57話 疑わしきは
「……どういうおつもりですか?」
冷たく発せられた言葉に、剣を握るロディの手に思わず力が籠る。こちらを見据える神父の顔は能面のような無表情であったが、その目だけは爆発寸前の強い激情を示していた。
少し視線を横に向ければ、冷や汗を流してこちらの様子を窺うレアードの姿がある。目の前の神父が信仰するローレアン教は、この大陸で最も力ある宗教だとアランが語っていたが、それに目を着けられることの意味は背後のミアと焦るレアードを見れば一目瞭然だ。
故に、今はこの眼が邪魔だった。
抜き身だった剣を納め、自身にも敵対する意思がないことを示す。神父の瞳が湛える敵意に呼応して活性化しようとする魔眼を抑え込み、どうにか言葉を発した。
「彼女に戦意は有りません。この村に危害を加えることは無い筈です。見逃しても良いのでは?」
「逃れられぬことを悟った故に、抵抗を止めただけのことでしょう。何よりその者の罪は、人であることを放棄し、不浄にその身を
急ごしらえの弁護は即座に切り替えされる。論点がずれているとは分かってはいたが、弁を振るうにはこの世界のことやミアのことをロディあまりに知らなすぎるのだ。
「…………」
先に彼女が発した言葉から、骨だけの姿になったのにはやむを得ない事情があったのだと予想していたが、ミアからの反論はない。
なれば、やはりロディがこの状況を覆さねばならない訳だが、残念ながら妙案は浮かばない。
「神の愛を強く受けたあなたを裁くことはしたくない。どうか退いては頂けませんか」
「退くわけには、まいりません。彼女はこの村を救うために邁進した。その彼女を見捨てることは、私の義が許さない」
おそらく、戦いになればロディが勝つ。だが、勝てばそれで終わる話ではないのだ。この世界で強い力を持つローレアン教。その神父と諍いを起こすことは、間違いなく今後に悪影響を及ぼすだろう。
「――《
進退窮まったロディを手助けしたのは、レアードだった。彼は虚空より現れた紙を掴み取り、数秒目を通すと、ゆっくりと語りだす。
「通常、自身の意志でアンデットと化した者には生存権が認められず、もし魂が身体を離れても蘇生することは敵いません。ですが、蘇生の可否を決定するのは教会ではなく、あくまで神、というのが一般的な常識です。それはつまり、神がその罪を許せば生存権が認められる、ということでもあります」
常識、ということを態々語るのはロディにも別世界の住人であるロディにも話を理解しやすくするためだろう。彼は説明口調のまま話を続ける。
「例として、吸血種の眷属化などが挙げられます。彼らの中には魔眼、ひいては【魅了】の力を持つものが一定数確認されており、魅了された被害者が意志を操られて変異することを受け入れるケースが確認されているのです。そういった変異は通常の場合、死と蘇生によって解除されますが、変異から時間が経過しすぎると蘇生後も変異した状態で肉体が固定されてしまいます」
「……ええ。そういったケースがあることは把握しています。ですが、その者はリッチー。眷属化と同等に語るのは無理がある」
「ほかに例を見ないことについては私も同意します。ですが、彼女の罪が許されていることは揺るがぬ事実なのです」
そう言って、レアードは先ほどの紙を対面の神父に向けて掲げる。
「上位の鑑定魔法には、対象の経歴を書き記す力がある。ここに、彼女の半生があります」
レアードはローレアン教の神父に歩み寄り、鑑定魔法で生み出した紙を手渡した。神父は鑑定書に目を通し、読み終えると眉をひそめる。
「……確かに、ここにはアンデッドになった以後に命を落とし、復活した履歴が書かれていますね」
「つまり、彼女の生存権は神により認められている。ならば、断罪されるべき罪など存在しない」
神父はしばし思案した後、ゆっくりと口を開いた。
「その者に生存権があることは分かりました。この場で断罪することも、教義に反する。――この大事に、教会を開けてしまいました。私は一度戻ります」
神父が身を翻し、教会への途に就いたことを確認すると、ロディはミアの方に近寄った。
