序章2 家と家族と『超能力者』

 電車を降りた後、多少の掴み合いがあった、というのも、主に、逃げようとした僕が、香宮野に首根っこを掴まれただけなのだが...


「電車を降りた後、全速力で走ったはずなのになぁ、こんな華奢そうな女の子に走りで負けるし、首根っこ掴まれるだけで、動けないなんて、僕ってこんなに非力だったのか?中学の時は、バスケ部に入ってて、体力もついてきたと思ってたのに...。一年もたってないのに、ここまで落ちてるなんて」


 「私は、一応陸上部に入っていますし、護身術に合気道とか少林寺拳法とかは習ってましたけど...。そう気を落とすことでもないと思いますよ。まぁ、有羅木くんのお家には絶対お邪魔しますが。というわけで、道案内をお願いしますよ」


 「はい、分かりましたよ、すればいいんでしょう?道案内」


 わくわくした目で言われ、これ以上の抵抗は無駄だと分かった僕は、(首根っこを掴まれたまま)おとなしく香宮野を連れていくことにした。間違った道を案内してもいいが、すぐにばれそうだし、今度は半殺しされるかもしれない。そうして、僕たちはその家の前まで来ていた。


 マンションが立ち並ぶその一角に僕達の住む一室がある。そこに着いた僕は、白く塗られた扉がいつもよりも重たい気がした。


 妹にどう説明すればいいんだ。今まで一度も、一人も、友達を連れてきたことがないのに、それで、突然、そんな僕が人を連れてくるなんておかしいと思われるんじゃないだろうか。


 そんな風にドアノブを掴んだまま、少々考え事をしている僕のことなどお構いなしに、香宮野は僕の手に手を置いてぐるっと回す。カギはもう開いていたので、ガチャリという音ともに扉は開いた。


 僕は、支えとなっていた扉が開くことで、なおかつ、その扉の取ってつけが悪く引いても押しても扉が開くようになっていたから前のめりに倒れ、ちょっと気持ち悪い浮遊感を味わうことになった。


 結果、ろくに受け身も取れないで、顔と体が地面に伏した。そして、その音に気付いただろう妹は玄関でその惨状を見た。


 「お兄ちゃん、おかえりな...のだ?」


 「おう、ただいま」


 前のめりに倒れた僕は、顔だけ妹の方を向き、妹の顔を見上げる。その目は、一点に集中していた、すなわち、香宮野に。


 「と、彼女さんなのだ?」


 「彼女じゃねぇよ」


 「彼女じゃありませんよ」


 香宮野と微妙にハモった。だめだ、今日一日面倒くさいことになる予感がする。



 「はじめまして、私は有羅木ゆうらぎ亜衣あいなのだ~。今は、中二で近所の学校に通ってます。お兄ちゃんの妹なのだ~」


 「はじめまして、私は香宮野 唯です。お兄さんとは今日会ったばかりなんですが、わが校星宮学園に編入してもらいたいと思って、伺ったんです。いろいろつまる話もありましたので」


 嘘だ、僕の困った顔を見て楽しんでいただろう、と内心毒づきながら、表情に出ないように努める。


 「なるほど、なるほど、つまり一目惚れというやつなのだ~。お兄ちゃん、いい人だけど女の人に興味を持つことは今までなかったのだ。お友達も連れてこないし、学校でもボッチなのかと心配してたのだけど、彼女ができていたのだ~。妹にぐらい教えてほしいのだよ」


 香宮野は、困った顔をして僕の袖をくいくいと引っ張ると、小声で耳元に近づいて話しかけてきた。


 「ねぇ、さっき違うってはっきり言いましたよね」


 「....妹には、見ての通り妄想ぐせがあるんだ。戻ってくるのに少なくとも一時間はかかる」


 自分の世界に入り込んだ妹は、「お兄ちゃんのいいところは~~....」とか言い始めてしまったので、僕は、慌てて香宮野を自分の部屋に連れ込むことになってしまった。


 僕の部屋に入ると香宮野にすぐに、クローゼットの中とか机の中とかを漁られた。幸い、見られてまずい中学のアルバムとかはないので、恥ずかしい思いはしなかった。


 「エ〇本でも出てくると思ったのに、本当に何もないですね、この部屋には」


 と、香宮野は残念そうに呻くような声を発した。よく考えてほしい妹と自分しかいないのにそんなもの買うはずがない。ただでさえ、狭いのにそんなものを隠すスペースなど作れるはずがない。


