第21話 人の子ならぬものよ、むせびなけ


「もうおしまいだ……人を殺してしまった。僕は殺人機械だ」


 僕はその場に膝をつくと、激しさを増す雨に打たれるままになっていた。


 どれくらいそうしていただろう。気がつくと、いつの間にか誰かが傍に立っていた。


「あなたは……」


 顔を上げた僕の目に映ったのは、金属の仮面をつけ、コートに身を包んだ人物だった。


「私は装心機人K00X。お前の一つ前の試作機、簡単に言えばブラザーにあたる存在だ」


「ブラザー……?」


「お前はここにいるべきではない。私と『ハートブレイクシティ』に来て暮らすべきだ」


「なんです、その『ハートブレイクシティ』というのは」


「郊外に設けられた、お前や私のようなアンドロイドによる自助コミュニティだ。そこは機人しか住んでいないから、奇異の目で見られることもない」


「僕は、ちえりと暮らしたかった。ブラザー、教えてください。僕は人間の社会で暮らしてはいけないのですか。ちえりは人間ですが、本気で僕の身を案じてくれたんです」


 僕は顔を上げ、祈るように叫んだ。気がつくと機械の目から涙のような液体が流れ落ちていた。


「――愚か者め!」


 ブラザーは感情の読み取れない顔を僕に向け、厳しい言葉を放った。


「そうやって互いの心に苦しみを刻んでなんになる?お前が人間を思えば思うほど、信頼関係が崩れた時の代償は大きい物になるのだぞ」


「教えて下さい、ブラザー。僕は機人なのに、悲しみや苦しみと言った人の心を持って生まれてきたのはなぜですか。機械なのに切なくて涙が出るのはどうしてですか」


「それはお前が生き物である証だ。機械でも人間でも、この世に生を受けたものは皆、泣きながら生まれてくるのだ。お前の涙は生きる喜びと悲しみ、希望と絶望の涙なのだ」


「生き物の証……」


 僕が呟くとブラザーは「そうだ」と頷き、おもむろに手を差し伸べた。


「さあ、私と一緒に来るのだ、兄弟」


 僕は目を閉じて強く頭を振ると、立ちあがってブラザーが差し伸べた手を払いのけた。


「嫌です、ブラザー。僕はまだ人間の世界にいたい」


「愚か者、お前の行く手には苦しみの荒野しかないということがわからないのか」


「わかっています、それでも……僕はもうしばらく人間として暮らしてみたい」


「では苦しむがいい、後悔するがいい。そして自分の愚かさをいやというほど思い知ったら『ハートブレイクシティ』に来い」


 ブラザーはそう言い放つと踵を返し、雨の降りしきる街角へと去っていった。

 

 ――教えてくれ、ちえり。僕は……僕はどうすればいい?


 僕は冷たい雨に打たれながら誰一人、答える者のいない世界で虚しい問いを繰り返した。


             〈第一話 了〉

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装心機人イグニアス 五速 梁 @run_doc

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