インキーロボット、大地に立てず。

ちびまるフォイ

動かなければどうということはない

「最終調整完了、システムオールグリーン」


『ようし、最終起動試験もばっちりだ。

 この新型ロボで連合軍のはなをあかしてやろうぜ!』


「ああ! まかせろ!」


『出撃までは時間がまだある。今のうちに食事は済ませておけよ』


パイロットはロボットのコックピットから出ると、

ヘルメットを脱いで何気なくポケットに手を入れた。


食堂にでも行こうかと思った矢先のこと、地下基地が爆音とともに大きく揺さぶられた。


「な、なんだ!?」


「て……敵だ! 連合軍の奴らがこのコロニーに攻めてきたぞ!!」


「くそ! 休んじゃいられねぇってことか!」


パイロットは再び巨大ロボの格納庫へとUターン。

メカニックたちはロボットに繋がれている装置を取り外し、出動ハッチが開く。


『準備できました! 発進どうぞ!!』


オペーレーターの声が格納庫全体に轟いだ。

全員がロボットのブースター付近から離れる。


しかし、一向にロボットは発進しない。


『どうしたんですか? 発進許可は出ていますよ』


格納庫カメラを切り替えると、そこには閉まったコックピットの前に立ち尽くすパイロットの後ろ姿が映る。

近くにいたメカニックが声をかけた。


「おいどうしたんだよ。発進しろって言ってるぞ」


「いやあの……」

「ん?」



「鍵……中に入れちゃった……かも」


パイロットはヘルメットを汗の洪水で満たしていた。


「中に入れたって……つまり、鍵をロボットの中に入れたままコックピット閉じちゃったってこと?」


「うん……」


「お前アホか!? なんでそんなミスするんだよ!」


「"ネクスト"の才能を持つパイロットだって人間なんだよ! ミスくらいするわ!」


「ミスの程度が低すぎるんだよ!」


「そもそもオートロックなのがおかしいじゃん!!

 中に生体認証あるから俺にしか動かせないのにさ!!

 なんでコックピットをオートロックにしたの!? バカじゃない!?」


「技術が敵に盗まれるかもしれないだろ!」


いつまでも発進できない巨大ロボットの上で罵り合うパイロットとメカニック。

事情を聞いたスタッフのひとりが近所の鍵師へ電話をかけた。


まもなくやってきた鍵開けの技術士だったが、コックピットを見てそうそうにさじを投げた。


「うん。無理」


「ええええ!? ちょっと困りますよぉ!!

 今からこのロボットで敵と戦わなくちゃいけないんですって!

 なんとかして鍵を開けてくださいよ!」


「いくら鍵開けの技術を持っているといってもこんなオリジナル極まりない構造だとねぇ……」


すると、今度は格納庫の奥からベテランメカニックがやってきた。


「わしの出番のようじゃな」


「メカじい!!」


「こちとら50年巨大ロボを整備しとるんじゃ。

 開かなくなったコックピットをこじ開けることくらいわけないわ」


ベテランは見たこともないような器材をジャラジャラ持ちながらコックピットへと向かった。

ものすごい金属音と激しい火花を飛び散らせながら作業を始めた。


そして……。



「お手上げじゃ、こりゃ開かん」



見守っていたスタッフはがっくりとうなだれた。


「新素材ゴリゴリ合金で、ラテアート加工されたうえ、

 ミノタウルス粒子を常に散布された愛フィールドが展開されておる。

 こんなのわしらメカニックの道具でこじ開けられるものじゃないわ」


「なんでそんな設計にしたんだよ! もう!」


「コックピットを一番頑丈に作るのは当たり前じゃろがい!!」


ベテランは文句言うパイロットに持っていたレンチをぶん投げた。


あらゆる技術を詰め込み、多額の予算を注ぎ込んだ最新の巨大戦闘ロボはコックピットへの鍵とじ込みでただの金属の粗大ごみになってしまっていた。

誰もがどの曜日に出せば業者が引き取ってくれるか考えていると、ラボから白衣の男がやってきた。


「まったく……あなた方は本当に前時代的な方法しか思いつかないのですか」


「あなたは! コックピットのOSを手掛けたデジタル長!!」


「鍵なんか使わなくても内部からロックを解除すればいいんですよ」


白衣の男はメガネをくいと指で押し上げた。

巨大ロボットに近づいて何やら難しげなコードを接続していくと、パソコンで操作を始めた。


静かな格納庫にキーボードをタイプする音だけが静かに響く。



1時間、2時間と経った頃、声をかけていいものかと悩んでいたパイロットはしびれを切らして声をかけた。


「ど、どうなんだ? 開きそうなのか?」


「……開けてみせます」


「今はどんな感じ? あとどれくらいで開きそう?」


「まだわかりません。さっき知恵袋に質問して、ベストアンサーからの回答待ちです」


「自分でなんとかしろよ!」


「しょうがないでしょ! コックピットは外部からの干渉を受けないように作ってるんですから! こんなのどうしろって言うんです!!」


もう少し待って知恵袋に「自分で調べろ」の回答が選ばれたとき、スタッフは失意に暮れた。

強引にこじ開けることも、ハッキングで開錠することもできない。


「もうダメだ……」


スタッフががっくりと頭を下げたとき、パイロット一人だけはおもむろにロボットを格納庫の外へと押していた。


「おいあんた何やってるんだ!? 外には連合軍のロボットがいるんだぞ!?」


「だからだよ! これを外に出して攻撃してもらうんだ!」


「はぁ!? コレは最新鋭の極秘裏開発のロボットなんんだ! 集中砲火され……はっ!」


「そう。あえて連合軍に攻撃させてコックピットの外壁を破壊させるんだ!」


連合軍とコロニーとの技術力には差がある。

火力に優れる敵連合軍のロボットの兵器でなら、閉じたままのコックピットを壊せるかもしれない。


「し、しかし……もしもコックピットどころか全部壊されたらそれこそ大損害だ……」


「あんた達、自分の作った最高のロボットの性能を信じてないのか。

 俺は信じる。このロボットが敵の攻撃じゃせいぜい外壁をなでるくらいで、けして壊れないと信じている!」


パイロットの言葉に格納庫にいる全員は目を覚ました。

全員がロボットの横に立つと必死に巨大ロボットを外へと押し運んでゆく。


「バカ言うんじゃねぇ! うちのロボットが簡単に壊されてたまるか!」

「そうとも! びくともしないように作ったんだ!」

「オレたちの技術力を奴らに見せつけてやろうぜ!!」


全員が一致団結しロボットを戦場へと運ぶ。


敵の攻撃を受けて死んでしまうかもしれない。

それでもこの戦局をひっくり返すだけの可能性をロボットに感じていた。

スタッフが死んだとしてもロボットにより戦争が終わればもっと多くの命が救われる。


誰もが今より良い明日を信じてロボットを押していく。


「待ってくれ!!」


そんな中、パイロットが急に声をあげた。


「やっぱり、ロボットは外に出さなくていい……」


パイロットの言葉にスタッフたちは笑って答えた。


「お前、オレ達が運んでいる途中で攻撃される心配をしているんだろう」

「気にするな。この基地に配属したときから覚悟は決まっている」

「それに、俺たちが死んでもロボットが起動すればコロニー人たちの命を救える。そうだろ!」


「俺たちの命を心配なんかしなくていい!

 お前はパイロットなんだ。ロボットを操縦して勝利することだけ考えてくれ!」


自分の命すらもかえりみない姿勢にパイロットは心を打たれた。






そして、ますます自分のポケットにロボットの鍵が入っていたことを言い出せなくなった。

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