 「そんなもんあるはずないだろう。まだ、16なんだぞ?」


 「それでも、男の子は持っているものなんですよ?」


 「そっちの話は、引き伸ばすつもりないからもう突っ込まねぇよ。それよりも、どうして僕の家に来たんだ?目的を思い出してみろ」


 「え?それは、私的好奇心です。」


 「え?私的好奇心なの?」


 「冗談です。でも、別に家じゃなくても、誰にも聞かれないような場所ならどこでもよかったんです。帰り際だったし、一番安全なので、あなたの家にお邪魔したのです」


 「私的好奇心っていうのは冗談じゃなさそうだったけどな」


 僕がそう漏らすと、香宮野に羽交い絞めにされ、ギブギブと言うまで話してもらえなかった。


 そして、そんなひと悶着があって一息ついた後、彼女はおもむろに、彼女の身に起きた出来事と『超能力者』について知っていることを話し始めた。


○○○○◯○○○○○○○○○○○○○○○


 少女は有名な研究者である父親と有名な私立校の理事長である母親との間に生まれ、それほど苦もなく一日を過ごしていた。


 父親と母親の仲は大変仲睦まじく仲の良さは、はたから分かるぐらいだったと言う。


 少女が小学校に入ると、仲の良い友達が一人二人と徐々に増えいった。このまま、仲の良い友達と一緒にずっと過ごせるとさえ思っていた。だがそんな時は突然終わる。


 両親から中学は母親が理事長をしている所に入れと言われる。少女は、頑なに拒んだ。


 今まで一度も言う事を聞かないことはなかったのに と両親は頭を悩ませた。父親は、それを友達のせいだと、母親は学校のせいだと 本当は違うのに そう言い始める。


 少女はただ友達と過ごす日々をあきらめきれなかっただけなのだ。しかし、少女の思惑とは裏腹に、それは起こった。


 一番仲が良かった友達から「本当は あんたの事なんて嫌いよ。なんで私があんたと友達だと思ったの?」

と言われたのだ。


 少女はその時、多分初めて涙を流した。おぼろげな視界の中でそんな酷いことを言った『少女』も泣いていた。


 少女は意味が分からなくてさらに泣いた。少女の事を嫌いだと言った友達に理由を聞くことさえできなかった。


 それから間もなく少女は母親が理事長をしている中学になかば、無理矢理に入らせられた。一部の友達から『裏切り者』のレッテルを貼られたが、あの時のように涙を流すことは無かった。両親ともあの日を境に話さなくなった。


 ただ何の意義もなく、何の意味なく、新たに友達を作ることもなくつまらない日々を過ごしていた。


 そうして、中2のある日転起が訪れた。理事長の娘だからとかいうつまらない理由で、自分から、歩みよっても孤立していた少女にとある少女が付き添ってくれた。


 少女の名は宮野みやの 真理まり、おどおどした感じで絶対に友達になってくださいとかそういう事を言うタイプじゃないましてや、クラスで浮いている少女に話かけるなんてそんな大それた事できないと思っていた子だった。



 彼女は少女にきょどきょどしながら狼狽えて、でも、友達になってほしいと伝えた。少女は驚いた

顔をしたが、やがて嬉しそうに照れくさそうに「うん。お願いします」と答えた。


 宮野はおどおどした態度だったが根は真面目でしっかりとした子だった、友達は少女と同じで少なかったが、だからこそ、少女達が親友になるのにそんなに時間はかからなかった。


 彼女と時を経て仲良くしている内に、昔の記憶はだんだん薄れていった。そして中二の時、偶然にも、聞いてしまったそのせいで、再び記憶が戻ってくることになる。


 少女が家に帰ると両親は話し込んでいた。このまま自分の二階の部屋に向かおうとしたが、この時少女はなぜかふと立ち止まった。そして、聞くことになる真実は耳を疑うようなものだった。


