちゃんと礼していこうな」


 とこんな簡単なことしか言えなかった。それでも、


 「はいなのだ~」


 亜衣は元気に声を返してくれた。


 まだ全然片付けてないし、引っ越し業者にもまだ、頼んでない。ただ、引っ越し業者は学園から手配してもらえるそうで、明日来ることになっている。早すぎないか、と思ったがどうやら学園専用の引っ越し業者があるそうだ。引っ越し業者を待つ一か月なんて言う時間はなかったのだ。


 「明日には、全部用意しないとだから、今日も簡単なものだけ梱包していこう」


 「でも、今日は遅れて帰るのだよ」


 「じゃあ、先にやり始めておくから帰ってきたら手伝ってくれよ」


 「分かりましたーなのだ~」


 僕の目の前で、亜衣は右手で人差し指と親指でわっかを作って、OKのサインをもらった。今日一日も大変になりそうだ。


 「あ、そんなことより、早く食べて行ったほうがいいと思うのだ。時間道りに学校に行くなら電車七時五分だったと思うのだ」


 話をしていると時間を忘れるらしい。僕は、とりあえず席に座って、朝ご飯の昨日のハンバーグと炊かれた白飯と一緒に食べた。


 ちなみに、勢い余ってハンバーグも白飯も食べたからお腹を抱えながら、僕は学校に登校する羽目になった。


***********************************************



 「お、有くん今日は、早いじゃないか?」


「うっぷ。あぁ、昨日はゆっくりやすめたからな。ちょっと朝食べ過ぎでお腹痛いけど」


 「う〜〜ん?あぁ、自慢の妹さんか。たまに、食べ切れない量の料理を出すってお前が言ってたな」


 そんなことを言ってくる彼は、一条 冬馬。僕の中学からの友人である。


 そして、たまに、幼女を追いかける変態さんである。


 「妹さんには、まだ会わせてくれないのか?中学生からの仲なのに」


 「駄目だよ、前にカフェに入った時、遠目でずっと女子小学生を追っていたのを知ってるからな」


「一週間ぐらい前の話じゃないか。それに俺は女子小学生を追いかけてたんじゃねぇ。ロリを求めてただけだ。年下最高!!」


 「そんなんだから、会わせてやれないんだよ。妹と犯罪者予備軍みたいなお前が関わると危害しかねぇ」


 僕が、一条の奇声にそう返答すると、突然一条は変な動きをやめ、僕の顔を真剣に見つめ始めた。


 「今のいままで、言ってこなかったけど、有くんって実はシスコン?

気にしてなかったけど、有くんはシスコンだったのか!??」


 この野郎、大声で何言い出すんだ!と思ったが、この時の僕は冷静で


 「今の発言でどう転んだら、そんな結論にたどり着いたんだ?まぁ、いいけど、授業始まるぞ。自分の席に着けよ」


 と言った。


 朝のいつもの友達とのやりとりも終え、僕は席についた。


 昨日のことがまるで無かったかのように今日も学校は穏やかだ。変わっていることと言えば、友達のネジが一、二本抜けていることぐらいだ。


 こうしていると、自分が超能力者であることが嘘のように感じられる。だが、「超能力者」は本当に存在した。見て分かる異常、普通ではありえない超常、この目で見るまでは信じないと心に決めていたのに、それを真正面からぶち壊された。


 あの騒動にもならない騒動だけで信じるというのもおかしな話かもしれないが、その存在を信じさせるくらいには、異常な光景だった。そして、そんな異常な存在が見える僕もまた異常というわけだが...。


 僕は窓の外を見て、少したそがれていたが、僕の気など知らず、「起立、気をつけ、礼」という号令を聞いて一時間目の数学の授業が始まった。


 その後は、英語、日本史、国語、物理基礎、体育と続いて最後にHRがあった。


 担任である若い女の先生はHRの最初をこう切り出した。


 「実は、入学して早々なのですが、この学校を転校する子がいます。有羅木 暦君前に出て、何かお別れの言葉をお願いします」


 まさか、高校生にもなってこういうイベントが起こるとは、思ってもいなかった。確かに中学から、小学校から付き合いのある奴も多かったが、しんみりした空気がいやだったから言うのを避けていた。高校だから、こういうイベントはないだろうし、誰にも気づかれることなく出ていけると思ったのに、まさか、こんな所でぶちまけられるとは...。


 僕は教卓に向かって歩を進める。みんなの目線が僕の方に集まって、なんだか落ち着かない。教卓に着いても、全く、落ち着かない。むしろ、怖さが増している。


 だけど、僕は、一言、一言、言葉を紡いでいく。言葉を連ねていく。そして、最後にありがとうございましたと言って、僕の別れの言葉は終わった。


 これで、本当に最後だ。僕の、「桜園高等学校」での四か月の高校生活はここで幕を閉じるのだ。


 帰り際、一条 冬馬は「どうせ、また会えるだろう。そん時はよろしくな」とあっさりとした別れの言葉を残して、先に帰ってしまった。冬馬以外の中学から、小学校からの友達も結構別れを惜しんでいろいろな言葉をかけてくれた。彼らも、ほどほどの時間になると帰っていき、最後には僕だけが教室に残った。


 僕が、みんながいない教室を一望していると、その時、僕以外の誰かの足音が聞こえた。足音が鳴った方を、僕が振り返って見るとそこには、黒いヘルメットを被った学ランの少年がいた。


