51話 作戦/博打
トット村の中心部、教会前広場にて、ロディと魔物の首魁二匹との戦闘は終わりを迎えようとしていた。
ヘルオーク・ヒーローの握る金砕棒を砕かんと繰り出した攻撃は易々と防がれ、ロディは一瞬で窮地に陥る。迫る鉄塊を避けるため、
その隙を逃すはずもなく、頭上まで振り抜いた金棒を天に掲げたまま、勇士は一息で間合いを詰める。
崩れた体勢での防御や回避は不可能と判断し、ロディは腰に下げた魔道具、十一フィート棒に手を伸ばす。
棒の先端を地面に向けて念じれば、手のひらサイズだった棒はぐいと伸びて強く地面を叩き、ロディが体勢を立て直す一助となった。
その行動は一秒にも満たない程度の時間短縮に過ぎなかったが、されど両者の間には意義があったらしい。
勇士は眼下の動きを目で捉えた刹那、順手で握っていた金棒をぐるりと回し、逆手に持ち変える。上方を向いていた先端は下方へと向けられ、そんな行動をわざわざ取る意図は――
(――狙いは俺ではなく、地面)
鎧の重さを呪いながら、ロディは地面を強く蹴って跳躍。直後、地面との角度を直角に保ったまま、鉄塊が下方目掛けて叩き付けられる。
その一撃は大地を揺らし、鉄塊を中心に地面が陥没、鳴り響く轟音は地鳴りを思わせた。
直撃を受けていれば言わずもがな、揺れに足を取られていても一貫の終わりだっただろう。――もっとも、上へ避けたとて同じこと。
勇士は武器を引き戻すでもなく、その場でわずかに腰を落とし、金棒を自身の方向に倒すようにして強く押し出した。
「くっ……」
既に足は地を離れ、正面から迫る鉄塊を避ける手段は無い。力を込めにくい攻撃であり、先ほどに比べて勢いは衰えているが、それでも巨大な鉄の塊に触れて無事では済まないだろう。
ならばせめてと剣を振りかぶり、迎撃を試みようとするが、視界の右端で何かを捉える。
「はっ!」
「ぐぅお――!?」
敵が居ないはずの右方から重い衝撃を浴びせられ、ロディは弾かれるようにして地面を転がり、家屋の壁にぶつかって止まった。
全身、特に脇腹に痛みを感じながらも、吹き飛ばされている間に見た光景と今こうして生存している事実、ぼやける視界に映る紅髪の女性の姿を見るに、どうやらフィオナの横槍のおかげで助かったようだ。
おそらく鉄剣と金棒が打ち合う寸前、ロディの体に蹴りを入れて阻止したのだろう。雑兵との戦いを終わらせて駆け付けてくれたらしい。
壁に手を突き、よろよろとロディが立ち上がろうとしていると、フィオナが駆け寄ってその体を支えた。
「ごめんなさい、あんな方法しかなくて……」
「いや、君がいなかったら死んでいたかもしれない。ありがとう。――行ってくる」
支えを借りずに自身の力のみで立ち、前へ進もうとするロディをフィオナは手で制止する。
「待って。――《
フィオナの手から放たれた淡い光がロディを包み、体の痛みが徐々に引いていく。
「これは――回復魔法?」
そう口にしながらも何処か違和感があった。主であるアイリーンや村の神父が先ほど使っていた回復魔法とは、何かが違うように感じたのだ。
「無属性の質が悪い回復魔法だけど、無いよりは良いはずよ」
「だが、奴らが――」
敵は未だに健在なのだ。全快を待っていては遅すぎる。焦れて飛び出そうとしたロディを止めたのは、視界に入った青い騎馬だった。
「やぁやぁ大きいお客さん、お待たせしてすんませんなぁ、もう一度あっしと踊ってもらいますぜい!」
声の主は疾走する
だが、ロディには分かる。あれはやせ我慢だ。彼の負ったダメージは全快には程遠く、馬に乗っていることさえ辛いはず。あれではそう長くは持つまい。
「ロディくん、無事?」
そうこうしているうちに、二人の元へナディアが駆け寄ってきた。
「ああ、彼女のおかげで助かった」
「なら――えっとね、レアードさんが気付いた事があるって。なんでも、
「でば……? 弱ってないってことか?」
聞きなれない言葉だが、『翻訳機』を通しているからか意味は理解できた。ナディアはロディの疑問に頷いて肯定を返し、教会の頂上にある音の出ない鐘を指さして続ける。
「あの鐘は、魔物の力を弱める魔道具のような物なんだけど、ゴブリンの方が魔法で防御していて、その効力があの二匹には及んでないらしいんだ」
「なるほど……そういう、ことだったのか」
教会の周辺で戦った魔物と遠くで戦った魔物で手応えが違ったこと、明らかに反りが合っていない二匹が付かず離れずでいること、ゴブリンの方はあまり積極的に攻撃してこないことなど、思い返せば合点がいく点がいくつもある。
「……やれるかもしれない。二人とも、付いて来てくれ!」
フィオナとナディアに呼び掛け、レアードたちがいる教会の入り口へと急ぐ。
「何か思いついたの、ロディくん」
「ああ、奴らの度肝を抜いてやろう」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「本気ですか?」
レアードとミア、そして村の神父と合流したロディは、思いついた作戦を皆に共有した。しかし、それを聞いての周囲の反応はあまり好ましくなかった。――ただ一人を除いては。
「――やろう」
そう言葉にしたのはナディアだ。彼女の役回りが最も危険で、一番責任が重い。
「敵は格上の相手なんだ。このまま戦っていても仕方ないよ。例え分が悪い賭けだろうと、ボク達から仕掛けない限り勝ちは転がらない」
「……そうね。やりましょう。このまま、終わりたくはないわ」
「お手伝いします。僕にも出来ることは、ある」
フィオナ、レアードと続き、渋々と言った様子で神父も頷く。
「分かりました。では、私も魔法で援護を――」
「いえ、貴方には……あれを止めていただきたい」
ロディは語りながら、音の出ない鐘を指をさす。
「なっ……確かに奴らには効き目は薄いかもしれませんが、村にいる他の魔物には効果があるはず――」
「一時的に、です。私が声を出して合図するので、それを聞いたらもう一度作動させてください」
ロディの言葉に神父はしばし考えるそぶりを見せ、
「何か、意図があるのですね。心得ました、お任せください」
そう言って神父が教会の中に入っていくのを見届けると、後ろのミアからおずおずと声がかけられる。
「あ、あの……」
声をかけたはいいものの、そこからが思いつかないのか言葉に詰まっている様子だ。ロディは腰をかがめて目線を合わせ、手に力を込めない様に気を着けながら彼女の肩に手を乗せる。
「大丈夫。分かってるから。だから――頼む。君の力が必要なんだ」
ミアはしばらく黙って俯いていたが、はいと弱弱しく返事をした。
「ありがとう」
手を放して立ち上がると、今度はナディアに声をかけられる。
「ねえねえロディくん、ボクにはそういうの無いのかい? セキニンジューダイでキンチョー、してるんだけど」
「だけどナディア、そんなこと言っておいて、実はワクワクしてるだろ?」
「あ、バレた?」
彼女はニシシと笑いながら、くるりと前を向き、ヘルオーク・ヒーローの放つ威圧感をものともせずに言い放つ。
「だってこういうの、最っ高に楽しそうじゃあないか!」
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