55話 辱め
ヘルオーク・ヒーローとの戦闘の直後現れた、空飛ぶ白馬の騎士たちに事態の収拾を任せ、ロディ達は教会の中で休養を取らせてもらうことになった。
教会に入る前に受けた回復魔法での治療によって傷も完治し、結果的に勇士との戦闘でロディが負った損害は無くなった。肉体に関してはだが。
勇士との戦闘中、落下するナディアを安全に抱き留めるために、手甲をその場で脱ぎ落していたのだが、いつの間にかロディの手甲は勇士の巨大な足に踏み砕かれ、平らな鉄屑にされていたのだ。
以前何度かアランの仲間であり、教会の司教でもあるウルリカに物品の破損を修復する修繕魔法というものをかけてもらっていたのだが、レアード曰くあれは難度の高い魔法であり、使い手は非常に重宝されるのだそうだ。
同じローレアン教の聖職者だからといって、この教会の神父もウルリカと同様に修繕魔法が使えるというわけでもないらしい。
閑話休題。その後教会の中に足を踏み入れたロディ一行は、村人たちから歓迎を受けた。口々に感謝の言葉を貰い、最初のうちは気分の良い時間を過ごしていたのだが――現在のロディはと言えば、辱めを受けている最中である。
「あー、その……」
「ねえー、言ってよぉ」
「はーやーくー」
子供たちに囲まれ、恥ずかしい台詞を強要される。これを辱めと言わずして何と言うのだろう。
――元はと言えば、強敵に認められ喜んだり、久々の馬上戦闘に心躍らせたりして、気持ちが昂ぶらせた結果あんな台詞を口走ったロディ自身に問題があるのだが。
「わ、我こそは壊刃の騎士、ロディ・ストラウド……我が剣に、砕けぬ物は無いと知れ……!」
「おぉ~」
「カッケー」
(消えたい)
以前起きたミーコとの一件で懲りた筈ではなかったのか。教会の中から様子を
敵に自身の存在を意識させるためとはいえ、あそこまで大声で叫ぶ必要はなかったのでは無いか、などと自問を繰り返す。
「ねーねーおにいさん、むみょうざん? って、どんなひっさつ技なのー?」
幼子の無垢な心から生み出される、ロディへの痛烈な追撃。逃げ出したい気持ちを抑え、可能な限り明るく答える。
「剣を見えなくしたり、武器を振るときのヒュッ、って音を聞こえなくしてたりで、どんな攻撃がくるか分からなくする技だよ」
「すごそー」
「見たーい」
見たい、と言われてもなかなか難しい。【無明斬】は向かい合った相手の知覚に作用する技であり、同時に複数の相手の視界から刃を隠すことは出来ないのだ。
「えーっと……必殺技は簡単に他人に見せてはいけないんだよ」
「えー」
「つまんなーい」
子供たちの興味が薄れたところで、別の話題を差し出す。
「それなら……ほら、あそこの髪の紅い女の人が、何か見せてくれるから」
「えっ」
先ほどからチラチラとこちらを窺っていたフィオナへと子供たちを差し向けた。先方から何か声が聞こえた気がしたが、ロディは聞こえぬふりをする。
「さっきおにいさんを蹴ってたひとー?」
「あー、うん。そうそう」
何か酷い覚えられ方をしているようだ。ロディとしては蹴り飛ばされることで救われたわけなのだが。
とはいえ、事実なので肯定する。
「あのお姉さんもすごいんだよ! 何体でかい奴らがきても僕のことをまもってくれたし、めっちゃ速く動くんだ!」
子供たちの中の一人、村に来てすぐに出会った、フィオナに手を引かれていた少年が声を上げる。
ここでフィオナに話題を向けたのは、彼が反応を示すという打算込みでもあった。
「たしかに速かった」
「ねー」
子供たちがぞろぞろとフィオナの方に移動し始めたことを確認し、ロディは彼女にサムズアップする。
もの言いたげな視線を受け流し、ロディはその場を離れてナディアとレアードと合流した。
「ロディくんおつかれー」
