本 物

 無言のまま、わたしが男の眼球の重さと体積を算していると、そんな所作というものを無気味におもったのだろう、そくさくとかれは席を立つ。

 いつものことだ。

 わたしは痛いに遭った仔猫のように軀をくゆらせ、弱りたたの逃亡犯のように、一杯の空元気でふふん、うふふんと吐息を洩らす。

 いつものことだ。

 わたしをしっかり利きできない男なんて、こちらから録に記して、次をつけてからポイしてやろう。 

 カウンターから立ち去ろうとしたとき、べつの男がわたしに礼を流してきた。流しってか?

 も一度、座り直し、男の的にのってやることにした。

 いつものことだった。

 ここではわたしでもそれだけ注されているのだから。

 マスターの話では、わたしをモノにするのを標に、男どもはチームを組んでいたこともあったらしい。ま、面躍如ってことかしら。

 でも。

 ときにはおもうの。お題はもうたくさん、だと。

 どうしようか逡巡している間に、別の男が音も立てずに隣にかけてきた。

「はじめまして。よかったらおごるけど?」

 くすんと頷きながら、男の双眸ひとみを視る。

 おお、すばらしい。

 その瞳の形の美しさといったら。大きすぎず小さすぎず。丸すぎず、細すぎず、まさに瞠に値する・・・・。

 創作カクテルをころんと舌で味わいながら、わたしは、いつもの話をする。

 さあ。言ってみて。

 そうよ。あの四文字・・・・。


 すると、男はわたしの耳朶に唇を近づけて・・・・。

「瞳孔括約筋」

「ひゃあ」

「瞳孔散大筋」

「う、うふん」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

 おお、八割方はクリア。つ、ついに、わたしの眼にかなう男が・・・・。 

 そ、う、し、て。

「小、虹、彩、輪」

 男がつぶやく。

 おお、なんたる美福ときめきの一秒、二秒、三秒・・・・。

 形容できないエクスタシーに身悶えながら、男の胸に片軀をあずける。


 すると。

 その男・・・・わたしの夫は囁く。

「これでいいのか?せっかくの結婚記念日なのに、もっと他に・・・・」

「言、わ、な、い、で」

 わたしは余韻を樂しみながら、男の顔の一部の宇宙のきらめきを眺めながらつぶやいた。


「あら、あなた、大変、小虹彩輪がずれてるわ・・・・明日にでも、セントラル・ロボセンターで頭部ごと交換してもらわなきゃ」


 

             【完】

        

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四文字の女。 嵯峨嶋 掌 @yume2aliens

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