少年AのBGM問題

凪常サツキ

第1話


 自分の世界にはまだBGMがない。少年Aはそのことにうんざりした。

 何も自作のゲームとか、アニメとかの話ではない。二度目ではあるが、彼の世界の話である。

 彼は地元でも評判になるほどゲームが大好きだった。「クエスト」が付くゲームとか、HPなんていう数値で人の命が示される、ああいうもの。RPG。そのRPGには、ほぼ絶対といっていいほど無音のシーンがないことを彼は知っていた。

 主人公が町やフィールドを歩くときや、モンスターと戦うとき、ダンジョンに入るときなど、様々な状況に合わせてBGMは必ず付いて回る。彼にとっては、もうそれが二次元だけの話ではない。少年Aがトイレにいても、食事中でも、はたまた少年Bや少年Cと一緒にゲームで遊んでいるときでも、お構いなしにBGMが流れていないと気が済まない。

 だから、少年AはBGMが欲しい。



・2/26

 今日という今日がまさに誕生日だった。待ちに待った誕生日というのは誰もがにんまりする。自分の欲望を投影した物体=プレゼントがもらえるのならばという条件付きで。

「今日だよ! 二六日、今日ぼくの、誕生日!」

「うん、そうだったね。何が欲しいの?」

 少年Aはさっそく、プランAが順調に進んでいることにたいしてますますニヤケ顔になった。母親Aは少し不気味だと思った。もし弟Bが欲しいなんて言われたらどうしましょう。

「BGMってどこに売ってるの?」

 レンタルビデオ屋さんとか? なんていう野暮なことを言うとまたぐずるかもしれないと、母親Aは後のことは考えない性格で、次のように言った。

「BGMは、BGM通りの、BGM屋さんにあるとおもうけど」

「わかった! そこに連れてって。BGMが欲しい」



・3/10

 BGM通りの、BGM屋さんがないことにがっかりし続け、二週間近い。まだ少年Aのあやしかたをよくわかっていない父親Bはおいといて、母親Aと弟Aは少しくらい心配してくれたっていいじゃないか。少年Aがそう思うのも今日で最後だ。なぜなら、遅れに遅れた誕生日プレゼントが電子キーボードに決まったからだった。まさか。そのまさか、彼は自分で作曲することを選んだ。



・5/11

 子供たちの成長というのはやはりすさまじいと、大好きなRPGの村人Cが言っていた気がした。少年Aは名も知らぬ老人のそんな薄い言葉を信じただけなのに、ついに今日で十二曲ものBGMを完成させていた。

 内訳を少し。例えば彼が部屋を歩き始めると、村のBGM【02.穏やかなくらし】がかかる。少し歩いて家を出たと思うとフィールド曲【04.続け勇者に】がながれ、子供料金で電車を乗りこなし街に無事到着した暁には【06.にぎやかに集え】が脳内に響き渡る。大成功だ。実際街に到達すると、涙を流す自分がいる。ああ、と、少年Aは思った。こんなことなら主人公が涙をこぼすBGMも作ればよかったと。



・8/23 

 彼はすでに、RPGで流れうるほぼ全種類の楽曲を完成させていた。それでも【32.魔王に挑む】を一つの区切りとしただけで、BGMの総曲数は依然止まることを知らない。作曲したのに一度も聞いたことがない【154.遅刻に気をつけろ】なんかは、街角でパンを加えた転校生に激突したときに流れる予定のBGMだ。逆に最も多く聞いているのはやはり【02.穏やかなくらし】か、親のBGM【106.創造神】だろう。

 ここで唯一、ぎりぎり問題と把握できる程度の小さな問題があるとすれば、いちいち場面の切り替えと同時にBGMを変えるのが面倒ということ。

 部屋を出て、もし親がいたら【106.創造神】。戦闘から逃げて、トイレに入ることができたら【95.やすらぎの里】。ただし、入っている途中に家族がノックしてきたら、【96.ピンチを切り抜けろ】に変えねばならない。事あるごとにいちいち小さな液晶をタタタと軽く小突かなくてはならないから、端末は常にA~Dまでフル稼働であった。



