第12話 折り紙クリエイター
週末は父のワゴン車に沢山の医療機器と彼の食料である点滴を積み、色んな場所に出かけた。夏休みと冬休みにはいつもの三家族で毎年旅行を楽しんだ。
遠出した東北旅行では、気仙沼の漁港で豪勢な帆立丼を前に兄は満面の笑み、夜は南三陸で崖ギリギリにそびえ立つ老舗旅館で大きな舟盛りを堪能した。那須ではりんどう湖ふれあい牧場に何度も訪れ、毎回素敵なペンションに宿泊した。
次の旅行先を決める時、母がたまたまテレビでお茶の水にある「おりがみ会館」を見つけた。そこはおりがみの聖地と言える場所だった。
ビル全体が見た事もないデザインの和紙やクリエイティブな作品で埋め尽くされている。終始心を躍らせ大量の和紙を購入したのは言うまでもない。
テレビでインタビューを受けていた名物館長さんにも挨拶した。館長さんは、持参した彼の作品をしばらくニコニコと眺めてからゆっくり口を開いた。
「君の作品からは魂が感じられる。この判子を名前に変えるともっとプロの作品らしくなるよ。おりがみはこれからも続けていきなさい。」
兄の作品には、右下に愛嬌のある彼の顔を形どった印が押されている。親しみやすいが、プロ目線ではそれが子どもっぽさを演出させるという。
館長さんのアドバイスは彼の作品を趣味や特技から引き上げ、兄だけでなくわたし達家族にも希望をもたせてくれた。大満足のおりがみ会館は、彼にとってディズニーランドより興奮する場所だっただろう。
作品は全て兄と母の共同作業。二人で和紙の組み合わせやデザインを話し合い、母が採寸して和紙の準備を整える。同じ和紙でも切り取る場所によって作品の雰囲気も変わってくる。わたしは細かいことが苦手で、この採寸作業が面倒に思えて仕方なかった。
「最近僕の話もろくに聞いてくれないし、和紙も切ってくれないじゃないか!」
一度だけ、溜まっていたものを吐き出すように兄が泣いて訴えたことがあった。もちろん母の時間に余裕がない時は作業が進まない。それを理由に二人がギクシャクしていることも度々あった。それでも二人で数々の作品を作りあげてきた。
「個展を開いてみてはどうだろう。」とおりがみ館長さんのアドバイスを受けてから間もなく、兄の個展は現実のものとなった。
父の知り合いの協力もあり、地元の展示スペースで数日間に渡って開催されることになった。そうと決まれば人づてに色んなことが動き始めた。自宅や展示会場に新聞やラジオの取材も押し寄せ、地元ではほんの一時スターになったようだった。
町の人達も「がんばれ!雅之くん!」と大きな横断幕を作って展示会場にデカデカと張り出してくれた。「僕はもう頑張っているんだけどね。」と苦笑いする兄だったけれど、とにかく沢山の人たちの熱い応援が伝わる展示会だった。
そのお陰で、彼も彼の作品も多くの人の目に触れた。その後は彼の作品を求める人も増え、贈答品として注文が入る事も多かった。
彼はおりがみクリエイターとしての肩書きを手に入れたのだ。
毎年5月31日、私は決まっておすしを食べている。 @satobunko
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