十四、影の主
既に
「おいしい……」
銀鉢に乗った乳製の氷菓子。柄の長い
「何杯でも食べられそうです」
「次からは君の腹の機嫌も考慮することにしよう」
月乃の向かいで長い脚を組んだフリッツは、そう言ってすぱあ、と煙を吐き出した。赤い火の
丸
アイスクリンを大事に味わいながら、月乃は意を決して目の前の男に尋ねた。フリッツと初めて出会ったあの日、彼が滅した影の怪異についてである。
「あれは低級の使い魔、文字通りの影だ」
ふたりの今居る場所が場所だけに濁されるかと思ったが、フリッツがあまりに堂々と答えたので、月乃はかえって心配になって店内を見回してしまう。だが当の男は「いずれ知れることだ」と
「あの影が、被害者――ええと、要するに今朝の新聞に載っていた衰弱体で発見されたという男性――を襲った犯人ではないのですか?」
「
「つまり、その影の主こそが犯人ということですか?」
「だろうな。事件の当日、フロッケを偵察にやったところで相手に嗅ぎつけられた。あの時の影は相手の
あの日フロッケが怪我をしていたのは、
口に含んだ甘味を、月乃は思わずごくりと
「犯人は“
月乃の言葉に、ぴくりとフリッツの眉が跳ね上がる。
「きゅうけつびと? ――
「純種の
「同胞?」
「同じ
そこで一旦会話を区切って、男は席のすぐ隣、通りに面した窓を見た。たっぷりと紫煙を吸い込んで、窓辺に向かって細く吐き出す。その間、月乃は惜しみつつも器のアイスクリンを平らげた。
「ゔぁむぱいや……そんな恐ろしいものが、学園の周囲に隠れているんですか?」
「帝国陸軍はそう考えている」
「フリッツさんの考えはそうではない、ということですか……?」
月乃の指摘に、フリッツはにやりと口角を持ち上げる。
「
「つまり」。フリッツは言葉に貯めを作って、灰皿に火種を落とした。そのまま美しい顔を向かいの少女に近付けると、打ち明け話のようにそっとささやく。
「一年にたった四件で満たされるはずがないのだよ」
少し手を伸ばせば触れそうな距離。こちらを見つめる灰眼は微笑みの形に細められ、けれど妙に妖艶で。月乃は状況が呑み込めず、目をぱちくりさせる。
(つまり、血を吸わないと
先程の己の失態を思い出し、少し的外れな思考をする月乃。特に恥じらうでもないその反応が想像と違ったのか、フリッツは少しムッとした様子で乗り出していた身体を起こした。椅子の背もたれに背中を預けて木製の猫脚を
「血を吸われた者は普通は死ぬ。死ななければ
新聞記事によれば、被害者の男は死んではいない。血を求めて暴れたというような話もなかったし、過去の被害者も同様ということだろう。
「事件の頻度と、被害者の状況。その二点から、
「ああ、そのつもりだったのだが――。どうやら例外もあるらしい」
「えっ?」
突然、フリッツはまだ長い煙草を灰皿にジュ、と押し付ける。そのまま立ち上がったかと思うと、窓辺に近寄り外を見た。釣られた月乃が席から首を伸ばして
吟座の上空を、一匹の白い
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