 「やはり、小学生は簡単だったが、中学生になると難しいな」


 「もう、これ以上はやめて、あの子が友達を作ることの何がいけないの!?」


 「唯には才能がある。関わる人の選別をするのが親の役目だろ。だからあの時も引きはがした。お前も協力しただろ」


「確かに私はあなたの言う通りだと思ったわ。でも違った、あの日からあの子は話さなくなった。子供だからってあんなに強引にあの子達の仲を引き裂くべきじゃなかった。今は、後悔しているわ。友情というのを私達は軽じすぎたのよ」


「今は、そんな事を論じている場合じゃないだろう。今すぐにでも宮野真理とか言う子を退学させろ」


「そんな事させないわ。これ以上あの子の心を壊すような真似はしない。宮野真理もあなたに近づけさせない。分かる?私達だけがおかしかったのよ!!」


 少女は呆然とその話を耳にして立ち尽くしていたが、やがて、ゆっくりと音を立てずに二階の自分の部屋に戻った。


 少女はどうすることもできなかった。


 ずっと、仲が良いと思ってた両親が口ゲンカしている姿を初めて、見た。


 突然、友達が少女を裏切った理由を初めて知った。そしてまた同じ事が繰り返されるかもしれない。その事実が少女の胸をしめつけた。


 これは誰のせい?親のせい?違う。

 学校のせい?違う。

 友達のせい?違う。

 環境のせい?違う。違う。違う。違う。違う。違う。


 こんな世界に産まれてしまったから?


 私が、私だ私のせいで誰かが不幸になっている。


 私の何がダメなの?何が悪いの??お父さんの言っていた才能?私には、そんなの分からない。


 あ、そうか、私が目立たなくなれば、秀でたものが無ければ、平凡になれば、私はもう一度取り戻せるかもしれない。私を受け入れてくれる世界を...。


 そんな事を考え始めたのはこの時だった。


 少女は思い悩んだ末、一度、宮野真理と距離を置くことした。少女が彼女に近づくと、ほぼ間違いなく彼女に危害が及ぶからだ。


 理由を話せば、余計に関わってこようとするだろうから少女は話さない。彼女はそういう子だと一年も関わっていないけど、少女には分かっていた。


 だから、つらいけど、悲しいけど、寂しいけど、何も話さず離れることにした。


 それから、少女は日々、地味になろうと平凡になろうと努力した。


 しかし、それがとても難しいことだと分かるのに、そう時間はかからなかった。


 最初から持っている者は、持っていないの者の平凡や普通がどんなものか想像できない。当然にできていたものが全くできなくなるのは非常に難しい。


 ピアノで例えると、ピアノを昔、弾いていたなら、習っていたなら、今になっていきなり、弾いてくださいと言われて弾くのは難しいとしても、ドレミファソラシドの位置ぐらいは分かるだろう。


 まして、今 現役のプロのピアニストが、鍵盤の配置を忘れるなんてことは絶対ありえない。彼女がやろうとしていたのはそういう不可能に近いことだった。




 そうして、ちょうど『星のお願い』が叶ったという噂が事実だと認められ、ニュースに取り上げられるようになった頃、見知った少女が声をかけてきた。


 そして少女は、それを振り払うことも、無下にすることもできなかった。ずっと話したくても、話せなかった、関わらないことで守ろうとした少女宮野真理それは中三の夏の話だった。



