第5話 犯行成立しちゃいましたか?

「おおっ、いつものJKおりますなあ」

遠藤がいい、どれどれと皆が映像に注目した。

よく見かける制服姿の女の子が、レジに並んでいた。髪を後ろで結んでいて、活発そうだった。少々短めにしているスカートは、ちょっと流行から外れているのではないか、とも思える。

そのくらいのほうが付きあうのにはいいよな、派手って感じじゃなくって。モブキャラ並に凡庸な自分の容姿をさし置いて、遅番たちは勝手に寸評していた。彼らのお気に入りだった。

小島もわりとかわいい娘だな、と思っていた。しかしこういうスクールカースト上位にいて学校生活を謳歌していそうな、活発な女の子となにを話したらいいのか、いまでもさっぱりわからない。いったいどんなことを考えて生きているのか。

女の子はいつも、自分の番がくる寸前に、すっと列から外れてしまう。

庄野がレジにいると必ず買い物するのを諦めていた。

アルバイトたちは、「庄野のことが嫌いなのか?」「いや庄野さんのことが好きなのでは」などと言いあった。

庄野にも訊ねたことがある。

「そんなお客、見たこともない」

 と首を捻っていた。

 きっと庄野は若い娘のことなど興味がないのだ、と皆で話した。

 庄野が好きなのは、堅苦しい小説の登場人物で、前世代のオタクというのはそういう頑ななところがある、などと誰かが言った。

彼らがレジにいるとき、彼女はやってこなかった。

つまり、彼女がこの店で買い物をした姿を、誰も見たことがない。


 遅番の仕事内容は地味だ。

 レジがメイン、返品作業をして、店内の整理整頓をする。夕方以降、お客がどっと増えるので、しばらくレジにへばりついているときもある。そして店のシャッターを閉めて、レジを締めておしまい。

 商品を品出しすることもない。阿川が残って、黙々と片付けてから帰る。

 担当を持って、棚をいじるなんてこともなかった。これは勤務時間が少ないから、ということもある。

 遅番たちは庄野以外全員学生だった。

 主に朝番の阿川とベテランアルバイトの安岡が商品展開をしていた。

 遅番の境遇に対して、小島はなんとも思わない。

責任を持つのは嫌だったし、担当になったところで、時給が上がるわけでもない。責任ばかりを押しつけられることになりやしないか。

吉行はその境遇に不満があるらしい。そもそも冷静に考えて、この連中に棚を任すなど狂気の沙汰だろう。

 遅番の大学生たちに資格がないのはいい。

 不思議なのは庄野だ。ほぼ毎日出勤しているのだから、担当を持てばいいのに、希望しない。したいとも思わないらしい。

 庄野は三十をとうにすぎている。一見若く見えなくもない。

 この店で夕方から閉店まで働く以外、なにもしていないらしい。休憩時間にはいつも文庫本を読んでいる。時給は大学生たちと同じ額だ。

朝から晩まで働きづめもごめんだが、さすがにこんな風にはなりたくない、と小島は思う。

なにかあると庄野に泣きつくくせに、遅番たちは庄野を小馬鹿にしているところがあった。いい大人のくせに、と思っている。

 庄野はどうやって生活しているのか。不思議でならない。霞を食って生きているのではないか。いつも本を読んでいるけれど、本屋の仕事が好きだからしているわけでもなさそうに見えた。 

 返品する雑誌を、段ボールに詰め終わったところで小島はレジに向かった。

 やっている仕事を終えたら、必ず報告にくるように、と庄野がしつこく何度もいうからだ。

「返品終わりました……」

 小島が言うのを、庄野は聞いていないようだった。ただ一点を鋭く見つめている。

 厳しい目つきをしていた。

 まるでスポ根の鬼コーチみたいに。とるに足らないへまさえも見逃すまいとしているみたいだ。

 その先には、リュックサックを背負った中学生くらいの男の子がいた。

 中学生は、店内をうろついている。誰かを探しているようにも、ただよるべなくうろついているようにも見えた。探し物が見つからず、迷っているのか。ふらふら歩き回ってから、諦めたらしい。出口に向かった。

「犯行成立」

 鬼教官のごとき形相をした庄野が言い、小島を押しのけてカウンターからでると、一目散に駆けだした。

「庄野さん?」

「なになに?」

 三階にいることに飽きて、立ち読みをしていたらしいバイトたちも庄野の行動に驚いたらしい。

「ごめん、レジ見てて!」

 小島は店から飛びだした。

 通りの向こうに白シャツの背中が見えた。

 追いかけなくては。なぜか小島はそう思った。

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