58話 応報

「はぁ……」


 ロディは思わずため息を漏らした。村の中心人物と思われる神父と諍いを起こし、護衛対象である獣人の商人から離れるなど自分は何をしているのだろう。


「ごめんなさい。わたしのせいで……」


「あっ、いや、違うんだ。君のせいなんかじゃないさ。……俺の思慮不足だ」


 小さく縮こまりながら謝罪するミアに、思わず否定の言葉を返す。

 教会での一件に彼女に非はない。石を投げられることになったのも、躊躇する彼女を無理やり連れ戻したロディの責任だ。――彼女を必要以上に傷つけ、村の人とも軋轢を生ませてしまった。


 せめて、自分はミアと共にどこかで待機して、一度レアードに様子を見に行ってもらえばよかったのだ。そうしていれば、レアードとナディアまで教会から離れることにはならなかったろうに。


 レアード単独であれば、神父も内心はともかくとして受け入れざるをえなかったはずだ。

 ナディアはあの場面で、ロディに近寄ったことで自らの立場を明確にしてしまった。

 ロディとミアに関しては語るに及ばず。


 結果として、ロディ達四人は教会を離れて村内の空き地に出戻りしていた。先ほどミアの処遇について神父と揉めていた場所である。


「ほらロディくん、屈んで」


「ん……ああ、ありがとう。ナディア」


 ナディアの言で素直に屈むと、差し出された真っ白な布、【汚せぬ織布】を手に彼女がロディの額の血を拭う。赤く染まった布がみるみるうちに白くなっていくのを見届けてから、ナディアは魔法の布をポーチにしまった。


「でも、それなら俺も持ってるんだし、何か言ってくれれば自分のヤツで拭いたぞ」


「いいんだよ別に。ボクがやりたかったんだからさ。それより、とかとかじゃなくて、友情の証でしょ、友情の証」


「あーはいはい、悪かったよ……」


 ロディは再度ため息をつく。自分から言い出したとはいえ、その名称はどうしても恥ずかしい。

 このところ、様々な意味で自分の行動を恥じてばかりだ。


「仲がよろしいのですね、お二人は。ここ数日程度の付き合いと聞いていましたが」


「ふふん、ボクたちの間柄に、流れた時間など関係ないのだよ!」


 はっきりと言い切るナディアに、嬉しいようなやはり気恥ずかしいような気持ちが溢れる。彼女のこういった言葉にいちいち喜んでしまうあたり、やはりロディも相当絆されてしまっているのだろう。


(なんて、考えてる場合でもないな……)


 日が沈んできている。今日中に戻ることは諦めて、どこか仮宿でも見つけるべきだろう。ミアやナディアという女性陣を地べたで寝させるのは気が引ける上、隠れ潜んだ魔物の残党がいるかもしれないので、ここで夜を明かすことは気が引ける。

 だが、人のいない家など周囲にいくらでもあるとはいえ、勝手に上がり込んで寝泊りするわけにもいかないだろう。


 どうしたものかと思い悩むロディに、コツコツと歩く二人分の足音が聞こえた。

 四人の間を緊張感が走る。様子からして魔物ではなさそうだが、今の状況ならば人の方がよろしくないのだ。


 細い路地を通って現れたのは、紅髪の冒険者フィオナと三十代ほどの平人女性だった。

 ひとまず敵意がなさそうなことを確認し、ロディは緊張を解いた。


「フィオナさん、なぜここに?」


「この方に頼まれたの。あなた達に会いたいって」


 そう言ってフィオナは背後に立つ女性へと目を向ける。彼女はその視線を受け止め、ゆっくりと前へ進み出た。


「はい。私がお願いしました……」


 村民の女性は何か言葉を続けようとしているようだが、口ごもってしまう。

 彼女の視線はミアへと向けられており、そこからは恐怖や嫌悪が見て取れた。

 ミアがこの場にいることも分かっていたろうに。なぜ彼女は危険かもしれない教会の外に出てこの場にいるのだろう。


「まぁ、落ち着いて。一度深呼吸でもしましょう」


 ロディの言葉を聞き、女性は一度深呼吸する。そして、意を決したように口を開いた。


「すみません、落ち着きました。……私がここに来たのは、これを渡すためです」


 そういって村民の女性は鍵束をロディへと差し出してきた。ロディがそれを受け取ると女性は言葉を続ける。


「私が経営している宿の鍵と個室の鍵です。今晩は皆さんそこに泊まってください。お代は不要ですので……」


「それはありがたい。いえ、大変ありがたいのですが、なぜですか」


 先の一件からして、ミア――アンデッドが村人によく思われていないのは確かだ。そんなミアたちに部屋を貸して良いものなのか。様子からして、彼女自身もミアへ不信感があるように思える。