 二人は近くの喫茶店に入り、気まずい沈黙の中それに耐えられず、少女はメニュー表を見始める。


 宮野も同じようにメニューを開いた。が、開いただけで何かを頼もうとかそういう素振りを見せない。むしろ、ずっと少女の方を眺めていた。


 そして、宮野はゆっくりと口を開いた。


「あのね唯ちゃん、ねぇ聞いてよ!」


 少女は今まで聞いた事がない荒げた親友の声を聞いた、と思ったら顔を隠すように開いていたメニュー表をバサッと取り上げられた 。


 目の前には、今まで見たことがない真剣なまなざしで少女を見据えていた。少女は宮野が次に口を開くのを待った。


 「唯ちゃん久しぶり。前は、声をかけても無視されちゃったけど、今日はいいの?」


 「私とあなたはもう友達じゃないんです。話すことなんてないはずです。なんで、かまってくるんですか?」


 「唯ちゃん、それ本心で言ってるの?」


 「当たり前じゃないですか、私達はもう何の縁もない...」


 宮野は急に右手を大きく振りかぶった、殴られる。そう思った。


 当たり前だ、勝手に近づいておいて、勝手に手放したんだから。むしろ、この程度の贖罪で済むなら安いものだ。目を閉じた。



 だけど、まだ衝撃が来ない。

 暗くて、怖くて。でも、いっこうに衝撃は来ない。


 そして、暗闇の中、衝撃や痛みとは真反対のなんだか暖かいものに少女の身体は満たされた。


 驚いて目を開くと、宮野真理が少女の体を抱きしめていた。暖かいと感じたのは、彼女の体温だったのだ。


 「嘘つき、じゃあなんで、唯ちゃんが泣いてるのよ。私が泣きたいぐらいなのに...。会う度に悲しそうな顔をして、気にしないでって言う方が無理だよ」


 さらに、宮野のは、少女をギュッと抱きしめた。


 「なんで、...なんで言ってくれなかったの?私達、親友でしょ。...唯ちゃん、ごめん。本当は、私のためなんだよね、私のために絶交しようとしたんでしょ?唯ちゃんのお父さんが私に何かする前に」


「なんで、知ってるんですか?私、一度も、...」


  宮野は一度手を離して、自分の目を指しながら、


「唯ちゃん、超能力って最近ニュースになっているよね。私もね、手に入れちゃったみたいなの。どう説明したらいいのか分からないんだけど、相手の言葉の裏を読むって言うのかな。相手の胸の内側に秘めている真実を読み取る的な能力。ただ、これ、話さないと使えないみたいで...」


「だから、私と話そうとしたんですか?なんで、どうして!?私はあなたに酷いことをしたんですよ!?私なんか忘れて、私なんかいなくても、あなたは別の誰かと友達なればいいじゃないですか!どうして、私に関わろうとしたんですか!!」


 言いたいのは、そんなことじゃない。本当は、分かってる。でも、これが最後のチャンスだ。ここで、私のことを突き放してくれたら...


 「だって、私は 唯ちゃんが、ううん。これは唯と私が仲直りするために神様がくれた『力』だと思うの。ねぇ、私達もう一度やり直せないかな?私、唯ちゃんともう一度友達になりたいよ」


 少女は小学生の時ぶりに大泣きした。それは、もう止まらないくらい、泣いて、泣いて、泣いて。 


 今、思い返せば恥ずかしくなるくらい大泣きした。


 途中で、ウェイトレスが駆けつけて、外に出て下さいとお願いされる程だった。


 帰り道、少女は冷静になって恥ずかしくなって宮野の顔を見ることができなかった。


 でも、あの言葉をないがしろには、なかったことには、したくなくて、だから、下を向いて宮野の手を掴んで少女は、返事を返した。


 「私ももう一度友達になって欲しいです。もう一度やり直せるでしょうか、私達」


 ポカンとした顔を宮野は一瞬見せて、彼女は言った。


 「もちろん、そもそも、私はもう友達に戻れたと思ってたよ。私は唯ちゃんのお父さんの圧力になんか負けないし、唯ちゃんに彼氏ができても離れるつもりなんてないからね」


 「さらっと恥ずかしいこと言わないで下さいよ。でも、ありがとうございます。嬉しいです」 


 「ははっ。久しぶりに唯ちゃんが笑ってるとこ見た気がするよ。ずっと思いつめてて何をする時も無表情だったから」


 「そうですか?でも、確かにそうかもしれません。もう誰も傷つけたくありませんでしたから」


 宮野は、少し険しい顔になり、うつむいている少女の顔を上げさせ、ほっぺを摘んでふにゅうと引っ張った。


 「唯ちゃん。一つだけ言っとくよそれは唯ちゃんのせいじゃないし、唯ちゃんが気負わなきゃいけない責任じゃない。唯ちゃんは色々、自分で抱えこみすぎなんだよ。どうしてもって言うなら、その荷を私に分けなさい。それが親友ってやつよ」


