49話 竜よりは

 仮面を着けた魔導士――ミアを救い、ロディは雨露馬を走らせて教会への帰路についていた。

 その道中でこれまでの経緯などをミアに話していたのだが、


「なる、ほど……それで、この村、に……」


 教会に近づくにつれて、ミアの語気が段々と弱弱しくなっている。

 彼女が仮面を被っていることに加え、座っている位置の関係上顔を覗き見ることは出来ないが、背を丸めた姿や時折見せる頭を押さえるような仕草から鑑みるに、具合がよくないのかもしれない。


 商人から預かっていた魔力を回復させる水薬を一瓶渡していたのだが、それでは足りないのだろうか。


「大丈夫か? まだポーションが必要なら――」


「いえ……問題、ないです。気にしないで、ください」


「そうは言ってもな……」


 ロディがミアを気遣うのは、単純に彼女を心配しているだけでなく、彼女を戦力として数えられるかも心配しているのだ。

 今回はナディア達や村人の命も懸かっているのだ。人手を欲してリスクを負ってまで救出に向かったのに、結果足手まといが一人増えたとなれば笑い話にもならない。


 ロディはどうすべきかと思案を巡らせるが――前方から聞こえた巨大な破砕音が、その時間を奪った。

 音の発生源は教会のある方向に違いない。


「急ぎましょう」


「ああ」


 彼女の言葉に同意を返すと、こちらの意を組んだのか雨驢馬うろばが更に速度を上げていく。

 長い間働き詰めのはずなのだが、本当によく頑張ってくれている。


「無理させてゴメンな」


 雨露馬の首筋を撫で、前を見据える。教会はもう直ぐだ。



 人馬が駆け、次々と変わっていく景色の中、それまで聞こえていた蹄鉄の音と呼吸音に、人や魔物の声が混じり始め、遂に見えた光景は――


「レアードさん、しっかり! 敵が来てるよ!」


 教会の周囲に散らばった瓦礫、壊れた馬車、巨大なオークとその肩に乗るゴブリン、そして敵に襲われるナディアとレアードの姿だった。


(どう考えても危険な状況。向こうにいる強そうな連中と戦うには手が足りない。ならば――)


「二人とも、こっちだ!」


 声を聞いて、二人は後ろに振り返る。直後、ナディアはこちらに向けて走り始め、追うようにしてレアードもそれに続く。

 ロディは抜剣し、雨露馬と共に勢いを落とさず直進。駆ける二人の横を過ぎ去って、迫る怪物の群れに刃を滑らせた。


 槍の穂先を斬り落とし、殴り掛かる腕を跳ね飛ばし、側面に回りて首を断つ。先ほど戦ったヘルオークに比べ、思いのほか手ごたえがないことに疑念を感じながらも、思考を切り替え次の敵へと斬りかかった。

 敵と敵との間を縫うように突き進み、辻斬るかのように通り掛けに剣を振るえば、幾輪もの赤い華が咲き誇り、人馬は死を振りまきながら戦場を駆け巡る。


「ゴアッ――!?」


 勢い止まぬ迎え撃たんと勇んだ赤肌のゴブリンやオークたちは、されど一撃も与えられずに一体、二体と討たれ、次々に数を減らしていった。

 それはロディの剣によって。あるいは、ミアの魔法、レアードやナディアの射撃によって。


「――《tnemele元素系統》――《eci氷属性》――《etartenep貫通》――《氷槍アイスボルト》」


 詠唱が進むにつれてミアの右手に魔力が集っていき、パキパキと冷たい音を鳴らしながら長く先の鋭利な氷塊を形作る。

 凍てつく槍がオークの胸を穿ち、ナディアが放った矢が武器を握るオークの腕を抜き、頭部へと飛来したレアードの鉄球がゴブリンを昏倒させた。



 馬を走らせ、敵と刃を交わし、仲間を助け、時には逆に助けられて――嗚呼、この戦場のなんと懐かしいことか。

 幾人もの屍を築き、数多の怨嗟を負い続けたあの日々が良いものであった筈は無いけれど、その全てが悪いものであった筈もないのだ。



 斯くしてナディア達を襲っていた内の最後の一匹が倒れ、一応は窮地を脱した、次の瞬間。ロディの前に座っていたミアの身体が力を失って倒れ、ロディはどうにか雨露馬の背から落下する寸前で抱き留める。


