54話 神のみぞ知る

 ペタペタと触りながらヘルオーク・ヒーローが息絶えたことを確認し、ナディアはロディの居る方へ駆け戻ってきた。

 勇士の背に上る際、踏み台にされたことに対して文句でも言ってやろうかと口を開きかけるが、嬉しそうな様子のナディアを見ているとそんな思考も馬鹿らしくなる。


「やったな」


 手を挙げながら腰を落とした体勢でナディアを出迎えれば、彼女はニッと笑い、


「だね」


 パンと小さな音を立て、手と手を打ち合わせた。

 ロディの隣に立つフィオナは、強敵との戦いが終わって緊張の糸が切れたのか、そんな二人を呆けた様子で眺めていた。


「ふむ? もしかして、フィオナさんもしたいのかい?」


「……え? 私は――」


 別に、とでも続けようとしたのだろう。何となしに眺めていただけで、フィオナにそのような意思はあるまい。

 しかし、ナディアは続く言葉を遮るようにして近づき、手を上げる。


「ほらほら、ハイターッチ」


「ハ、ハイターッチ……」


 詰め寄るナディアに押し切られるようにしてフィオナも膝を折り、照れ混じりながらもナディアと手を合わせた。

 そこにレアードが合流し、ロディへ声をかけてくる。


「やりましたね。お疲れ様です」


「お疲れさま。……といっても、村内にはまだ怪物が残ってるんだろうけど」


 少なくとも、ミアが守っていた西門側の敵はまだ残っているはずだ。直に教会へ到着することだろう。


「流石に奴らが襲撃者の最高戦力でしょう。最悪の状況は覆せたはずです。――これは、あなた無しでは成し得なかったことですよ」


「それを言えばお互い様さ。レアードさんが居なきゃ勝てなかった。月並みだけど、皆の勝利ってヤツだと思う」


 彼はどうも己の力不足を恥じているようだった。だからだろうか、ロディの発言を受けてレアードは目を丸くする。


 【魔封の鐘】の効力を知らないロディでは、レッドキャップがそれを緩和する魔法を使っていることなど気付くことができなかった。

 ナディアがレッドキャップに一撃を浴びせられたのも彼の援護があってこその結果であり、ロディが金棒を砕く一助にもなった。


 それらの事実をレアードはゆっくりと咀嚼していき、果てに小さく微笑む。


「ええ、そのようです。この勝利は、僕達全員で勝ち取ったものだ」


「そうだよその通りだとも! 『皆の勝利』かぁ。何とも燃えるじゃないか、うん!」


 目を輝かせながら、ナディアは二本の手でそれぞれロディとレアードの手を握り、上下にブンブンと振り回す。

 男二人はその手を払いのけるほど非常にはなれず、さりとて全力の熱意についていくほど恥は捨てられず。結局なすがままに腕を振られながら、顔を見合わせて苦笑した。


「仲よきことは美しいものですね」


 声と共に、白い祭服の神父が歩み寄って来る。見ればその頬は僅かに緩んでいた。


「これはお恥ずかしいところを」


「おいおいロディくん、互いの健闘を称え合う先ほどの瞬間が恥ずかしいとは、どういう心算かね、キミ」


 ナディアに小声で抗議され、ロディは腿のあたりを小突かれた。

 そんな二人の姿に神父は更に顔を綻ばせ、手を口に当ててすぐに真面目な表情を取り繕う。


「いえいえ、とんでもない。皆様の勇姿、しかと見届けさせていただきました。感服いたしましたよ」


「感服って、そんな大げさな」


 神父はロディの発言に頭を振って応える。


「謙遜することはありません。死を前に膝を折ることも、誰かの叫びを看過することも許されるこの世界で、抗い、救うことがどれだけ尊き行いか。――神も、諦念がまかり通る世界を目指した訳ではないでしょうに」


 ――神の意志、そんなものを考えたことは無かった。少なくとも、元居た世界に居たころは。

 神父が漏らした小さな呟きがロディの思考を埋め尽くす。


 誰もが天寿を全うできる世界。そう聞けばある種の理想郷にも聞こえるが、死ねば終わりの環境を生きてきたロディの瞳には、この世界の在り方は酷く歪に映るのだ。

 この世に神がいるのなら、何を思い世界を創生したのか。もし生命を慈しみ、その死を憂いた結果ならば――元居た世界に悲劇が溢れていたのは、神が生命に愛を与えなかったが故なのか。


