38. エピローグ


 王都イルフレイムで起きた騒動は、数千年の時を経て幕を閉じた。

 あの場所は正真正銘、全てが眠る灰の都となった。もう人間は灰人に怯える必要は無く、無駄な血を流すこともない。──これにて一件落着。





「────と、思ったのになぁ!」





 ようやく事件が幕を閉じ、騎士達が後処理に追われて忙しく駆け回る中、疲れ切った体を引きずるように『狐の果実亭』で借りている宿泊部屋まで戻ってきた俺は────そこで優雅に寛ぐ灰被りの少女を見て、項垂れるように四つん這いになっていた。


「……ん? …………よぉ〜、遅いおかえりだったなぁ?」


 彼女は片手を上げ、気軽に「おかえり」と言った。

 思い返せば、誰かにおかえりと言われたのは久しぶり──って違う!


「何で、お前が、ここに、居るんだ────シェーラ!」


 灰の使徒を操って人間を大量虐殺し、世界中に恐怖を散りばめた大罪人。

 ただ一人生き残ったイルフレイムの住人にして、火を受け継ぐ最後の女王。


 灰を被ったように恐ろしく白いその姿は、また幻想的で美しく、性別関係なく一瞬にして彼女の虜にしてしまう妖艶さと優雅さが滲み出ている。



 彼女の名は──シェーラ・レ・フレイム。

 俺がつい先程、命懸けで斬った女だ!



「何だ? 私が生きていることが不思議だと、そう言いたげな顔をしているな」


「むしろ、それ以外にどういう反応をしたらいいんですかねぇ!?」


「焦るな焦るな。私をその手で殺したくせにちょっと寂しくなるな……と、気持ち悪いことを思っていたアッシュよ。大変に気持ちが悪かったぞ」


「説明するな! 二回も言うな!」


 もうやだ、この女……あんなに感動的な死に方をしておいて、何で生きてんの?

 あそこから復活するなんて反則だろう。絶対に人間じゃない、って……何千年も生きているんだから、人間じゃないのは当たり前か。


「あの時、確かに私は死んだが、おとなしくそれで終わる女だと思ったか?」


「思ってねぇよ、クソっ!」


 あわよくば、そこで大人しく終わってほしかった。

 だが、流石はシェーラだ。そう言った気持ちを見事に裏切ってくる。


「……はぁ、もういい。そこを退、け……ぁん?」




 ──ふにゅん。

 決して柔らかいものではないが、男には無い何かに触れたような感触がした。




 シェーラは霊体なので、俺の手はいつも通過していた。

 いつものように彼女の体を払おうとしたのだが……今回だけは様子が違った。


「おおっ、実体を得て早速手を出されるとはな……うむうむ。貴様も男だ。生身の女が……しかも絶世の美女が目の前にいるとわかり、我慢ならなかったのだろう」


「な、な、ななっ!」


「だが、すまんな。いくら私でも、体を差し出すのは恥ずかしい。貴様のことは好ましいと思ってはいるが、まだ処女を捧げるほど貴様を愛してはいないのでな」


「おま、おまっ、おま……!?」


「……このまま押し倒されるつもりもないので、再び都市を混沌の渦に巻き込みたくないのであれば早々に諦め、その手を退けるがいい」


「お、おおお前、霊体じゃないのか!?!!?!??」


 慌てて扉の方まで大きく後退し、シェーラを指差す。

 その際に様々な巻き込んで家具を倒してしまったが、気にする余裕は無かった。


「うん? 実体になったと言っていなかったか?」


「実体だとわかっていたなら手は出さなか──いや、何で実体!?」


「……それは……馬鹿には理解し難い、とても深〜い事情があって、な……」


「馬鹿にしてんのか!」


「馬鹿にしていなければ『馬鹿』とは言わぬ」




 ──コンコンッ。



「アッシュさん、戻られていたんですね。ご無事なようで何よりです。…………その、怒鳴り声が聞こえましたが、大丈夫ですか? それに、女性の声も……」


 騒ぎを聞きつけたアンナが、扉を叩いてきた。

 この状況を見られるのはまずいと思い、大丈夫だと返した。


「そうですか……後で、あの後の話を聞かせてくださいね! では!」


 タタタッ、と階段を駆け下りる音が聞こえ、俺はホッと溜め息を吐き出す。



「大変そうだなぁ」


「誰のせいだ、ったく……本当に何でシェーラがここに居るんだよ……姉のところに行くんじゃなかったのか?」


「いやぁ、私も死ぬ予定だったのだ。……本当だぞ? 本気でお姉さまの元に逝こうと思っていたのだが……なんと、次に目が覚めたら、この都市に居たのだ」


「はぁ? どういうことだよ、それ」


「うむ。私も予想外だった。まさか、破棄した使徒の体に乗り移ってしまうとは」




「……は?」

 はぁぁぁぁ!?!??!?!?



「だから、破棄した使徒の体に乗り移ったのだ。どうやら本体が死ねば、私の魂が使徒の中に入るようになっているらしいな」


「らしいなって……まさか、お前を完全に殺すには……」


「世の中に蔓延る我が灰の使徒を、全滅させる必要があるな……ああ、ついでに私は今後も使徒を量産していく予定なので、これはほぼ不可能だと思った方がいい」


「マジかよ……」


 殺したと思ったら、更にやばいことを知ってしまった。

 この先、シェーラを完全に止めることは不可能……なのか?


「ともあれ、私は敗者の身。今後は灰人を量産しながら、ゆっくりとこの世界が朽ちていくのを眺めるとしよう」


「…………本音を言えば、もう二度と動かないで欲しいんだが?」


「それだとつまらぬ。折角、灰都から出られたのだ。娯楽を楽しまなければ損だとは思わないか? ……まぁその分、貴様が頑張れば良いだけの話だ」



「──ふざけるな」

 ──ふざけるな。


 そう出掛かった言葉は、普通に我慢出来なかった。



「まぁそう言うな。貴様を監し──んんっ。眺めているのが霊体か実体かの違いだ」


「監視って言ったの、誤魔化せていないからな」


 溜め息を一つ。

 どうやら、シェーラを引き剥がすことは無理そうだ。


「…………今更気にしても、無駄か」


 答えはない代わりに、シェーラは微笑んだ。

 それが彼女なりの答えなのだろう。


「これからも私を楽しませてくれ──我が灰の騎士アッシュよ」


「…………はんっ。そんなの、決まってんだろ」


 ──お断りだ。

 俺は苦笑し、そう言ってやった。


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火継の灰被り姫《シンデレラ》 白波ハクア @siranami-siro

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