「おっと、危な……やっぱり、無理してたんだな」


「すみ、ま、せん。でも、まだ、戦えます」


「……分かった」


 休め、と言えたなら、どれだけ良かったことだろう。本来ならば守るべき対象である村人すら戦場に立ち、命を落としている現状で、力を持つ自分たちが戦いから逃げるなど許されるはずもない。

 何よりも、彼女の力がなければ――


「《enihs光系統》――《yloh聖属性》――《esnefed防御》――」


 声のした方向に目を向ければ、両腕を掲げる神父の姿があり、彼の視線の先には、金砕棒を構える巨躯のオークと拳大の火球でお手玉をする頭部だけが大きいゴブリン、そして二匹の前方で膝をつく獣人の商人がいた。

 商人はどうにかその場を離脱しようとするも、すぐに倒れ込む。右脚の膝より下の衣服が焼き切られており、覗く肌は痛々しく焼け爛れていた。

 ロディが指示するより早く雨露馬が走り出し、彼の元へ向かうも、到底間に合わない。


 鉄塊による横薙ぎが、獣人商人に叩きつけられる、その間際、


「――《聖防護プロテクション》!」


 神父の声と共に三メートル四方ほどの半透明な壁が現れ、間を阻んだ。魔法の障壁に金棒が打ち付けられ――ガラスが割れるような音と共に障壁は容易く粉砕され、振り抜かれた金棒が商人の肉体を捉えた。

 商人の体が浮き上がり、数メートル先の教会の壁へと叩きつけられ、ずるりと地面へ落下した。


「《enihs光系統》――《yloh聖属性》――《yrevocer回復》――《聖治癒ヒール》」


 神父が駆け寄って回復魔法をかけ、遅れてロディとミアを乗せた雨露馬が到着する。

 ミアを抱えて飛び降り、商人の様子を確認すると、魔法の防御があった故か、あるいは彼のレベルが高いからか、あの一撃を受けて尚、どうにか人としての原型は留めていた。


「彼は――」


「幸か不幸か、息はあります。最低限命を繋ぎ止めますので……可能ならば、時間稼ぎをお願いします」


 神父は倒れ伏した商人に向けて手をかざしたまま、背後のロディに頼み込む。


(時間稼ぎ、か)


 ロディの腕から離れたミアの様子を見るが、杖を地面に突き立て、体を預けて立つのがやっとのようだ。


 遠くを見れば、数匹のオークやゴブリンと戦闘中のフィオナの姿が見える。彼女からの援護は期待できそうにない。

 他にも防衛に参加していた冒険者や村人がいた筈だが、瓦礫に体を挟まれ、抜け出そうとする狩人以外確認できない。


「ロディくん、ボクに何かできることはないかい?」


 駆け付けたナディアがロディに指示を仰いだ。

 ナディアとレアードは健在だが、二人の武装が通用するとは思えない。


「この子を頼む」


 ミアをナディアに託して、前方で仁王立ちしている敵を見据える。動かないのはこちらの出方を伺っているからか、もしくは試されているのか。


「大きい方はヘルオーク・ヒーロー。魔法などは扱えませんが、非常に高い筋力と巨体に似つかない敏捷性を持ちます。小さい方はレッドキャップ。強大な魔力と高い知能を併せ持っています。どちらも、今の貴方とのレベル差は二倍以上」


 敵について解説をしたレアードは、僅かに悔しそうな表情を滲ませる。


「……僕では、力になれそうにありません。ご武運を」


「ああ、任せてくれ」


 結局のところ、レベル差がどうこう言われようと、ロディにはその差にどれだけの開きがあるか分からない。

 確かなことは、近頃何度も感じたような、自分と相手との生物としての格の違いを感じること、そして、


「ドラゴンよりはよっぽどマシさ」


 その差が、真竜やアランのそれと比べて幾分も小さいということだけだ。

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