50話 戦士
仁王立ちするオークの勇士は、立ち姿を以て
その意に応えようと、歩を進めて感じたのは、もう一歩を踏み出すことすら躊躇うほどの重い威圧感。
生物としての防衛本能が警鐘を鳴らしているのだと、全身で、何よりも眼で感じる一方で、ロディの胸中には確かな敬意があった。
先ほど見せた圧倒的なまでの力にではなく、その目に宿る、戦いを
バルドや【兜割り】といった、かつて目指した戦士たちが放っていた輝き。その身勝手な性質は高潔さと程遠いけれど、ロディには彼らの持つ光がどこまでも気高く見えるのだ。
そんな相手に、試されている。
実に光栄だ。騎士として、否、ただの一戦士として、その評価のなんと喜ばしいことか。
見るべくもない路傍の石でなく、戦うべき敵だと判断されたのだ。
なればこそ、早鐘を打つ心臓は戦いに酔っているのだと自身に言い聞かせ、震える体を武者震いと笑い飛ばし、剣先を敵に向け吠えてやろう。
「我こそは壊刃の騎士、ロディ・ストラウド。我が剣に、砕けぬ物は無いと知れ!」
救国の英雄たる【壊刃の騎士】を讃えた歌の一節、あくまで詩人の創作であり、一度たりとも口にしたことの無かった台詞をロディは今、叫ぶ。
またナディアにおちょくられるかもな、などと頭の片隅で思いながら。
一歩、二歩。三歩より駆け出し、もはや重圧には怯まない。魔眼を開放し、敵を視界に捉えたまま間合いを詰める。
オークの勇士は地に突き立てていた金砕棒を両の手で構え直し、己が間合いへ踏み込んだ騎士を打ち砕くべく、上段から勢いを乗せて叩きつけた。
跳ねる瓦礫、吹きすさぶ余波、舞い散る砂埃。されど鉄塊の下には何もなく。
迫る暴威を紙一重で避けたロディは、地面にめり込んだ金棒へと刃を滑らせる。
「はぁぁ――ッ!」
金属がぶつかり合って甲高い音が響き、剣が腕ごと押し戻された。
金色に染まる双眸で金棒を見れば、小さな傷が残るのみで、今なお金棒は砕けず健在のまま。――表面上は。
(想像していたより硬いが……砕ける。一撃では届かずとも、斬撃を重ねれば、必ず)
しかし、敵は意志を持たない無機物にあらず、追撃を繰り出す前に金棒は勇士により引き戻される。
ならばと距離を詰め、巨体の足元に潜りこもうと構えるが、そうは
「ギィィヤァァァ――!」
上部からの奇声と共に、炎弾が三つ続けざまに放たれる。ヘルオーク・ヒーローの肩に腰かける、頭が肥大化したゴブリン、レッドキャップの魔法だ。
一発目を避け、二発目を斬り掃い、三発目を迎え撃とうとしたところ、突如として最後の火球が膨張し、加速した。
「なっ――!?」
「あ、ぐッ……」
身を焦がす痛みより、自身の愚かな失態が胸に応えた。
もっと早くに気づけたはずだ。あのゴブリンは知性が高いと、レアードに忠告を受けていたというのに。
ここ数日で、炎など見慣れていると心のどこかで高を括っていたからか、あるいは近衛になり、大進行が起きて、鉄火場を離れ過ぎていたためかもしれない。
慢心、衰え。どちらにせよ、二度同じ
「来い」
狭まっていた視界が広くなるような感覚と共に、戦いの熱に焼かれ、熱く燃えていた思考が急速に冷えていく。
だから、気づけた。
自身の手にある獲物を見て、兜の下、オークの勇士の鋭い眼光が、更に細められたことに。
だが、それも僅かな間のこと。次の瞬間、勇士は武器を構え、次なる一撃を放っていた。
豪快な横薙ぎが、半円を描くように繰り出され、ロディは敵の間合いの外へと飛び退いた。
今、命がけで攻撃する必要はない。第一の目標は獣人商人の回復まで時間を稼ぐことであり、奴らを倒すことではないのだから。
もし狙うなら、隙が大きく反撃を受けにくい場面。先と同じ、縦の振り下ろしだ。
「ギャギャッハァッ!」
レッドキャップの叫びが聞こえるやいなや、ロディの周囲を炎が渦巻き、二重らせん状を形成した炎が上へと舞い上がって、まるで牢のようにロディを逃がさぬと取り囲む。
蛇が獲物を締め付けるかのように、徐々に囲いは狭められていくが、その狙いは。
「……下か」
ロディが立ち上る炎を斬り裂き、囲いを突破した直後、先程までロディが立っていた足場が盛り上がり、噴き出した火柱が天を焼いた。
直撃すればそのまま終わっていただろう。やはり敵はどちらも格上の存在なのだ。
一つのミスが命取りな、ギリギリの綱渡りを制さなければ生き残れない。
――何を今さら。戦場とは常にそういうものだ。
そこからは、耐え忍ぶ戦い。
唸りを上げる鉄塊を躱し、多彩な姿を見せる炎を捌き、斬り捨てて――焦らしたところで、敵の間合いに踏み込み、上段からの攻撃を誘う。
次の瞬間、オークの勇士の目が見開かれ、金棒を天高く振り上げた。
「ゴオォォ――!!」
空気を強く震わせる雄叫びを上げ、渾身の強打が落とされる。
常人ならば気迫だけで呼吸を忘れ、立ち向かうどころか、逃げようとする意志すら砕く一撃。されど、ロディは怯まない。
「おおぉぉ――!!」
最小限の動きで横に回避。即座に転換し、風圧に押されながらも剣を一閃。
煌めく刃が、武骨な鉄塊を捉え、その核を――
(……違う)
刃が金棒へと迫る、その刹那。先ほど見せた、勇士の不穏な表情が脳裏をよぎって。
(誘われたのは、俺だ)
武器同士が接触する寸前、ヘルオーク・ヒーローは手首を捻り、金棒の握りをぐるりと回した。金棒全体が回転し、当然ロディの目論見は瓦解する。
刃は核を捉えきれず、先ほどよりも強い衝撃で剣が弾き返された。
気づかれていたのだ。ロディの狙いが、武器の破壊にあることに。
「く、そっ……」
剣を引き、全力で地を蹴ってその場を飛び退いた。
直後、ロディの眼前を巨大な鉄の塊が過ぎ去り、空中では踏ん張りが利かず、風圧によって体勢が大きく崩れる。
その隙を戦士は逃さない。
体格の差とは即ち歩幅の差。ロディが着地して体勢を整えるまでの僅かな間で、二者の間にあった距離は無に帰した。
「ロディくん!」
背後でナディアの声が聞こえた。これまで聞いたことの無いような、必死の声。
(諦めて、たまるか)
蘇るからなんだ。仲間の前で負けるものか。相手がいくら強大な戦士だろうと、殺されてなるものか。
ロディがここまで生きてきたのは、敵を殺し尽くしてきたからだ。仲間に守られてきたからだ。
ここで諦めれば、それら全てを貶めることになってしまう。
(見る、視れ、観ろ。敵は間近、次はどうすれば生き残れる)
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