「……ロディくん?」


 ナディアの声にハッとなり顔を上げれば、教会の神父が不思議そうに見つめている。少し考えこみ過ぎていたらしい。

 何か言葉を紡がなければと考えたところで、ミア救出の前にフィオナへ語ったことを思い出す。


「ん……すみません。そういうことなら、称賛を受けるべきは我々の雇い主の方ですよ。この村を助ける判断をしたのも彼ですし、先の戦いで一番体を張ったのも彼だ」


 勝手に話を進めてしまったが、このことに異を唱える者はこの場には居ないだろう。いくら戦える力があるとはいえ、傭兵や冒険者として戦いを前提とした道を進むことを決めた自分たちと商人である彼の立場はまるで異なる。

 ――というか、そんな彼に何度も囮をさせてしまった自分たちは間違いなく護衛失格なのだが。


「はい、彼には本当に頭の下がる思いです。日ごろから良くしてもらっているというのに、また借りを作ってしまった」


「そういえば、最後に見た時は随分と憔悴した様子でしたが、今はどうしているのでしょうか」


 レアードの問いに、神父は重く目を伏せる。

 ロディの記憶では雨露馬の背に乗せられて、教会の方へ向かっていたはずだが。


「彼は……先ほど、亡くなりました」


「ええっ!?」


 突然の凶報で驚くナディアを見て、神父は直前までの神妙な顔つきを止め、悪戯っぽく笑いかける。


「冗談です。命に別状はありませんよ。今は村の者が看病をしている筈です」


「あー、ビックリしたぁ……。って、脅かさないで下さいよ!」


 聖職者が人の死を冗談に使うなどロディの常識では考えられないことだが、この世界では案外こんなものなのかもしれない。この神父も案外茶目っ気のある人の様だ。

 文句を言うナディアを笑顔で躱しながら、神父は告げる。


「失礼失礼、つい魔が差しまして。ところで――仮面の彼女は、どこに?」


(――――っ!?)


 神父がいつの間にかフェードアウトしていたミアについて口にした瞬間、ロディは思わず武器に手を伸ばしかけた。

 ほんの一瞬、神父の鈍色の瞳に垣間見えたのは、紛うことなき害意、敵意、そして殺意。理想郷には似つかわしくない、怨嗟や怨念に近いそれだ。

 そしてロディには、その理由には少しばかり心当たりがあった。


「あの子なら、さっき向こうの路地の向こう側へ。足取りがおぼつかない様子で心配でしたが、やはり怪我や病気なのですか?」


 フィオナは東の方向に指をさし、そう言った。どうやら神父がミアの体調を案じているのだと思ったらしい。ナディアの方も先の神父が見せた殺意に気づいた様子はない。

 気づいたのはロディと、表情を硬くして黙りこんだレアードだけのようだ。


「アレは――」


「待ってください。……敵です」


 神父が全てを言い終わる前に、ロディは遮るようにして脅威を伝えた。

 タイミングよく西方から姿を現したのはゴブリンやオーク。先ほど倒し損ねた魔物の群れだ。


 チラと背後を確認するが、ヘルオーク・ヒーローやレッドキャップの死体は音もなく綺麗さっぱり消えていた。アランの話だと必要とされなければ消えるとのことだが、もしここで残っていれば敵の士気も下げられただろうに。


 ロディが剣を抜くと同時、隣のナディアは先制射撃を加えようと構えるが、弓に矢を番える途中で手を止め、空を見上げた。


「……羽音?」


 地上を黒い影が覆う。何事かと見上げれば、天を駆ける白馬と鎧姿の女性が一騎。


「冒険者たちよ、よくぞ戦った」


 ロディたちの前方で高さ二メートルほどの低空まで高度を下げ、こちらに振り替えることもなく女性は――否、騎士は告げる。


「我らファーゼル王国が天馬騎士なり」


 追って多数の羽音が響いて天馬が十騎、次々と空より舞い降りる。


「これより先は、我らの出番だ」


 戦闘の騎士が剣を胸の前で構えるのに合わせ、馬上の騎士たちもまた一斉に武器を掲げた。

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