「本当に疲れたんだぞ。助けてくれても良かったじゃないか……」
「えー? そんなこと言って、内心結構楽しんでただろう?」
「そんなことは……ない、はず」
自信が無いのは、ロディ自身の顔は鏡でもなければ上手く見えないため、その内心を正確には推し量れないからだ。
無意識のうちに、というのは実際にあるわけで、自覚はしていないが楽しんでいた、と言われてしまえば判断できない。
「はは。まあ、なんにしても子供に好かれやすいのは良いことなのではないですか?」
「……レアードさん。なんでボクの方を一瞬見たのかな。こう見えてもキミやロディくんより年上だと思うよ。分かるよね、ねえ!」
「ええ当然です、他意はありませんとも。年上の貴女には敬意を払っていますよ」
ロディとしてはナディアが年上と言われてもイマイチ釈然としない。
身長が低いのは種族的なもの故仕方ないとはいえ、顔立ちや身体の特徴、そして立ち振る舞いを見ている限り、十五、六歳といったところではないだろうか。
しかし、別段噓を言っている様子でもない。以前酒の席で聞いた話では、ハーフリングの方がロディたち平人より成人年齢が上らしいので、もしかすると種族的に成長が遅いのかもしれない。
「まあいいさ。その辺は後々話し合うとしよう。……にしても、騎士の人たちに戦いも火消しも任せちゃったけど、手伝わなくて良かったのかなぁ?」
話題を切り、ナディアは疑問を口にする。どうやら他の人が働いているのに、自分は休んでいる現状が落ち着かないらしい。
そこに関しては、ロディも同感ではあるが。
「我々に任せろ、って言ってただろ? アレは多分、自分たちの仕事だから手を出すなって意味だ。わざわざ出向いたんだから面子を潰されたら困るんじゃないかな」
これはロディが傭兵だった時の経験則だが、自軍の優位で戦闘が終わる間際に騎士が正規兵を引き連れて現れ、邪魔立てはするなと釘を刺される、などということがしばしばあった。
手柄が奪われたと憤るバージルの姿を見たのは一度や二度のことではない。
「えー、それは何か複雑だなぁ。ボクらだけでも残りの敵を倒せただろうし……」
「村内にどれだけ残党が残っているかは不明ですし、我々では彼女ら以上の速度で敵を殲滅することは叶いませんよ」
単純な移動速度でも、常に高所から索敵が可能という点でも、悔しいが戦闘力でも劣っている。
そんなロディ達でも出来ることは、不測の事態に備えて人の多い場所で待機することである、と言われてしまえば
「んん……でも、煙たがられてでも消火くらいは手伝った方が良かったんじゃない?」
「ファーゼル王国天馬騎士団は剣も魔法も一流のエリート集団です。つまり魔法で消火も可能なので……邪魔にしかなりませんね」
「ぬぬ、そっかぁ。……ボクもあの子みたいに魔法が使えたらなぁ」
ナディアが言うあの子とはミアのことだろう。彼女はヘルオーク・ヒーローとの決着時に姿を消してから一向に姿を見せていない。
姿が見えないといえば、この教会の神父もそうだ。
(たまたま外に出ているだけ、か?)
先の一瞬、神父が見せた明確な害意のせいで、二人の不在がどうしても引っ掛かる。
「レアードさん、一緒にミア――仮面のあの子を探しに行かないか」
「……はい、行きましょう。僕も気にかかっていましたので」
この不安が杞憂に終わるならそれでいい。
だが、もし現実のものとなれば、寝覚めが悪い事態になることは確かだろう。
「ボクは留守番かい?」
「ええ、何も起こらないとは思いますが、この非常時に護衛対象を一人にするわけにはいきませんので」
「頼んだぞ、ナディア」
「ん、任せたまえ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます