四文字の女。

嵯峨嶋 掌

獲 物

 小虹彩輪しょうこうさいりんというたおやかな響きを持つ言葉を口にするとき、軀の芯奥しんおうが痺れそうな予感がまず最初にわたしを襲う。それから、かるい眩暈をおぼえる。その次には、しゃっくりが出そうになる、それをおしとどめようとした瞬間、至福のひととき、それは言語感覚というものをはるかに超えた、おそらくは創造主の領域に足を踏み入れてしまいそうな感覚が、わたしを支配する。


 ああ、なんという美福ときめきのニ秒間。


 小虹彩輪は虹彩巻縮輪の内側のことで、外側は大虹彩輪といい、虹彩の中央が瞳孔である。虹彩には二つの平滑筋、すなわち瞳孔括約筋と瞳孔散大筋があり、眼球に入る光の量がこれらの筋の収縮を支配することで瞳孔の大きさが変わる。

「カメラの原理でいえばね、ほら、絞りにあたるのが虹彩なの」

 一応、わたしはそう言ってみる。

 隣の男は興味深そうに、

「へぇ、詳しいな、君、病院関係?」

と、聴いてくる。

 いつものことだ。

 胸の谷間をちらつかせ、バーのカウンターで一人でカクテルをたしなんでいると、これみよがしにそっとわたしの横に座ってくるのだ、ったく男というものは。

 二言三言、あたりさわりなく交したあとで、おもむろに〈小虹彩輪〉の話をふってみる。

 ああ、この四文字。小虹彩輪。

 口にするだけで、もうわたしの視界がぼやけてくる。

 ひゃあ、すてきな四文字。

 さあ、言って、言って、その四文字を!

 早く、口に出して、ほ、し、い、の・・・・

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