「大丈夫か? ほら、これ」
ロディは二つに割れた仮面を拾い上げ、ミアへと差し出す。ミアはおずおずとそれを受け取ると、白い顔を伏せた。
「ごめんなさい。見苦しいものをお見せしました」
「いや、そんなことは……」
「ありがとうございます。でも、わたしの顔が醜いことも、この身に罪があることも、事実です。私はリッチ、不浄なる者。あなたに――あなたたちに、助けられる価値なんて……」
「助けたかったから助けたんだ。価値があったかどうかは俺が決めるよ。……まぁ、俺はあまり役に立たなかったけどな」
現に、ロディができたことはあまりない。神父を説き伏せたのはレアードだ。
そう思い、彼へと視線を向けるがレアードはかぶりを振った。
「いえ……彼女を助けたのは、あなたです。私は、ミアさんが攻撃されようとしている間も、動けなかった」
「それを言えば、俺も神父さんに何も言い返せなかったんだ。あの時は思わず体が動いただけさ、助かったよ。――さあ、ミアさん。戻ろう」
座り込む彼女に手を差し伸べて、起立を手助けする。
「わたしは……わたしが、戻ってよいのでしょうか」
「良いも悪いもないさ。まだ魔物がいるかもしれない。今の君を一人にしたくはないよ」
教会に近づけば、魔物の力を弱める【魔封の鐘】の効果を受けるだろうが、今の精神状態の彼女を放り出すよりはよほどいいだろう。そう思って、彼女のあまりにも華奢な手を引き、歩き出した。
――だが、教会が見えてすぐ、ロディはミアを連れて戻ったことを後悔することになる。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「……神父様。なぜ、教会の外に村人を出したのですか」
教会の扉の前に立つ村人たち。彼らは、皆一様に無表情だった。
その後ろに立つナディアとフィオナは、困惑と不安の表情を見せている。
「私が連れ出したわけではありません。これは、皆の総意なのですよ」
袖を振り、手を広げて神父は語る。
「ええ、ええ。確かにその者の生存権については理解しました。ですが、操られたわけではなく、自らの意思で、アンデッドに身を
横に立つミアへと目を向けるが、彼女は下を向いたまま話さない。ミアが
「教義に基づけば、彼女を断罪することはできない。ですが、彼女を受け入れることもまた、できません」
「そうだー!」
「出てけ化け物!」
村人の中の数人が、ミアへと石を投げる。
「…………」
ロディは無言のまま、ミアの前へと進み出た。身を挺して投石を防ぐ。
「なっ――」
「ロディさん……!」
石を投げた村人と背後のミアが同時に声を上げる。
受けた石の一つが額に当たり、鈍い痛みが走り、血が垂れる。
「あ……」
ロディの傷を見て、村人が目を背ける。この村を守ったロディを傷つけてしまったことに、負い目を感じたのだろう。だが、
「それは、彼女も同じなはずだろう……?」
ローレアン教の教義について、ロディは何も知らない。それでも、ミアが守ったはずの村人に虐げられることがどうしても我慢ならなかった。
「彼女は、この村を守るために戦ったんだ! 一人でも、戦い続けていた! それを……なぜ……」
ロディは足元に視線を落とす。悔しい。そう、悔しかったのだ。もしかすると【大進行】の後、アルセイムの民衆に見限られた自分を彼女に重ねてしまったのかもしれない。
「これ以上、彼女を傷つけるなら……俺は――」
「ダメだよ、ロディくん」
「それ以上は言うべきではない」
いつの間にか横に来ていたナディアとレアードに、言葉をさえぎられる。
それと同時、村の子供たちと目が合った。親に、石を握らされた子供たちと。中には教会で言葉を交わした子供の姿もあった。
「このままだと、あの子たちも石を投げなきゃいけなくなる。そうさせても、いいの?」
ナディアの言葉が、ロディを揺さぶる。子供たちの目は、困惑と恐怖を湛えていた。
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