・52/14 

 あれからいくらか歳月を経て、少年AはついにBGM付けの上での運命的な出会いをする。

 それは、【858.君は何を選ぶ?】を聴きながら通販で買った、某大手IT企業の販売する代理AIサロゲートとの出会いだ。これが、彼の生活に革命を起こした。例の未解決だった、「場面切り替わりBGM問題」を見事に解決したのがこの端末Aであり、また同時に彼の生活情報をインプットすることで、どの場面のBGMが足りないかを自動で検知・楽曲挿入までこなす。

 一日は、こんなにも長かったんだと、彼も思い出してくれることだろう。



・89/3

 弟Aはほぼ弟Aのまま、少年Aは青年Aとなった。もう少しすれば、親たちに次いで成人Cとなる年齢である。

 その少年Aこと青年Aは、一度は専門学校に入学し、サウンドクリエイター学科の星となっていた。なにせこの歳で何千曲も作っているのだから、腕は確かなものだ。教師にも「プロ顔負けだ」なんて褒められた楽曲だってたくさんある。なのに、彼はある日のある瞬間から、きっぱり曲を作れなくなってしまう。いや正確には、ただ一曲を除いて。

 それが今日だった。いつも通り、オンラインで講義を受けながら暇つぶしに曲を作っていた彼は、なんとも天才的な旋律を完成させてしまう。そこからこれまたあまりに素晴らしい和音を奏でる主旋律と副旋律の調和が完成した。今までの何千もの曲が塵芥みたいに思える出来だから、彼はこの傑作A【4656.マスターピースA】を、人生で最も長く向き合う時間に当てはめたかった。代理AIを入れた端末Eに演算と検討をさせて、自動設定した。

 するとどうだろう、端末Dが【4656.マスターピースA】を設定したのは、よりによって作曲作業をする場面だったのだ。なるほど零点ではあるが、百点満点の配分をどうも。最悪なエクセレント! 

 一度決めたBGMは意地でも変更しない青年Aは、そういうわけで自らの神曲を聴きながら作曲作業をすることになった。彼がその後生み出すBGMは、【4657.マスターピースB】【4658.マスターピースC】と、全く同じBGMで、それ以降、それ以外のBGMを作ることはかなわなかった。



・96/18

 青年A、もとい若者Aは、「どこへ行くかをアイス食べながら検索するBGM」である【4776.マスターピースDP】を聞いて、どこへ行くかをアイス食べながら検索していた。あれからというもの、やはり彼はマスターピースAの複製だけを作り続けていた。現在では計二九五曲作成しており、全楽曲のうち約六割が一曲の「マスターピース- オリジナル」と「マスターピース- コピー」たちである。

 仕事はといえば、彼は無事ゲーム音楽を提供する仕事につくことができた。なにせ五千曲以上のBGMがあるのだ。時には【564.マイナスイオン~滝に打たれて】がダンジョンの曲に使われたり、【106.創造神】がエンディングテーマとして流れたりしてなかなか目録とは異なる捉え方をされていたとはいえ、売れたことには売れたのだ。当然のことながら各種「マスターピース」もシングルで売り出したが、誰もが予想できる通り、オリジナルとコピーの売り上げは、オリジナルに軍配が上がる。

 そんな、ある程度の収入をもらっている彼である。彼のことだから、今日も大好物のコーヒーを、恥知らずにもほどがある高価なスイーツと共に飲み干しに行くことだろう。【65.門出の時】を一瞬聴いた後、【04.続け勇者に】をしばらく流して、

「あー……」

 ポケットにいつもいれているはずの財布を忘れていたことを思い出す。

「まあいいか」


 道中のモンスター適当に倒せば、お金手に入るだろ。


♪~「続け勇者に」


 しょうねんAは まちへと くりだした!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

少年AのBGM問題 凪常サツキ @sa-na-e

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