第十九階層 宝物庫

 階段を降りると目の前に扉が見えた。表面に嵌め込まれたプレートには『宝物庫ほうもつこ』とあった。その下部には小さな文字で『一度だけ、宝箱は開く』と添えられていた。

 茜は真っ先に顔を近づけて他の手掛かりを探す。調べ終わったのか。後方に振り返る。

「他にはなにもないみたい」

「突撃するぞ。尻がムズムズして仕方がない」

「それ、ハムのせいだから」

 苦笑いでノブを掴み、扉を押し開けた。

「あらー、宝箱がいっぱい。奥にはまた扉があるねー」

 冨子は部屋に入るなり、周囲を見回して言った。

「勝手に開けないでよ。一度だけって話なんだから」

「……全ての宝箱が一度だけ開くという解釈はできないだろうか」

 直道の疑問に茜は僅かに頭を傾けた。

「できなくはないけど、そんなに甘くないと思うよ。特にこのダンジョンは」

「慎重に一つを選ぶ必要があるか」

 二人は宝箱の置かれた状況に意識を向ける。

 部屋の中央に木製の宝箱が置かれていた。周囲を囲むように銀色の宝箱が置かれ、四隅には金色の特注品が目に鮮やかに映る。

 冨子は銀色の宝箱を眺めて歩く。一つの角で立ち止まり、金色の輝きに魅せられるように顔を近づけた。

「やっぱり、金色に良い物が入っているのかしらー」

「ウサギの縫いぐるみの出来で言えば木製よりも銀色の方が上だった。金色は開けたことがないのでわからないが」

「問題は位置よね。どうして一番、安っぽい木製の宝箱が中央にあるのか、だよね」

 茜は木製の宝箱に目を落とす。赤茶けたような色で全体が薄汚れて見えた。

「どうして中央なんだろう」

「ねえ、ハムちゃん。自慢の鼻で中身を言い当てることはできないかなー」

 冨子はうろつくハムに話を振った。

「俺様の鼻の感度は抜群だぞ。手始めに金色の宝箱を嗅いでやろう」

 蓋と箱の繋ぎ目に鼻を近づける。小刻みに鼻を動かし、ペタッと表面に押し付けた。

「ひんやりして鼻が喜んでいるぞ」

「はい?」

 冨子の糸目が細い刃のように開く。睨む相手を切り刻む怖さを内包していた。

「うん、これは金属っぽいね」

 ハムは隣の銀色の宝箱に自発的に鼻を近づける。

「こっちは動物臭いよ」

「んー、匂いを嗅ぎ分けられても、それがなにかを言い当てることは無理なのね」

「ハムちゃん、装備品はなにも要らない裸一貫主義だからね!」

 冨子は元の糸目に戻って、んー、と困ったように言った。

 並んだ宝箱を前にして茜が腕を組む。

「ゲームの知識だと、金色の宝箱に希少価値の高い物が入っているんだけど」

「私にはわからないなー。直道さんはどう思います?」

「……希少価値か」

 茜の言葉を口にして、今一度、部屋を見回す。

「この中、限定で言えば木製の宝箱が、一番、希少価値が高いことになる」

「そうなるよねー。もう考えてもわからないなら、試してみればいいと思うよ」

 冨子は茜に笑い掛ける。

「そうだよね。それに宝箱の全てが一度だけ開くって可能性がない訳ではないし」

 茜は木製の宝箱の蓋に手を掛けた。

「開けるからね」

「私は構わない」

「もちろん、茜の判断に任せるよー」

「俺様には関係のないことだ。好きにすればいいぞ」

 全員の考えを聞いた茜は思い切って蓋を開けた。大きな箱にしては不釣り合いな小瓶が収まっていた。

 取り出した瞬間、ふふ、と冨子が笑った。

「また、ドリンク剤だよ」

 茜はがっかりした声で貼られたラベルを見た。

「ホントに!?」

「どうしたの?」

 冨子は小走りとなった。どれどれー、と口にして茜に寄り添う。

「すごーい!」

「なんだ、どうした!」

 駆け付けたハムは沈黙した。

 あまりの反応の違いに直道も加わろうとした。

 すると冨子が手で制した。強い眼差しを向けて高らかに言う。

「今から女子会を開きます。直道さんは扉の外で待っていてください」

「急にどうした?」

「女子会です」

 冨子は強い口調で繰り返す。直道は何も聞かずに踵を返し、入ってきた扉から出ていった。

「お母さん、急にどうしたのよ」

「どうしたもこうしたもないってー。よく見てよ、若返りのドリンク剤だよー。これはもう、大変な物で女子会を開かないとダメなんだって」

 冨子はラベルを執拗に指差す。茜は顔の前まで持ってきて、そう? と素っ気なく言った。

「これって二十年も若返るじゃない。私は使えないよ。こんなの飲んだら、この世にいなくなるんじゃないの」

「俺様が飲んだらどうなるのだ?」

「あんたの場合、なにもかもが怪しい。性別が女子ってウソだよね?」

「何を言うか! これを見ろ」

 ハムは横に倒れると仰向けになった。後ろ脚を左右に開いて強調する。

「股間に何も付いていない。これが証拠だ」

「ツルツルだけど、女子の証拠もないよね」

「背中はぱっくり割れているけどねー」

「どういう意味だ?」

 ハムは急いで起き上がる。

「んー、なんでもないー」

「じゃあ、このドリンク剤、お母さんが試してみる?」

「私は若返っても、そんなに変わらないよー。逆に胸は小さくなるしー」

「それこそ、ファンタジーだよ。二十年前と今が、ほとんど差のない容姿ってどうなのよ」

 茜は冨子の全身に目を向けた。

「そうなると俺様と直道しかいないが」

「ハムはやめた方がいい。粘土とかになると思うから」

「そこで直道さんになるのよー」

 冨子は、ふふふふ、といつも以上に長く笑う。

 乗り気ではないのか。茜はドリンク剤を手の中で回した。

「お父さんに飲ませても、あまり変わらないんじゃないの」

「あれー、もしかしてアルバムの写真とか、見てないの?」

「別に興味ないし」

「びっくりするよー。今の直道さんとは全く違うから。そこでみんなにお願いがあるのよ」

 揉み手をしそうな勢いで冨子が迫る。

「直道に自然な状態で飲ませればいいのだな。わざと力仕事をやらせたり、過度な運動も効果があるか」

「ハムちゃん、お主も悪よのぅ~」

「また悪代官と越後屋ね」

 茜は呆れながらも小瓶のラベルを爪で引っ掻く。

「隠した方がいいでしょ」

「お主も悪よのぅ~」

 女子会は悪い笑顔でお開きとなった。その直後に直道は呼び戻された。

 全員が揃うと他の宝箱を片っ端から調べた。全てが難なく開いた。残念なことに中には何も入っていなかった。最初の宝箱のせいで中身が消失した可能性を否定できず、新たな扉を開けた。

 細い通路の奥まったところに降りる階段があった。

 先頭を直道がゆく。他は後方に寄り集まる。忍び笑いと共に会話が途切れることはなかった。

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