借 物

 ところが。

 わたしが切望するその四文字を口にしてくれる男はいない。

 小。虹。彩。輪。

 そんなに難易度の高い四文字じゃないじゃん。

「ん?四文字?」

「そ、言ってみて」

「えっ?」

「だ、か、ら、たった今、話してあげたでしょ!」

「ん?ええと、あっ、瞳孔、だね・・・・ど、う、こ、う」

 男は一人で悦になっている。うーん、どうかな?

 確かに。

 わたしは、男の瞳孔に弱いかも。容貌かお全体のつくりなんか、メじゃない。いや、目は大好き。大大大好き。いや、いや、でも、でも、大きすぎてはダメ。小さすぎず、大きすぎず、丸すぎず、細すぎず、そんな目をみるとゾクゾクっとくる。

 そして、瞳孔。

 まるで惑星がそこにるかのような、宇宙意思の法則で游泳する惑星がたまたま眼球としてあるべきもともとのところに納まり、かつ、微震動を繰り返し、あたかも土星ののごとく、月のクレーターの陰影が浮かびあがるごとく、はたまた一個の人間の知性であるとか理性であるとか、その対極に位置する慾望の渦をも取り込み輝くいろどりの輪。小さな虹のように彩りを放つ輪。小虹彩輪。この四文字をネーミングした学者に最大限の敬意と謝意を伝えずにはいられない・・・・。


「ねえ、どうした?急に黙ってしまって・・・・瞳孔、じゃないのかい?」

 男はわたしの内なる煩悶はんもんをかえりみようとはしないで、

〈どうこう〉

だけで済まそうとする。

 これがほとんどといっていい男どもの動向なのだ。

「半分正解、としか言えないわね」

 そうわたしは応じてあげる。

 でもね、半分では物足りないよ。

 この男は、せっかくその顔の一部に宇宙の神秘を内含していながら、まるでその価値に気づこうともしない。

 情けない。・・・・この男は、着眼大局の四文字を学んではこなかったのだろうか。

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