44話 教会防衛戦
レアードたちはロディと別れた後、馬車で村を走り抜け、教会にたどり着いていた。
馬車の中の物資を引き渡し、現在は籠城戦に力を貸している最中である。
「神の加護、ですか」
村の中心付近、開けた場所にある、周囲の平屋に比べて一際高い建造物。その白い建物――教会の頂点には真鍮の鐘が取り付けられており、独りでに揺れ動いている。
本来なら鐘から音色でも聞こえてきそうなものだが、それを見上げるレアードの耳に音は届いていない。
この場にいる人間たちも同様なはずだ。
なぜならば、あの鐘は『魔封じの鐘』。奏でる音色は魔物にのみ聞こえ、その力を弱体化させる。
その効力もあり、僅かな戦力で籠城戦が続けられていたようだ。
そして現在の戦況は、来た当初に比べて大分こちらに傾いている。
「ほいさぁ――!」
黒髪の狼商人が妙な掛け声と共に腕を振るえば、取り付けられた鉄の鉤爪によって魔物たちは引き裂かれ、肉塊へと変わっていく。
その戦いぶりは本職の冒険者にも勝るとも劣らないだろう。
――南方にある獣人の国家においては、最も強靭な武器は爪や牙、つまり己の肉体とされており、成人した男子が武器を扱えば軟弱者と呼ばれる。
しかし、国を出た者や外で生まれた者は、そういった拘りを持たない者も多い。彼もその一人なのだろう。
「ねえ、ボクたち、護衛として雇われたはずだよね?」
キリキリと軋む弦の音、ナディアは弓を引き絞りながら、隣に立つレアードに言葉を投げかける。
それを聞いたレアードもスリングを引き、狙いを定めながら答えた。
「ええ、そうですね」
風を切る音が同時に鳴り響き、鉄球と矢がそれぞれ別のレッドゴブリンへと放たれた。
攻撃が狙い通りに命中したことを見届け、ナディアは再度口を開く。
「……護衛対象に前衛を任せてるんだけど」
「ロディさんが見たら、呆れますかね……」
その時、レッドゴブリンの術士が獣人商人に向かって魔法を唱えだしたが、顔を覆うように球状の水が出現し、詠唱が中断された。
この水魔法による支援を行ったのはナディアやレアードではなく、教会の聖職者や他の冒険者によるものでもない。
「さっすがあっしの相棒! あとで良いモン御馳走しやすよー!」
そう、これは馬車を引いていたロバ、
主の危機を救った忠犬ならぬ忠馬は、言葉が分かっているのかいないのか、獣人商人の声を聴いてどこか得意げに鼻を鳴らした。
――「あっしら、こう見えてもそこそこ戦えるんですぜ」とは商人の弁。事実、
それは本人たちによる直接的な戦果のみならず、物的支援による間接的な協力も含めてだ。
「――《
白い祭服を纏った神父が右腕に大きな裂傷を負った緑髪の男性冒険者に手を
光が冒険者の傷に集約し、見る見るうちに腕の怪我は癒えていった。
「よし……もう充分です。これでまた戦えます」
「分かりました。どうか頼みますよ、冒険者様」
神父の言葉に緑髪の冒険者は頷き返し、湾刀を取って前線に切り込んだ。
レアードらがこの場に馳せ参じた時には、神父や冒険者、狩人や農夫など、戦闘に参加した者は皆満身創痍だった。
傷を癒そうにも神父の魔力は無くなり、回復薬の備蓄も底を尽いていたのだ。
馬車に積まれていた傷を癒すライフポーションや魔力を回復するマナポーションを提供し、ここまで持ち直したものの、あと数分遅れていれば危うかっただろう。
「えいさぁ!」
「ここは通さない!」
後衛であるレアードとナディア、そして村の狩人がレッドゴブリンを狙撃し、ヘルオークを緑髪の冒険者や農夫が抑え、神父と雨露馬から支援を受けた獣人商人が強敵を仕留める。
