52話 飛んで跳ねて
再度囮に買って出た獣人の商人と雨露馬、この戦いにおける彼らの貢献は非常に大きい。
雨露馬の放つ水魔法はヘルオーク・ヒーローとレッドキャップ両名にとっての脅威になりえるようで、ロディ達の作戦会議中も敵は人馬に釘付けになっていたのだ。
荷車という枷を外した雨露馬のスピードと魔法、深手を負いながらも的確な商人の馬術と魔法の指示。彼らのコンビネーションに、力で勝るはずの魔物達は翻弄されていた。
だが、終わりは訪れる。
揺れる馬上、深い集中、極度の緊張。どれをとっても手負いの体には重すぎたのだ。驢馬の背にぐったりと体を預け、肩で息をする商人の顔からはとうに笑顔が消えていた。
「――――、こっちへ!」
口笛を吹き、手を振って彼らを呼び込む。
顔を上げることすら出来ない様子の商人に声が届いたかは怪しいが、雨露馬には意図が伝わったようだ。
雨露馬が向きを変えてロディの立つ場所へ駆け出したことを確認すると、ロディは隣に立つレアードと魔物を挟んだ向こう側に陣取ったナディア、ミア、フィオナの三人に合図を送る。
初めに動いたのはロディとフィオナだった。
二人はオークの勇士を挟むようにして同時に距離を詰め、それから数秒遅れてナディアがフィオナの後を追う。
逃げる雨露馬を追わんとしていたオークの勇士は一度足を止めて背後に視線を送り、二方のどちらに対処するか思考を巡らせる。
「ゴウ」
「ギャッ!」
低く短い発声と甲高い返答。それだけでも意思の疎通は取れているようで、勇士はロディを真っすぐに見据え、魔導士は背後を
(ここまでは読み通り。最低限の土台は整った)
勇士がロディに相対するということは即ち、フィオナとナディアより、ロディ一人を警戒しているということに他ならない。ここでのロディの役割はあの二人から気を逸らす陽動に過ぎず、その点は達成していると言える。
ごうと迫る金砕棒を避けながら、ロディは勇士の背後、ナディアとフィオナを視界に収め続けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
現状を打破するためには敵の力を削ぐか、こちらの戦力を増やすしかないとロディは語った。
そして、魔物の力を封じる『魔封の鐘』とやらの恩恵を受けるためには、巨頭のゴブリンを撃破、または魔法を使えない状況に追いやる必要がある。
故に第一目標はレッドキャップの撃破であり、ここでのナディアの役割はレッドキャップをこの手で直接倒すことだ。
前に目を向ければ、先を走るフィオナは無紋のヒーターシールドを掲げ、上方からの炎を受け止めると、その場で片膝をついて敵に背を向け、体を覆うようにして盾を据える。
突然の奇行にレッドキャップは思わず追撃の手を止め、何を企てているのか観察するが、答えは自ら走ってやってきた。
立ち止まり背後を向いたフィオナの正面には、当然後を追ってきたナディアがいる。
ナディアの手に握られるは弓に非ず、伸縮自在な魔法の棒、十一フィート棒だ。中ほどまで伸ばした魔法の棒を構え、屈んだフィオナの足元へと突き立てる。
ずれ動かないようにフィオナが棒をホールドすると、棒を掴みながら跳躍し、十一フィート棒を一気に最大まで伸長させた。
ぐいと体が押し上げられ、身長が三メートル近くあるヘルオーク・ヒーロー、その右肩に立つレッドキャップとハーフリングであるナディアの目線が、初めて並ぶ。
成功するかも分からない、不確定要素を多数孕んだ博打、棒高跳び。それがロディの考えた作戦だった。
「ギャギャアア!」
勇士へと迫る驚異を叫び、今まさに飛び立とうとしているナディアを撃ち落とさんとレッドキャップは手を翳すが、横合いから飛来した石が顔面に直撃し、顔全体が炎に包まれる。
その表情には驚愕こそあれど痛みは浮かんでいないが、翳された手から魔法が放たれることはなかった。
「いかに炎に耐性を有したとて、喉が焼ければ、呼吸が出来なければ、詠唱など出来ようはずもありません」
そう独り言ちたレアードの手にはスリングが握られていた。
「てやっ」
短い掛け声とともにナディアは手を放し、身体を丸めて飛び立つ。それとほぼ同時に、相方の声でオークの勇士が背後を振り返り、状況を悟った。
「ゴオオォォ!」
勇士は左腕だけで金棒を横に薙いでロディを退かせると、体を大きく捻りながら空いた右腕で拳を繰り出す。
空中で回避など出来るはずもなく、ナディアに正面から拳が打ち据えられる――はずだった。
「――《
ミアの魔法により、突如吹き荒れた強風がナディアの小さな身体を押し上げ、腕が僅か下部を通過する。
「よっと」
ナディアは丸めていた身体を開いてヘルオーク・ヒーローの伸びた腕に降り立ち、そこを足場に再度大きく飛び跳ねる。
体重の軽いハーフリング、伸縮する十一フィート棒、火の魔石での詠唱妨害、風の魔法での援護など、様々な要素が嚙み合って、ナディアは自身より数倍巨大なヘルオーク・ヒーローの上へと昇りつめた。
眩い光と共に、腰の鞘から引き抜かれたのは
ヘルオーク・ヒーローの激しい戦いの中でも振り落とされなかったレッドキャップは、あるいはナディアの攻撃を避けるだけの身体能力を有していたかもしれない。
けれど、陽光を浴びて輝く、魔すらも惹きつける白い煌めきに、目を奪われて。
「やああぁぁ!」
眩い軌跡を描き、天から墜ちてきた刃に魅入られたまま、胸を穿たれた。
「ギギィィ!?」
レッドキャップは苦悶の声を上げ、ナディアと共にヘルオーク・ヒーローの肩から落ちていく。
そうして初めて自分が死に瀕していることを理解し、自分に覆い被さるナディアを空中で蹴り飛ばした。
「うっ、わわっ!」
衝撃で思わず両手で握りしめていた短剣から手を放してしまい、ナディアとレッドキャップは分かたれる。
自身は落下中、下は地面だ。直後に訪れるであろう衝撃を想像してナディアは目を瞑るも、背に伝わるのは思いのほか軽い痛みだった。
ナディアが目を開けると、自身の身体は誰かの腕の中に包まれており、顔を上げてみれば、そこにあったのは金髪碧眼の見知った顔だ。
彼が走ってヘルオーク・ヒーローの傍から離れているため、背には揺れが伝わるが、そこにあるはずの金属の感触を感じない。どうやら手甲を脱ぎ捨てて受け止めてくれたらしい。
「ナイスキャッチ」
少しばかり気恥ずかしくなり、礼より先におどけてみせれば、ロディは一瞬目を丸くして、その後穏やかに笑い、いつもの意趣返しのつもりか、「かっこよかったよ」などと宣った。
「とーぜん」
そんなことで照れた顔など見せてやるものか。
彼がカッコいい騎士様なら、友達のナディアもまたカッコいいのは当然のことなのだ。
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