第11話 予想できないハプニング

兄は太い指の見た目によらず手先がとても器用だった。


彼の“遊び”と言えば、ガンダムのプラモデルにミニ四駆作り。ガンダムを入れたおもちゃ箱の中には優に300体以上が収容されていて、お気に入りを並べては戦いごっこをして楽しんだ。


ミニ四駆にはヤスリや工具を使って改造し、極限まで軽さと車体のバランスを調整していた。軽過ぎてもレース中に吹っ飛んでしまうし、重過ぎても思うようにスピードが出ない。タイヤを変えたり、モーターを変えたりして世界に一台だけのスーパーカーを作っていた。


週末になると父とミニ四駆のレース場に行き、自慢の車を走らせるのが楽しみだった。わたしがリカちゃん人形に惹かれるまでは、ガンダムとミニ四駆で一緒に遊ぶことも多かった。


ミニ四駆制作中、度々ハプニングが起こった。


ハプニング大賞は、瞬間接着剤。なかなか出てこない瞬間接着剤の先を覗き込んだ瞬間、ピュっと出た液体が彼の目に命中した。


「目が開かない!」


と騒ぐ兄を横目に、石塚のおばあちゃんが機転を効かせて注射器と水を持って現れた。急いで注射器で目に何度も何度も水を流し、やっとまぶたがパカっと開いて瞬間接着剤事件は一件落着。


あの時おばあちゃんがいなかったら、兄はまたひとつ人に説明できない障がいを増やしているところだった。


「もう絶対に瞬間接着剤の先を目に向けない。」


家族みんなで大笑いした。


もう一つは、急に居なくなったで賞。


ある夏の日、兄は窓に背を向けて畳に座り込み、いつもの様に背中を丸めてミニ四駆制作に熱中していた。「またやってるなー」と思いながら、母とわたしは少し離れたテーブルで麦茶を飲みながら夏休みの宿題を終わらせようとしていた。


そして次の瞬間兄にもう一度目をやると、彼はそこからそっくり居なくなっていた。

機敏に動くことが出来ない彼が瞬間移動ができるハズもない。


驚いて母と駆け寄ると、彼は窓から落ちて庭に転がって大笑いしていた。後ろの窓が開いているのに気付かず寄っかかろうとしたらしい。彼を部屋に引き上げてまた大笑い。


兄は予想できないハプニングと笑いを巻き起こす天才だった。



とにかく器用で何かを作ることが好きだった彼は、ガンダムとミニ四駆を卒業すると、家で過ごす時間の多くをおりがみ制作の時間にあてていた。幼い時に病院で付き添ってくれた祖母から教わって以来、彼はおりがみが大の得意なのだ。


一枚の紙で100羽が連なった鶴、躍動感溢れる獅子舞や哀愁漂うかぐや姫の旅立ち。みるみる腕を上げ、既に民芸品屋に置けるくらいの技を身につけていた。母と珍しい和紙や作品を貼り付ける色紙を買いに出かけることも増えてきた。

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