 そんな相手に、鍵を渡すのは様々な面で大変リスクのある行為ではないだろうか。


「あなた方は、この村を救ってくださった恩人です。帰る家や食料が奪われずにすんだ。それに……」


 女性はミアを見つめて、


「私には、子供がいます。あなたと同じくらいの。だから、この村を追い出すのが、どうしても忍びなかったのです」


「そう、ですか。ありがとう、ございます。わたしなどのために……」


 ミアは顔を伏せたまま、女性へと謝意を述べた。ミアに続いてロディ達が礼を言う。

 ――そんな時、上空を飛ぶ天馬の羽音が響き、ロディとフィオナの視線が交差した。


(あまり時間をかけるべきじゃないな)


 ロディが女性から宿の場所や特徴を早めに聞き出し、フィオナへ頷く。


「じゃあ、私はこの人を教会に送り届けるわ」


「ああ。フィオナさん、頼んだ」


 フィオナは頷き返し、また後でと言って去った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ロディ達四人は村民の女性が経営しているらしい宿を訪れ、それぞれの部屋割りを決めて部屋の前で別れた。

 部屋のカーテンを閉めると、一人用のシングルベッドにロディは腰かけ、大きく息を吐く。


(生きてる。……死なずに、すんだ)


 トット村襲撃の首魁、ヘルオーク・ヒーローとの戦い。明確な格上の相手との死闘。

 いつ命を落としてもおかしくなかった。ロディのみならず、ナディア達もだ。


(そんなの、戦場では当たり前だったはずなのにな……)


 相手の方が生物としてのレベルが上だったからか、近衛になって戦場を長く離れたからか、あるいは一度死んで死の恐怖を体験したからか。

 なんにしても、ロディは心身ともに酷く疲弊していた。


 ベッドに倒れこみ、脱いだあとの鎧をちらと見る。


(アルセイム王国、近衛騎士の鎧。……俺の、責務の証)


 アイリーン姫――アイリを救わねばならない。そのためには、強くなって。帰還する方法を探して、あの猫耳の獣人を倒し、王都に巣くう魔物を一掃して――


(ダメだな。一人になると、どうしても気が急いでしまう)


 寝てしまおう。そう考えて、目を閉じた瞬間。


「やぁやぁロディくん! 枕投げをしよう!」


 そう言ってナディアが部屋の扉を開けて飛び込んでくる。

 枕を片手で振り上げ、ニヤニヤと笑っていたナディアは、部屋が真っ暗でロディがベッドに寝そべっていることに気づくと、


「ありゃ……寝るとこだったの? ごめんよ、邪魔するつもりじゃ……」


 そう言って弱気に縮こまる。そんな彼女の態度に、ロディは思わずふっと笑い、飛び起きて枕を投げる。


「ぎゃ!」


「隙だらけだぜ、ナディア! 自分から仕掛けて来といてみっともないな!」


 ナディアの手に枕が命中し、彼女は持っていた枕を落とした。ナディアはしばらく面食らった顔をしていたが、ハッとして叫ぶ。


「なぁ! 卑怯者――! 騎士として不意打ちはどうなのかね!」


「今の俺は騎士じゃないからなぁ!」


「さっきの戦いで騎士がどうのと言ってたじゃないか! 騎士と冒険者を反復横跳びするのはどう、なん、だい!」


 枕と共に投げられたナディアの言葉に一瞬ドキリとするが、飛んできた枕をキャッチするとお構いなしに投げ返す。


「うるさいやい! 何にせよ今は騎士じゃないんだ! 卑怯とか知ったことかぁ!」


 やいのやいのと言い合いながら部屋内で枕を投げあっていたロディとナディア。それを止めたのは、レアードの咳払いだった。


「あのですね……いくら周囲に人がいないとはいえ、せっかく宿の主人が厚意で部屋を貸してくださったのですよ。騒ぎながら宿の備品を投げたりして……部屋の中の物が壊れたらどうするんですか」


「「はい……すみません」」


 ぐうの音も出ない正論にロディとナディアは二人して謝る。ロディは落ちていた枕を拾うと、部屋の入口に立っているレアード、その後ろに立つフィオナへ目を向ける。


「後で――とは言っていたが、本当に来るとはな。どうしたんだ、フィオナさん」

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