第10話 学校生活

入学許可の壁は高かったが、入学してしまえば幸せなことに、彼の担任になったどの先生達も親身に受け入れてくれた。


まだ独身だった幼稚園の先生は、毎年恒例だった仲良し三家族の旅行にも一緒に参加する程だった。第一、二、三の母達もこぞって先生を「しょうちゃん、しょうちゃん」と呼び、先生のお見合い相手まで気にしていた。


園長先生は、身長は小柄だけれど、お腹周りがどっしりした見るからにビッグママ。甲高い声でゆっくり話す特徴があり、いつも子ども達への愛情が滲み出ていた。母は今でも園長先生と時々会って食事をしている。


小学低学年の時はベテランの女の先生が兄の担任を引き受けてくれた。貫禄ある風格の中に子ども達を包み込む大らかさを兼ね備えているような先生だった。小学校としても前代未聞の新入生。先生は余程の勇気が必要だったと思う。


最初の頃は母が付き添うこともあったけれど、登下校や遠足の時だけで、あとは先生にお任せした。心から尊敬している先生のひとりだ。先生が家庭訪問で笑いながら話していたのを今でも覚えている。


「もーね、あの時程焦ったことはなかったですよ。気がついたらマー君の喉の蓋が消えていてね、どこを探しても見つからないの!どうしよう、どうしよう!具合が悪くならないかしら、お母さんにすぐ連絡した方が良いのかしらって。必死に蓋を探しているのに、マー君を見ると“先生大丈夫だよ”って平然としていたの。何がダメで何が大丈夫かは自分でちゃんとわかっているのよね。そして、ホッとしてマー君を見たら洋服に蓋がペタってついていたの。もー二人で笑っちゃいましたよ。」


この頃使っていた喉のパーツには蓋が付いていて、外出時は痰をとる時以外は付けるようにしていた。感染予防と息が漏れずに声が聞き取り易くなるからだ。家の中では外していることの方が多く、兄が話す時は自分の指で穴を抑えると声が聞こえた。そんなことで、蓋がなくなったからといって兄の体調には何の変化もない。有難いことに、先生はそんなパーツの一つひとつまで気にかけてくれていた。


学校に通っている間も、定期的な通院があったり、時には想定外の受診もあった。


鍵を開けてもシーンとした家。まるで樹海みたいに空気が静まりかえっていた。先に帰っているはずの兄と母がいないと、診察に時間がかかっているだけなのか、また急に入院になったかのどちらかで不安になった。逆もしかりで、帰宅するとしばらくぶりに兄が退院していて、何事もなかったかの様に家にいることもあった。


小学校と言えば、運動会は毎年恒例のメインイベントだった。父親は早起きして校庭にブルーシートを広げて陣取りをし、母は大きなお弁当をこしらえた。いつもの三家族の他に、兄と同じクラスのお寿司屋さんも豪華な寿司桶をもって輪に加わった。そして顔見知りや近所の人たちもそれに加わることもあった。それぞれの家族が一畳分程のシートでこじんまりとお弁当を食べているというのに、わたし達のシートだけ花見会場さながらの賑わいだった。


兄は入退院に合わせてこの小学校と病院内の学校を行き来して通った。小学校6年生の時には初めて1ヶ月の皆勤賞を取ることが出来た。途方もない達成感。


クラスメイト全員が、母と登校した彼を教室で待ち構え「おめでとーう!!」と盛大に祝ってくれた。黒板のイラスト文字に教室内のデコレーション、みんなの寄せ書きまで用意してくれた。


“マー君、おめでとう!頑張ったね!”

“おめでとう!スーパーカッコいい!!”

“おめでとうございます!これからも健康に気をつけて。”

“マー君がいると明るくなります。これからも毎日来てください!”

“新記録更新し続けよう!応援してる!”


彼は先生達だけでなく、クラスメイトにも恵まれていた。


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