48話 防衛戦線崩壊しました

 ヘルオーク・ヒーローの登場からものの数分も経たないうちに、レアードら教会の防衛戦線は壊滅の危機に瀕していた。


 オークの勇士が握るは、全長二メートルを超す巨大な金砕棒かなさいぼう

 ひとたび振るわれれば惨劇を生み出すことは想像に難くなかったが、その暴威が初めに向けられた先は人ではない。


 両の手で握られた金棒が身体の後ろへゆるりと引かれて、その先端が天へと向き――僅かな硬直の後、真竜の羽ばたきもかくやとばかりの風音と共に、手近な家屋へと叩きつけられた。

 戦闘を生業とする種族であるオーク、その勇士によるフルスイングを只の平屋が耐えうる訳がなく、誰かの生家は瞬時に廃屋へと姿を変えた。


 無論、そんな行動の意図が、人から住処を奪うだけの嫌がらせな筈もなく――破壊音と共に、数多の瓦礫が砲弾の如き速度で弾き出される。


「避けろおぉぉ――!!」


 振り返り叫んだ若者は、飛来した壁の破片に全身を潰され、赤い飛沫と肉片をまき散らして、死んだ。


「うっ――」


 死が間近に迫る光景を目の当たりにし、レアードは反射的に、本能に従ってその場で身を屈める。その直後、家だった物の一部が頭上を掠め、もし立っていたならと、嫌な想像が脳裏をよぎった。


 わずか数秒、されど数秒の間、瓦礫が地面や建物、そして生物に叩きつけられる轟音が鳴り響き続け、音が止んだと同時に、辺りが土煙に包まれる。

 ひとまず生き残った安堵感が訪れるが、魔物の喚き声が耳に入った瞬間、まだ終わってなどいないのだと気が重くなった。


「レアードさん、無事かい?」


「ええ、何とか。運が、良かったようです」


 駆け寄ってきたナディアに返事をして、腕で口を覆いながら立ち上がり、辺りを見回して生存者を探す。


 少し離れた場所に、瓦礫に下半身が潰された狩人の男性とそれを助けようとする村人の姿が見える。息はあるようだが、狩人の方は戦線に復帰することは難しそうだ。

 後方にいた村の神父と獣人の商人は無事なようだ。破砕音に紛れて声は聞こえなかったが、防護魔法を使っていたのかもしれない。

 前方では、武器を振るっている紅髪の女冒険者と緑髪の男冒険者の姿が見える。魔物と接敵していたために瓦礫の脅威からは免れたらしい。

 他にも四人ほど生き残りの姿が見えるが、そのうちの二人は酷い怪我を負っているようだ。


 つまり、全体で生き残りが十二名、そのうち重傷者三名。防衛戦のメンバーが初めは二十名ほど居たことを考えれば、ほぼ半壊と言えるだろう。


 一番の問題は教会とその中に匿われた村人たちが無事かどうかだが――


「話には聞いていたけれど、本当にすごいんだね、教会って。傷一つないや」


 ナディアの言葉の通り、破壊の前と後で教会に大きな変化はない。間違いなく瓦礫は教会に直撃していたにも関わらずである。

 教会を守ったのは、【竜麟の守護】と呼ばれるローレアン教の秘術が一つ。簡潔に言えば強力な結界だ。

 多くの町や村において、襲撃時や災害時の避難場所に教会が指定される理由であり、ローレアン教が多大な信仰を集める一因でもある。


 だが、安心してはいられない。破壊に対する強力な耐性を有するこの結界だが、正面扉からの侵入を阻むことが出来ないという非常に大きな弱点があるのだ。

 堅固な護りを維持するための制約らしいが、なんにせよ敵を近づけてはならないわけだ。


 さらに、この結界は教会の壁面を覆うように展開されているため、建物の外側にはその防御力を発揮しない。


「こりゃあきませんわ! 馬車が粉々になりおった!」


「力及ばず……私程度の魔力では守り切れませんでした」


 雨露馬うろばを外した状態の馬車を教会の傍に着けていたのだが、車体が瓦礫で押しつぶされており、とてもではないが機能しそうにない。

 馬がいない以上、人力で馬車を走らせることも考えていたが、その案も実現不可能だ。

 積み荷はほぼ運び出していること、まだ住人を乗せていなかったことは不幸中の幸いか。


「レアードさん!」


 ナディアに呼び掛けられて前方に視線を戻せば、直径二メートルほどの火球がごうと音を立てながら、レアードを目掛け迫っていた。

 間一髪でその場を離脱するも、背に感じた熱に思わず背後を振り返れば、地面に着弾した炎が巨大な火柱と化し、空を焼いていた。

 反応がもう少し遅れていれば、ヒトの丸焼きが出来上がっていたに違いない。


「助かりました」


「どういたしまして。……今は、戦いに集中した方が良いようだね」


 先ほどの魔法の主は頭の肥大化したゴブリン、レッドキャップだったようで、レアードが攻撃を避けたことがよほど気に食わないのか、勇士の肩に腰かけながら何事かをしきりに喚いている。

