第4話:大神タスクの受難


 大神タスク。高校二年生。


 何代か前に北欧系の血が混じったそうで、髪は生まれつき灰色。背丈は高め、実家の中古電気店の手伝いで筋肉もついてる。顔は並みだと自負しているが、傍から見ると不良っぽい強面らしく。教師や他校の生徒に因縁ふっかけられるのもしょっちゅうだ。


 未成年だからタバコは吸わないし酒も飲まない。ヤバそうな薬なんてまっぴら御免。制服は多少着崩しているかもだが、他は校則違反も特にしていない。


 なのに、だ。クラスメイトからは煙たがられる。教師からは難癖つけられる。挙句になんか怪しい誘いまでくる始末! 皆、俺のことなんだと思ってるわけ!?


 人間など所詮見かけで判断し判断される生き物。俺は生まれ持った顔のせいで、昔から随分と理不尽な扱いを受けてきたのだ。


 ただ、まあ――


「これより、異端審問を始める。……百合の間に挟まるゴミ虫野郎へのなああ!」

「「「うおおおおおおおお!」」」


 この状況は、俺の不良面全く関係ないな!


 放課後、校舎裏に呼び出された俺を待ち受けていたのはサバトの会場だった。

 黒い覆面に黒マント。普通なら通報待ったなしの、この怪しい集団が学校公認の組織だとは校外の誰も思うまい。


 ズバリ彼らの名は《百合を愛でる会》。女子生徒同士の恋愛を温かく見守り、ときに後押しする愛の守護者なのだ!

 うん、自分で言っていて頭が痛くなる。なんだこいつら。


「被告人、大神タスク。貴様は『百合の間に男が割って入るべからず』という鉄の掟を破った。鷹村ツバサと猫田タマコ、我が校に咲き誇った百合の花園を、貴様は土足で踏み荒らしている! これは死も生温い大罪である!」

「そうだ! 百合とは女の子だけが存在を許される聖域! そこに男などという汚物があってはいけないのだ! それを貴様はァァァァ!」

「ギルティ!」「圧倒的解釈違い!」「縛り首にした後で火炙りが妥当!」

「ぶっちゃけ羨ましい! 俺だって百合の間に挟まれたい――うぎょわああああ!」


 うっかり口を滑らせた覆面が、他の覆面たちからギタギタの袋叩きにされる。

 うーん、このノリついてけねー。


 俺はタマとツバサの恋路こそ応援してはいるが、いわゆる百合というジャンルそのものには大して興味がないのだ。だからガチ勢というか過激派なこいつらのテンションに全くついていけない。


 そもそも俺、割って入ったんじゃなくて板挟みにされてるんだが?


「あのなあ。俺はあいつらの友達であって、別にあいつらの仲を邪魔する気は」

「と・も・だ・ちぃ? どうせアレだろ。『やっぱり男女の友情なんて成立しないよなー』『俺が二人ともモノにすれば万事解決じゃね?』みたいなクソ主人公ムーブを虎視眈々と狙ってやがるんだろ、ああん!?」


 リーダー格と思しき、覆面の中でも大柄かつ逞しい筋肉男ががなり立てる。マントからはみ出た上腕二頭筋が無駄に威圧的だ。


 しかし、こいつアレか。ヒロインのことが好きで主人公を敵視していたサブヒロインが、後になって主人公に惚れる展開にマジギレするタイプだ。作品には決して当たらないけど部屋中をひっくり返すヤツだ。


「自分がただの邪魔者だってわかんねえか!? お前さえいなければ楽園は完璧なんだ! わかったらとっとと二人から手を引け、このお邪魔虫野郎!」

「……オイ、お前らの気色悪い妄想押しつけるのも大概にしろよ。二人のためってフリして、結局は自分の都合じゃないか。あいつらはな、お前らのくだらない性癖を満足させるために好き合っているんじゃないんだぞ」


 胸元を掴んできたリーダー覆面の腕を、逆に掴み返して捻り上げる。

 好き勝手に言いたい放題しやがって、いい加減ムカついてきた。


 リーダー覆面を突き飛ばすと、覆面たちは一斉に戦闘態勢に入った。用意のいいことに凶器持ちまでいやがる。守護者じゃなくて暴徒の間違いだったか?


 一触即発の空気。しかし、そこへ待ったがかかる。


「――これは一体なんの騒ぎ?」

「た、鷹村さん!?」

「猫田さんも、ご一緒で!?」


 野暮用と言って待たせたはずのツバサとタマが現れたのだ。

 これには覆面たちも凶器を投げ捨て、いそいそと衣装を脱ぐ。


「えっと、違うんだ。これはリンチとかイジメとかそういうのじゃなくてだな? 二人の邪魔になってる自覚がない大神くんに、ちょっとした注意というか」


 でっかい体を情けなく縮こまらせ、しどろもどろに言い訳するリーダー男。

 ツバサとタマはその脇を無言で通り過ぎると、俺の両隣に立つ。

 そしてツバサは俺と腕を組み、タマは俺に抱きついて?


「こんな人たちは放っといて、放課後デートと洒落込みましょう、『ダーリン』?」

「今夜も寝かさないぜー、『ダーリン』?」

「……? ……!? ~~~~っ!?」


 解釈違いの光景に拒絶反応でも起こしたのか、白目を剥いて崩れ落ちる男たち。

 俺は俺で硬直してしまったが、二人は構わず俺を引きずっていく。

 角を曲がったところでどうにか我に返り、俺は二人に問い質した。


「なんなんだよ、さっきの『ダーリン』は? 変な噂広まったらどうする」

「なに、ああいうのが一番彼らには堪えるかと思って、咄嗟にね。――私たちのために怒ってくれて、ありがとう」

「……タスクを邪魔だと思ったことなんて、一度もないから」


 どうやら会話も多少聞かれていたらしい。


 二人とも俺を恋敵扱いするくせに、友達としてはそこそこ大切に思ってくれてもいるようで。有難いことだと思う反面、いっそ邪魔だと切り捨ててくれた方が、このこじれた三角関係も綺麗さっぱり解決するんじゃないかとも思ったりで。


 ――ああ、頼むからさっさとくっついてくれないかなあ。

 ――俺が、ちゃんと二人の友達として振る舞えるうちに。このどっちつかずで優柔不断な気持ちを、墓場に埋めてしまえるうちに。


 全く、損な役回りだろ。両片思い百合カップルの間に挟まれる男なんて。

 あと、俺の背後で手を繋げないかと互いに窺い合うのやめろ。背中がモゾモゾして仕方ないから!

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両片思い百合カップルが、二人して俺を恋敵認定してくる件 夜宮鋭次朗 @yamiya-199

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