第100話 いつかやると思ってた
「で、あなたはどうしていきなり星夜君に飛び掛かったの?」
「むしゃくしゃしてやった。後悔はしてないぞ」
「あなたはいつかやると思ってたわ」
「はぁ‥‥‥」と小さく呆れたようなため息をついて、月美さんは次に俺の方に顔を向けた。
「それで、星夜くんはどうしていきなりこの人に飛び掛かったの?」
「むしゃくしゃしてやりました。後悔はしていません」
「お母さん、星夜はいつかやると思ってた」
「そう‥‥‥」
月菜さん、そんな呆れたような瞳で見ないで欲しい。
それと月美さん、そんな”やっぱり親子ねぇ”みたいな瞳で見ないで欲しい。
というか二人の方が親子だろう、同じような感想抱いてたんだし。
今、俺と父さんは空港内のフードコートの椅子に”反省中”の看板を背負わされて座らされてた。
あの突発的に始まった父さんとのこぶしの語り合いは、お互いがお互いを殴り飛ばす寸前に吸血鬼親子のよって強制終了させられてしまった。
その後、吠え合う犬のように威圧し合いながら、ズルズルと引きずられてここに連れてこられて今に至る。
「というか、なんだよ。実の息子だろうと絶対に娘は渡さんって」
あの時、全く意味不明なことを叫ばれたのを思い出して俺は隣に座ってる父さんにジト目を向ける。
すると父さんは、キッと俺を睨みつけて来た。
‥‥‥なんだよ、やんのかコラ。
「そのまんまの意味だ! 月美さんから聞いて俺は知ってるんだぞ! 月菜ちゃんがお前のことを好きってことを!」
「ちょっ!? お母さんっ!?」
父さんの言葉に一番うろたえたのは月菜だった。
そりゃまぁ、義理とはいえ父親に色恋に口出されたら月菜くらいの年齢だと”はぁ?”ってなるものだと思う。
一応当事者であって、一か月の間に月菜と色々あった俺としては何とも言えないんだけど。
怒ってるのか、恥ずかしがってるのか顔を赤くした月菜が月美さんに詰め寄る。
「ごめんね、酔った勢いでついポロっと、月菜も星夜君のこと好きだからって言っちゃって‥‥‥てへっ」
「”てへっ”じゃないよ!」
お茶目にウインクなんてして、それがまた絵になる月美さんにどこかで見たことあるような‥‥‥具体的に言うと、俺がよく父さんに向けるような冷たい目を送る月菜。
もしかしたら、宵谷親子と十六夜母娘は実は似たもの親子だったのかもしれない。
月菜も母親に苦労させられてるのかと思わぬところでシンパシーを感じながら、ふと、思い至ったことがあった。
「なぁ、もしかしなくても突然早めに帰って来たのって、それが理由じゃないよね?」
「んん? なんだ? 父さんたちが早く帰ってきたら何か不都合があるのか? あぁん?」
‥‥‥なんでいちいちメンチ切ってくるんだろう、めんどくさいな。
「というか、それが理由に決まってるだろう! これからは月菜ちゃんに好き勝手出来ると思うなよ! けしからん!」
「けしからんって‥‥‥あんたが子供二人を置いていったんだろうが! というか、何もしてないわ!」
「本当か? 月菜ちゃん、星夜に”お兄ちゃんの言うことなら聞けるよな?”とか言われて変なこととかされてない?」
「うん。私、必死にアピールしてるけど、悔しいくらいに。‥‥‥私に魅力ないのかな」
「なぁぁぁにぃぃぃーー! おい星夜! 月菜ちゃんの何が不満なんだ! あぁん?」
「はぁ‥‥‥」
もうやだこの父親‥‥‥。
言ってることがめちゃくちゃでめんどくさい。
あぁ、母さんよ。俺は父さんの交換を所望します。どこかにスペアの父さんはおりませんか?
それか、どこかに泉に父さんを突き落としたら、そこに住む精霊みたいのが『あなたが突き落としたのはこのスーパーサイヤ人の父さんですか? それとも身勝手の極意の父さんですか?』みたいな展開が‥‥‥って、よく考えたらどっちの父さんも想像したら嫌だな。
ていうか、俺は何を考えてるんだ‥‥‥そっか、父さんがあまりにもやかましいから現実逃避してるんだ。
「はいはい! あなた、こういうことにあまり口出すと嫌われるわよ。それから星夜君もこっちに戻っておいで」
ぱんぱんと手を叩いて、月美さんが自分に注目を集める。
それから、何故か俺と月菜に申し訳なさそうな表情を向けてきた。
「今更だけど、二人ともごめんね。いきなり急に帰ってくることにしちゃって」
「え? いやいや、別に月美さんのせいじゃないでしょう? どーせ、父さんの暴走の自分勝手なんですから、謝ることじゃないですよ」
「前から思ってたけど、星夜の中の父さんの評価って低いよなぁ‥‥‥」
隣でなんかぼやいてる人がいるけど、無視だ無視無視。
月美さんはそんな俺たちに苦笑をすると、こほんと一つ咳払いしたのちに。
「えっとね星夜君、それに月菜、実は早く帰ってくることになったのは私の我がままなの。この人のせいじゃないわ」
だからそんなに責めないであげてっと、優しく微笑む。
「そう、なんですか? それじゃあどうして?」
計画性のない父さんならまだしも、しっかりしてそうな月美さんがそんな行き当たりばったりなことをするとは思えなくて聞き返すと、何故か夫婦で目配せし合う二人。
そして西の方の、遠いところを見るような瞳でつぶやいた。
「「そうだ——京都に行こう」」
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