 少女はまた、泣きそうになった。嬉しくても泣けるということを少女はこの日二回も経験した。


 幸せだったこの日を少女は胸に刻んだ。


 反対してもいいと、逆らってもいい、反抗もしていいと教えてもらった。私も、覚悟しよう。


 怯えるだけじゃない、私の手でこの温ぬくもりを守る。親とぶつかることになったとしても...。


 少女は心に誓った。


○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○


香宮野は自分のなりそめを話すと、少し休憩すると言い出した。


せっかく妹から隔離したのにまたぶり返したらどうする気だ、と思ったが口には出さなかった。ホールドはもう勘弁なのである。


それにしても高飛車で自由まなお嬢様なイメージとは一転してシリアスな家庭状況だと思う。友達の選択など普通は自分の自意思が尊重されるものだ。


それを真っ向から否定、しかも実力行使で引き裂くなんて旧時代でも稀だ。


そこまで撤底できるのは、そう言わせるまでに彼女の才能に価値を見出せたからなのか、それとも親の期待が甚大なのか、それは分からないが、他にもまぁ、普通とは違うのだろう。


かく言う僕の家庭も他とは違う。この家に「親」は、いない。父親と呼ばれる人の顔は、一度しか見たことがないし、母親は病で倒れてしまった。


この家の家計を支えているのは、河合に住むおじさんが毎月支給してくれるお金と大学の研究所で働いている兄さんの収入である。


兄さんは、大学に入ってからはあまり、顔を見せないが、元気でやっているのだろうか?と僕は家族の事を少し思い浮かべたてみたが、嫌でもあの日のことを思い出すのでやめることにした。


そうして、僕は区切りをつけ、自分の部屋から退出して、香宮野を追った。


ゆっくり歩いて、リビングに向かうとダイニングテーブルの三席のうち一席を占領している香宮野がいた。


まるでそこにいるのか当たり前というように全く違和感を感じなかった。


「早く座って下さいよ 亜衣ちゃんのご飯が来ますよ」


香宮野は上機嫌で、隣の席をバンバンと叩き、僕が座るのを促す。僕は香宮野の隣に反射的に座ったが、そこで、ようやくおかしなことに気付いた。


「どうして香宮野がここで夕食を取ることになっているんだ?」


「どうしてそんな怪訝な目でこっちを見るんですか?違いますよ。そんなに強情じゃありません」


「そんなにじっと見つめちゃってお兄ちゃん。やっぱり唯お姉ちゃんのこと...」


「違うってば。今日知り会ったばかりだって言っただろう」


急に話に入ってきた亜衣は僕の方を見てにんまりとしながら、そして、香宮野と向き合うと、


「唯お姉ちゃんが何をしても無表情なのは愛情の裏⋯」


「返しじゃありませんよ。私のは素です」


「やっぱリお二人はお付き合い...


「「してない(ませんよ)」」


今日の亜衣はひと味違う。なかなかにしつこい、厄介過ぎる。


そこまで意固地になっているのは、多分僕のせいだとは思うが、いくらなんでもお節介すぎる。無理矢理にでもくっつけようとしてるじゃないか。


僕は香宮野に、話を聞くこともできないのか?悩みの種が香宮野から妹に移ってしまって、これ以上言及する気持ちにならなかった。


が、一応香宮野はこそっと耳うちしてくれた。どうやら、リビングに行くと妹から質問攻めに遭い、何とかリビングから逃げようと試みるも失敗し、小腹が空いてお腹がぐぅーと鳴ると座らされ、ごちそうしてあげるのだ〜と言われたので座って待ていたそうだ。