敵の攻勢は衰えないが、こちらの守りも抜かれることはない。
「戦況は悪くはありません。ですが――」
「敵の襲撃が止まらないから、馬車を出す余裕がないね」
当初の予定では物資を下ろした後、戦えない者を数度に分けて逃がす手筈だった。だが、敵の増援は増え続け、守りの手を緩めるほどの余裕がない。
さらに言えば、もし無理に馬車を出したとしても、集中砲火を受けることになるだろう。
この場に腕の立つ魔術師でもいれば話は別だろうが、無いものねだりはできない。
――十二分に戦線を維持できている現状なら、強引な避難を避け、ロディの到着を待つべきか。
レアードがそう思ったのも束の間のこと。
ガシャン、と響く重い金属音。魔物の断末魔や鳴り響く剣戟に混じっていたにも拘らず、何故かそれがハッキリと聞こえた。
音の方向へ目をやれば、そこにいたのは―― 鈍く黒光りする鎧を全身に身に纏った、武骨な大剣を担いだ巨躯のオークだった。
顔の部分が大きく開いた兜の内側からは、彫りの深い顔が覗き、その風格は歴戦の戦士を思わせた。
「ヘルオーク・エリート……」
ヘルオークの上位種であり、小規模な群れの長になることも少なくない。
その能力は一般のヘルオークを凌駕し、討伐をするならばC級以上の冒険者が望ましいとされる。
「強そうなヤツがこっちに来てるよ!」
ナディアに注意を促され、教会を守る皆の顔に一様に緊張が走った。
今まで戦ってきた敵は普通のヘルオークやレッドゴブリンばかりであり、時折レッドゴブリン・シャーマンが混ざる程度だった。
あの強大な敵を果たしてこのメンバーで討伐ができるかどうか。
こちらが自身の存在に気が付いたことを察知したのか、ヘルオーク・エリートは進撃を始めた。
一歩、二歩と悠然と歩を進め――唐突に後ろへ振り返る。
魔物の視線の先に立っていたのは、頭部以外を鎧に身を包み、直剣を腰に下げた金髪の青年、ロディ・ストラウドだった。
ロディはゆっくりとした動作で鞘から剣を抜き、切っ先を敵へと向ける。
両者の視線が交差し、僅かな静寂。
どちらからともなく動き出し、勝敗は一瞬のうちに決した。
肩口から斜めに振り下ろされた
刃は
「オオォォ――!!」
右脚を斬りつけられたヘルオーク・エリートは膝をつき、体勢を崩すが、雄叫びを上げて大剣を水平に薙いだ。
しかし、動きを読んでいたのか、魔物が手に力を込めた瞬間にはロディは後ろへ下がっており、既に間合いの外に出ている。
巨大な刃が身体の前を通り過ぎた瞬間、ロディは強く地を蹴って一息に敵の懐へと潜り込む。
「はぁぁッ!」
掛け声とともに、ロディは上段に構えた剣を振り下ろした。
それに対し、ヘルオーク・エリートは段平を掲げるようにして、凶刃から肉体を防御――しようとした。
武骨な大剣に阻まれるかに思われた斬撃は、剣の腹に叩きつけられ、鉄板の如き刃を僅か一撃で破壊する。
「グオッ――!」
ヘルオーク・エリートはその事態に驚愕しながらも、状況を即座に理解して後退を試みるが、【刃砕き】はそれを許さない。
「――ッ!!」
その行動までも読んでいたかのようにロディは敵へと追いすがり、鋭く息を吐いて、敵の喉元目掛けて鉄剣を突き出した。
ヘルオーク・エリートは咄嗟に折れた大剣での防御を試みるが、一歩間に合わず、赤い肌に鉄剣が突き刺さる。
「――――ォ」
最後の瞬間、黒鎧のオークから絞り出すように紡がれた言葉は、恨み言か、あるいは勝者への称賛か。
見るだけのレアードには、ただ推し量ることしかできなかった。
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