 そのヘルメットの中から、ヘルメットで音がこもることなくはきはきとした口調で彼は、話しかけてきた。


 「あなたが、新しい超能力者の有羅木 暦くんですね。私の能力は瞬間移動、ただし、自分では止まれません。走ってしまうと能力が自動的に発動してしまうので、常にこんな格好をしています。あ、申し遅れてしましたが、私は...」


 バコーン、鉄製のバットが、ヘルメットの少年のお尻にクリーンヒットした。そして、「グワッ」と、声を上げ、前のめりに倒れ込んだ。そして、そんな風に彼を追いやったのは


 「あんまり大声で騒ぐな。他校に迷惑がかかるだろうが!!あと、話が長い」


 とか説教している香宮野だった。ヘルメットの少年には見えていなかったんだろうか。話すことで必死で気付かなかったのか、そこは分からないが少し災難だったなと憐れむ気持ちになった。


 「それで、有羅木君。編入用の要項は持ってきてもらえましたか?」


 「あぁ、でも、本当にいいのか?僕が乗っていかなくても」


 「はい、大丈夫です。私が直接持っていくので。それに、引っ越しの準備が大変でしょう?」


 昨日、香宮野から、あなたの学校に要項を貰いに行くので少し待っていてください、と頼まれていた。だから、みんなが行った後も僕は、学校に残っていたのだ。


 「あぁ、ちょっとな。って言っても二人しかいないから必要なものも少ないんだけど」


 「はい!!自分が手伝いますよ」


 倒れていたヘルメット少年が突然起き上がり、口を開く。まだ、お尻は痛いようでずっとお尻を押さえているが...。名前は何だっけな。たしか、香宮野がバットで殴ったから聞きそびれてたんだ。


 「えぇっと、君の名前は?」


 「よくぞ、聞いてくれました!!私の名前は、塚上つかうえ海斗かいと。あなたや、香宮野さんと同じ超能力者です。先ほども言いましたが、能力は瞬間移動、ただし自分では止まれません」


 自分の胸あたりに握りしめた拳を当てて、ヘルメット少年いや、塚上海斗という男は、再び自己紹介をした。よくよく見れば、体つきは細く見えるが、筋肉はガッチリしているように見えた。確かに荷運びには適任かもしれない。ただし、引っ越しの準備をするのは明日なのだが。


 そんなことより気になったことがある。


 「自分では止まれないってどういうことなんだよ?」


 「それはですね...」


 塚上が話す前に、香宮野が先に口を開いた。


 「つまり、自分で指定した場所とか、自分が止まりたいと思ったところに自由に止まれないんですよ。結果、壁とかにぶつかって止まるしかない。当たり前ですよね。車より速い速度で移動するのに、ブレーキは自分の両足しかないんですから。そうなるのも納得っていうものです」


 「なので、私は、いつも学ランの下に防弾チョッキを身に着け、ヘルメットを常備しているというわけです」


 香宮野が言っていた不安定で、不完全というのはこういう所なのだろうか?話を聞く限りでは、塚上の場合メリットよりデメリットのほうが大きい気がする。僕は、思わず、


 「なんていうか、不完全な能力なんだな」


 と呟いていた。その言葉に反応した香宮野は、言う。


 「完全な能力を持っている人は、あなたが思っているよりはるかに少ないです」


 「彼女なんて、『誰の目にも映らない』とか言ってましたが、カメラやメガネなどの媒体があれば、普通に見えますしね」


 あの時、女子生徒のスカートをめくれたのは、あそこにカメラを持っている人や、メガネをかけている人、ひいては、コンタクトをしている人が全くいなかったからできたことなのだ。それは、昨日香宮野に聞かされた話だ。自分の能力は不完全だと言っていた。


 「ですが、こんな不完全な能力でも科学者にとってはおいしいものなんです。会うだけでも危険、捕まったらおしまいです。絶対ろくな目に遭いません」


 この話をする時の香宮野の目はいつもより真剣なまなざしになる。直接、その実験を見たという香宮野は少なくとも何かトラウマを植え付けられ、『超能力者』を守るという使命を自分に課しているのだろう。僕は息をのみ、香宮野の言葉を聞いてた。


 「そういえば、あなたは今日、時間開いていますか?」


 「あぁ、引っ越しの準備は明日やるからな。今日は、空いているよ」


 「だ、そうですよ、塚上。また明日、直接有羅木君の家に行って、手伝いましょう。私も行きますね。亜衣ちゃんにもう一度会いたいですし」


 「い、いや、あいつは未だに、妄想してるんだけど」


 「いえ、行きますけど。絶対に」


 香宮野は、食い気味に僕の方に迫ってきたので、渋々了承するしかなかった。


 「今日は、まだ必要ないようなので、先に帰ります」と言って、塚上は先に帰っていった。教室に残っているのは僕と香宮野だけ。



 「それで、僕は今日どうしたらいいんだ?」


 「少し遠いんですが、病院に行きましょう」


 「え?なんで、病院なんだ??見舞いたい奴でもいるのか?」


 僕が疑問に思って聞くと、香宮野は一瞬俯いて、空を見上げて答えた。


 「あなたも知りたがっていた実験台にされた『超能力者』のその一人。私の親友宮野 真理。昨日、面会の許可をいただいたので、会いに行こうと思いまして。どうせなら、知りたがっていたあなたにも会わせてあげようと思っただけです」


 と。


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