第3話:猫田タマコの懊悩
猫田タマコ。高校二年生。
癖が強くて毛先が跳ね放題のボサボサ亜麻色ヘアー。小柄だが胸部装甲の一点はスタイル抜群のツバサを上回る、いわゆるトランジスタグラマー。顔立ちも悪くないが表情は無愛想で、名前も相まってどこか猫めいた愛嬌を感じさせる。
成績は中の下。(比較的)得意科目は歴史と化学。運動は苦手で体育の授業は大体サボタージュ。クラスの輪にも加わらず、俺とツバサ以外に交流相手はなし。
ツバサの存在がなければ誰からも目をかけられることなく、クラスで埋没する陰気な少女。それが猫田タマコだ。
ただし。それはあくまで学校での話。世を忍ぶ仮の姿。
その正体は、ネットで好評売り出し中の動画配信者――《暗黒銀河猫★チェシャ》である! ……紹介してて恥ずかしくなる名前だな。特に『暗黒銀河』のくだりいる?
「んあぁぁぁぁ。動画のネタが浮かばないぃぃぃぃ」
「盛大に体を捻じるなっての。倒れる倒れる」
校舎の屋上、いい感じの日陰になっている給水塔裏。
あまり人気もない屋上は、俺たちが昼休みを過ごす定位置だ。
ここなら他の生徒に聞かれたくない、主に動画関連の話も気兼ねなくできるしな。
そしてタマの現在のお悩みは、流行に乗っかって始めたバトロワゲーの実況動画。
戦場で武器やアイテムを拾い集め、プレイヤー同士が最後の一人になるまで戦うバトルロワイヤルだ。
一試合ごとの短い区切りで動画にできる反面、視聴者からはスパンの短い投稿を求められがち。そうなると必然、慢性的なネタ不足に苛まれるわけで。
今もタマはアイディアを振り絞ろうと、頭をグワングワンさせているのだ。
「武器縛り、レアリティ縛り、回復アイテム縛り……縛りプレイは一通りやり尽くした。イベントも終わったばっかで虚無期間。ネタが、動画の尺を稼ぐネタがないっ。こうなったら奥の手。禁断の『負けるごとに課金』企画をっ」
「待って、早まらないでタマコ! その先は地獄というか底無し沼というヤツでは!?」
「それにそういう企画は、負けまくって阿鼻叫喚するから視聴者に受けるんだぞ? タマじゃすぐ勝っちまうから企画が成立しないだろ」
「んみぃぃぃぃ」
妙な声を上げながら、あーでもないこーでもないとタマは懊悩する。
あくまで手伝い程度の俺に、動画製作の苦しみというのは完全には理解してやれない。
しかし学校生活が上手くいかず、塞ぎ込みがちになりながら、たくさんの人に認められる動画を数多く作ってきた。ここまで来るのにどれだけタマが頑張ったか、俺が一番近くで見守ってきたのだ。
その動画製作がタマをツバサと結びつけ、彼女の存在はタマが前向きに生きる原動力となっている。だから二人の活動を、俺はしっかりサポートせねば。
「やっぱり俺たちのアバターで茶番やるのがいいんじゃないか? アレ、視聴者にも好評だろ。せっかく登録者数三十万突破記念で、プロに依頼して新しい立ち絵と3Dモデルまで作ってもらったんだし」
「その茶番のネタが思いつかないのぉぉ」
タマの動画には相方として俺とツバサ、正確にはそのアバターに当たるキャラが登場している。タマは猫娘の《チェシャ》、俺は狼男の《ロボ》、ツバサは鳥女の《ガルダ》というキャラだ。
最初は俺とタマのコンビで、そこにツバサが加わってから登録者数が一気に伸び、今じゃ界隈の名物トリオとなっていた。
「そうね……。視聴者のコメントを参考にして見るのはどう? 視聴者のコメントを取り上げて企画や話題に利用するの、他の動画でもよく見かけるけど」
「むぅぅ。またアンチコメ見たら創作意欲が死にます」
「じゃあ、俺とツバサで使えそうなコメ拾って読み上げるよ。それなら嫌なコメント見る必要ないだろ?」
そういうわけで、俺とツバサが動画サイトを開いて最近のコメントを確認する。
その結果――。
「『チェシャとロボは結婚はよ』『ロボとガルダの結婚式まだー?』『アウトローコンビの絡みもっと見たい』『幸薄新兵のガルダはロボが責任取って幸せにするべき』『暗黒シンデレラ回はチェシャロボがくっつく伏線だったんだよ!』『チェシャとガルダの百合こそ至高』『もう三人で幸せになれ』……なんか、カップリング論争起きてないか?」
「たぶん、この前の動画。ラブソングで『踊ってみた』やったのが原因」
「前々から私たちでそういう妄想をしている視聴者は散見していたけれど。そこに私たち公式の方から供給があったせいで火が点いた、か」
く、空気が重いっ。
アバターの性別は現実の俺たちと同様。男一人に女二人とくれば、そういう妄想が捗っても視聴者を責められないだろう。
しかし、俺はあえて恨み言を呟きたい。
なんでチェシャ×ガルダ推しのコメントが圧倒的に少ないんだよ!?
『ぬぎぎぎぎ。やっぱり世間一般から見てもロボの方がガルダとお似合い? 確かにゲームの中じゃあたし、ついついガルダに毒舌かましちゃってるけど! それをロボが慰めてフォローするのがお約束の流れになっちゃってるけど! 突っ込んで暴れるプレイスタイルだから、ツバサさんと連携プレーもロクにできてないし!』
『やはり途中から加わった私より、ロボの方がチェシャの相棒として視聴者から認知されているのか! 確かに私はゲームの腕がまだまだだし、チェシャのプレイについていけない。それに比べてロボは的確なサポートでチェシャとの連携が抜群だし、茶番でのかけ合いも阿吽の呼吸を見せつけてくる! あの熟年夫婦感はズルイ!』
『『おのれ、ロボ!』』
ほらあ、最終的に俺が二人から睨まれるぅぅ。
ああもう。学校だけでなく、動画の中でも俺に安息の地はないのか……。
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