表情の読み取にくい香宮野が純粋に笑っている気がするし、妹がなんだか、うきうきしてはり切ってる。これを後から来た僕が奪うというのは違う気がした。


だから、僕はこのまま何もしないことにした。ちなみに、妹の質問責めは僕の方に回ってきた。




「ハンバーグ今日はみんな大好きハンバーグ〜♪♪」


「いつもあんな風に歌ってるんですか?」


「いや、今日はいつもより上機嫌だからだろ」


「お兄ちゃんがカマってくれないからなのだよ?家事全般私に任せるのに〜」


「最低ですね」


香宮野は辛辣な言葉と鋭い目を僕に投げかけた。僕はちょっと身を引いて、


「僕が入ると効率が悪くなるからな。まぁ、確かに悪いとは思ってるんだけどな」


「お兄ちゃんに家事を任せると必ずお皿が無くなるのだ〜毎日何枚もなくなったら大変なのだ〜」


「そうなんだよなぁ」


「なるほど、なるほどつまりはポンコツなんですね。有羅木くんも可愛い所あるじゃないですかー。ドジッ子属性?」


香宮野は口に手を当てて、ぷふっと笑った。急に責めてきて、小馬鹿にされてちょっと怒った僕は、


「違う、不器用なだけだ。だから、皿洗いのバイトやらせて貰えなくなって、受付をやることになったけどな」


なんて言い訳をして、さらに香宮野に笑われてしまった。


実際、僕は五枚洗うのに一枚割ってしまうから、妹にはキッチンの立入りを禁止されている。僕がやるのは、冷蔵庫の中身の調達ぐらいで、家事全般は全て妹がやっている。


今の僕があるのも妹のおかげで、感謝しても感謝しきれないし、本当にすごいと思う。でも、本来はこれは...と考えた所で僕は思考を一旦放棄した。


「お二人さん、夫婦げんかも程々にして、できましたなのだ〜」


「彼女じゃないし、なんだよ夫婦げんかって 、どこまで妄想膨らましてるんだよ!!」


「おいしそうですね、私もうお腹ペコペコなので、お先に食べさせてもらいますよ」


「どうぞーなのだぁ〜」


僕はどうやって妹を元に戻すか考え、げんなりする一方で、香宮野は自分目の前に出されたハンバーグに夢中になって、まるで子供のように、目をキラキラさせていた。というか、もう食べていた。


ほっぺたに右手をついて、おいしいですよとアピールすると、それに対して妹は、右手を前に出してグッジョブしていた。


僕も温かい内に食べたかったので、色々考えるのをやめて、食べてから考えることにした。そのハンバーグはなんだか、懐かしい味がした。




「なぁ、話の途中だけどもう帰るのか?」


「もう少しだけ話してから帰るつもりでしたが、ご都合が悪いですか?」


「いや、食べてからもう一度話して欲しい。まだ、全然、超能力者がどんな存在なのか分かってないし」


「それは、直接学校に行って実際にその目で確認した方が分かりやすいかと思いますが、話せる範囲で話しておきましょう」


香宮野から、その話が聞けるなら話は早い。大体の状況は知っておきたいものだ。


「(それにしても『なりそめの話』が、まさかここまで長いとはな。生まれてから今までの事をつらつら つらつら話すなんて。超能力を得る経緯を話すのにまだそこにたどりついてもねぇじゃねぇのか??)」


僕は、心の中で愚痴を呟いたつもりだったが、小声で口から出ていた。そして、その愚痴がすぐ隣にいる香宮野の耳に届き、


「言いましたね、今ちょーっと、私を小馬鹿にしましたね。えぇ、えぇ私だって気にしてましたよ。でも話し始めたら止まらなくなるんです。いいじゃないですか。悪いんですか?」


「ぎ、ギブ、ギブ。別に悪いとは思ってないし。本当の事だからって技をかけようとするのはやめてくれ!?」


食事をしている途中、多少の掴み合いがあった。妹はおもしろがって、「やっぱり好き同士なのだ〜」とか言っていたが何をどう見たらそう見えるのだろうか?


香宮野の頭に角が生えてきそうな形相に僕は真っ青になった。


そして、食事を終えると、僕と香宮野は再びにやにやした妹に見送られながら僕の部屋に戻り、彼女の話が再開した。


○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○


少女は、親友との確かな友情を実感した。前よりもっと話すようになったし、一緒に行動することも増えた。


一方で、家族の仲が悪くなっていた。そして、とうとう母親が少女を連れて行き、父親と別居することになってしまった。


少女はそれでも、宮野と離れることはしなかった。


毎日が楽しくて面白いものだと思えるようになったし、自然と笑みがこぼれるくらい幸せだった。


そんな日常を家庭内のいざこざで失うわけにはいかない。少女は、心からそう決心していた。


宮野は、心を読む能力で少女の家庭内の状況を知って、少女を心配したが、大丈夫です。と少女は言い切った。


それからは、宮野が少女の家族の話を持ち出すことも無くなった。



そうして、楽しい日々を過ごしていた少女は、自分の異常性に気付くことになる。


この時、世界を賑わせていた超能力者と呼ばれるものの、力の一端を。



それは、母親と二人で家にいた時のことだった。


「元気?...無理はしてない?」


母親と呼ばれる人は、愛想笑いしながら、少女に話しかけてきた。


あれから、母は、変わってしまった。昔はよく笑っていたのに、今は無理して愛想笑いばかりだ。


頼りなくて、ちょっとつつけば、壊れてしまうような...。


...多分それは、私のせいなのだろう。でも、友達を作ることは、関わることは、そんなに駄目なことなのだろうか?