 オークの勇士はそんな相方の姿を一瞥して、フンと鼻を鳴らした後、教会に向けてゆっくりと前進を開始した。


「止めるよ!」


 ナディアが矢を射掛け、合わせてレアードも火の魔石を撃ち出すも、矢は手甲で弾き落とされ、魔石は腰辺りに着弾して炎が燃え広がったものの、何事もなかったかのように平然と勇士は歩を進める。


「……痛痒を与えることすら出来ませんか」


 ――レアードは武芸の才に乏しい。腰に剣こそ下げてはいるが、これは敵に接近を許した際の自衛手段に過ぎず、その技量は剣士と名乗ることさえおこがましいほどだ。スリングショットは、そんな彼が選んだ武器だった。

 軽量で取り回しも易く、撃ち出す弾も地に落ちている石で賄え、弓に比べて技巧も不要。威力の不足も弾の材質で挽回できる。

 魔石などが最たる例だ。《鑑定》以外の魔法を扱えないレアードが疑似的に様々な属性の魔法を行使でき、威力も申し分ない。


 欠点は、魔法に近い現象を起こせる魔石はそこそこ値が張ることであり、特殊な加工を施した容器以外で魔石を持ち運べないことだ。


 強い衝撃を受けた場合、火の魔石であれば炎を噴くし、水の魔石であれば辺りは水浸しになる。更に属性作用と呼ばれる現象があり、相反する属性、例えば炎と氷の魔石を同じ袋に入れれば、それぞれの魔石は酷く摩耗する。

 故に、持ち歩く場合は一時的に魔石の効力を封じる必要があるわけだが、そうした特殊な加工を施した袋などもかなりの値が張るのだ。

 レアードが現在持ち歩いている袋は質でいえば中程度であり、衝撃にはめっぽう強いが、属性作用を防ぐことは出来ない。


 そんなわけで、レアードが持っている魔石は火属性だけであり、コストの面でもあまり使用したくない、いわば切り札なのだが、今回の敵は相性が悪かった。

 火属性への耐性を持つレッドゴブリンとヘルオーク、その長と勇士が相手なのだ。


「こ、のぉ! こっちを見ろッ!」


 敵にもならないと判断されたか、ヘルオーク・ヒーローは攻撃を続けるレアードらを無視して歩を進める。


「でやあぁぁ!!」


 このままではマズいと、前方で雑兵を相手取っていた緑髪の冒険者が斬りかかるが――金棒のわずか一振りで跡形もなく消し飛んだ。


「くっ――」


 紅髪の冒険者も続こうとするが、ヘルオークやレッドゴブリンの攻勢を受け、その場から動けない用だ。


「村から、出ていけえぇぇ!」


 村人が農具を掲げ、強大な敵へ懸命に立ち向かおうとするも、頭上からの炎に焼き尽くされ、灰になった。



「…………」


 射撃の手を止め、レアードは天を仰ぐ。


 ――敵の進撃は止められない。もはや村人の避難は間に合うまい。依頼は失敗だろう。

 出来るだけのことはやった。今回は、いくら何でも相手が悪かったのだ。とてもD級以下のレアードたちの手に負えるものではない。

 護衛のほかに受けていた依頼の品は教会に預けてきたが、あわよくば依頼対象が受け取っていたりはしないだろうか。もしそうなら、そちらの依頼は達成になるかもしれない。


「レアードさん、しっかり! 敵が来てるよ!」


 などと、レアードがぼんやり考えているうちに、敵の集団がこちらに近づいてきたようだ。

 スリングをしまい込み、腰の剣を引き抜いた。死は避けられないだろうが、多少なりとも戦って死んだ方が周りの心象もよくなるだろう。

 不格好ながらも、学んだ通りの構えをとった、その時。


「二人とも、こっちだ!」


 ――背後で、馬が駆ける音が聞こえた。

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