少女には、分からなかったけど、それは、違うと教えてくれた友達の言葉を少女は、信じることにしていた。


「友達とは、どう?上手くやっていけそう??」


「上手くやっていけてると思いますよ、多分ですが」


ここで、上手くやれていないと、答えたら、すぐに引き離すつもりだったのか...。


少女は、身構えて慎重に言葉を選んでいく。


「ただ、前も話した通り、彼女は人の心を読めるので、私達、家族の関係とか全て筒抜けなので、たまに気まずくなりますが」


少女は、母親に宮野がの超能力者であることを暴露していた。この時は、あまり事の重要さに気付いて無かったのだ。


「そう、そうよね。もう別居してる事を知っているんだったわね。普通なら、離婚一歩手前の行動だもの。心配しないというのが無理よね...」


「離婚するんですか?」


「いいえ、でもまだ当分は、会わないわ。唯にはもう泣いて欲しくないの。あの人に分かってもらえるまで、ここを出ないし、あなたを連れていかせない」


いつから、こんなことになってしまったのだろう。


少女は、思い返すが分からない。少なくとも、多くの友達を作った小学生の時ではないということぐらいしか。


話すだけ、話すと、こういう嫌な空気が流れる。少女はこの空気が嫌いだった。


母と話す時は、何故かいつも、こういう空気に包み込まれる。少女はこういう時、いつも、逃げ出したいと消えてしまいたいと思うようになっていた。


それは、この日も同じ、逃げてしまいたい、消えてしまいたいと、そう願った瞬間、ポッとどこからか、音が聞こえてきた。


その音は小さく、どこから鳴ったのか全く見当がつかない。ただ、その音が聞こえてからの変化は顕著に現れた。


「ゆ、唯?唯!?どこ、どこにいるの?さっきまでそこに...」


どこと言われてもずっと、母の目の前にいた。今も、動いてない。目の前にいるのに、全く気付く様子がない。


母は、オロオロしながら、目をキョロキョロと、せわしなく動かしていた。


まるで、目の前に誰も居ないかのように...。


いや、彼女の目には少女の姿が映っていなかった。本当に見えていないのだ。


しかし、近くにあった丸鏡には、少女の姿がハッキリと映っていた。


だけど、それにずっと、気付かない母親を少女は気の毒に思った。


見えるようになれ、と心の中で叫んだ。


「お母さん、ここにいますよ」


少女はわざと、母の後ろに行って、肩を叩いた。


その直後、倒れるように母は、少女の体を抱きしめた。痛いと思うくらい思いっきり。


彼女の目には、涙が溢れていた。それは、少女が見たことがない母の顔だった。お父さんと話し合っていた時も、こんな顔をしていたのだろうか。



少女は、ふと親友の言葉を思い出した。彼女は言っていた。どんな事があっても、親は子供のことを一番に考えていると。


しばらくして、落ち着いてから母は口を開いた。


「私、...あなたが居なくなってしまったように感じたの...。私の目の前から、突然姿を消したように。私は、自分の妄想で、あなたを、自分の娘を作り出したのかと、一瞬だけ思ったの。そして、どこか安心した自分がいた。私は、あなたの親なのに、親らしいこともできなくて...ごめんなさい。いなくて良かったなんて、一瞬でも、思ってごめんなさい。本当にごめんなさい」


少女は、困惑していた。母が胸の内に溜め込んだ本当の感情の一端に触れ、なぜか、少女も涙が止まらなくなった。



思えば、母は、いつも私のために色々な事をしてくれたのだろう。 なのに、私は、ずっと素っ気ない態度を取ってきた。


少女は、今まで口にして来なかったが、小声で、ごめんなさい。そして、ありがとうと母に伝えた。



かなり間、二人抱き合って泣いていたが、それもようやく落ち着いてきて、少女は、自分が特殊能力に目覚めた事を、母親に話し始めた。



胸の中で消えたいと望むことで一瞬だけ、誰の視界にも映らなくなる、すなわち、透明人間になれる、それが少女の能力である事を。




そして、この数日後、少女の運命を左右するある事件が起こるのだが、まだ、彼女は知らなかった...。




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