42話 誰でも知っている

◆◆◆◆◆◆◆◆


 カランと鈍い音を立て、修練上の床を木剣が転がっていく。


「一本。騎士、ロディ・ストラウドの勝利」


 審判役を務めた騎士が、心底つまらなそうな顔で勝敗を告げた。

 騎士としてはあるまじき態度なのだろうが、正直なところ彼の気持ちも理解できてしまう。


 なぜなら、この模擬戦は既に幾度となく行われたものであり、その勝敗も一度目から一行に変わらない、言わば既定路線、恒例行事の様なものだったからだ。


「くっ……」


 固く拳を握りしめ、その端正な顔立ちを歪める騎士の名は、オズワルド・ダンフォード。

 空色の髪と琥珀色の瞳、細く引き締まった肉体をしている彼は、俺と同じ時期に騎士になった、言わば同期のような存在だ。


 しかし、俺とオズワルドの生まれは大きく異なる。片や貧民街の孤児、片や貴族の令息であり、戦場で武勲を立てた傭兵上がりの俺、見習いや従騎士と順序だてて昇ってきたオズワルド、といった具合で、俺とコイツはとにかく正反対だった。



 この立ち合いの始まりは、俺が騎士叙勲を受けた数日後のこと。こちらを訪れたオズワルドは、会うなり唐突に手合わせを申し出てきた。


 類稀なる剣の才を持ち、血の滲むような努力を積み重ねてきたオズワルドは、その時点で既に並の騎士では相手にならない程の実力を持っていた。

 だが、元は貧民と言えど、俺とて戦場で功を立て、騎士に成り上がったのだ。


 俺は勝負を快諾し――彼を一方的に打ち倒した。

 以来、俺は事あるごとに勝負を挑まれることになる。


「ダンフォードも懲りないな……これで何連敗だ?」


「十や二十では足りないでしようね」


「一合で鉄剣を叩き折る化け物、誰が呼んだか壊刃の騎士、今や戦場の死神だ。勝てるわけが無かろう」


 見守るだけの彼らが、意味のない行為だと断じてしまうのも無理はないだろう。

 一向に差は縮まらず、オズワルドは剣を掠らせることも出来ないまま、勝負は決した。


 しかし、俺との手合わせでオズワルドは凄まじい勢いで成長している。

 それは、こちらにとっても同じこと。戦いを通じ、『眼』は更なる進化を遂げた。


「――まだ、『刃砕き』を使ってはくれませんか」


「使うまでもないからな。……立てるか?」


 相手の視線、肉体の動き、わずかな癖、そして型。

 対象を視れば視るほど、『眼』はその精度を上げていき、今では未来予知に近いほどの予測が可能になった。無論、幾度となく剣を交えているオズワルドに限っての話ではあるが。


 以前は純粋な実力差で、今は『眼』の力によって、木の刃など、砕くまでもなかった。

 これは手を抜いているという訳ではなく、当然この木剣も軍の備品の一つなため、砕かずとも勝利できる以上、使わないのだ。


 最も、オズワルドの立場で見れば、同期で、年下で、貧民の出の相手に、本気を出させることも出来ぬまま敗北し続けているわけで。それがどれだけ惨めなのかは察せられる。


「不要です。……では、二時間後、いつもの場所で」


 さし伸ばした手を取ることなく、オズワルドは一人で立ち上がった。

 そのまま修練場を後にする彼の背中を見送って、俺はその場で一人、剣を振るう。


「はぁっ!」


 いくらオズワルドが天才であり、どれだけ強くなろうとも。俺もまた成長を続け、この『眼』がある限り負けることはない。――そう、思っていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 時はロディと紅毛の少女との再会より、少し前のこと。

 目的地である村の異常に気づいた一行は、一度馬車を止め、護衛依頼の主である獣人商人と話し合っていた。


「あー……、ホンマですな。ありゃあ襲撃されてますわ。もうちとばかし余裕はあると思ってたんですがねぇ……」


 目の上に手をかざし、村の方角を覗き込んでいた商人は、村から立ち上る煙を見とめ、小さくため息を吐いた。


 ――後に知ったのだが、ダンジョンからモンスターが溢れ、町や村を襲うまでには、多少ブレはあるものの、一定の周期がある。

 つまり、この商人が語る余裕とは、最近できたダンジョンなら多少は襲撃が来るまでの猶予があるはず、という固定概念によるものだ。

 これは、村の住人の避難が遅れた要因でもあった。


「どうなさいますか? このまま村に入るのは危険かと」


 ロディ個人の感情でいえば、すぐにでも村の救援に向かいたいところではあるが、今は依頼の最中であり、第一に優先すべきは依頼者の安全なのだ。ここは依頼者の意向に従うべきだろう。


 ナディアは落ち着かなげにチラチラと村の方へ視線を送っているが、依頼者が第一であるという認識はロディと同一のようで、黙って依頼者の判断を待っている。

 レアードの方はロディ達よりも長く冒険者をしていたからだろうか、さして動揺した様子は見せず、こちらも沈黙している。


「そうですなぁ……。安全をとるってんなら、ちゃっちゃとUターンして、適当な村に卸しに行くべきなんでしょうが……」


 獣人の商人はしばし腕を組んで考えこんだ後、「こうしやしょう」と言って指を一本立てた。


「村の救援に向かうか、安全をとるか。どうするかは、お宅らにお任せしやす。――もし救援に向かって、あっしやお兄さん方が死んじまったとしても、事の経緯をあっしの方からギルドの方に説明して、出来るだけお宅らの依頼失敗による不利益が少ないように努めやす。報酬も全額って訳にはいきやせんが、半分はお出しましょう。当然、成功すれば、報酬を上乗せしやす」


「よろしいのですか? なぜそこまで……」


 レアードが疑問をていした。一介の商人に過ぎない彼が、どうしてそこまでするのだろう。死んでも蘇るとはいえ、積み荷までは戻るまい。失敗したときの損失は大きいはずだ。

 たった三人、それも会ったばかりの護衛に託すには、この提案は重く感じる。


「当然、あっしら商人が動くのは己が利益のため、銭のためでさぁ」


 そう言いながら、商人は馬車に積まれた箱の中から、液体の入った小瓶を取り出した。


「村の危機、裏を返せばこれは商機ですわ。ダンジョンが近くに出来たってんで、ポーションや魔よけの素材を多めに仕入れてますしね。勿論、村を守りきれたなら物も恩も売れますし、失敗しても村を助けようとした、って事実は作れるでしょう? なんせ、トット村はお得意先でしてね。これからを思えば、悪くない一手じゃねえかと」


「……なるほど」


 確かに、そう言われれば利がある話にも思えてくる。だが、それでも何かが腑に落ちない。

 そんなロディの様子を感じ取ったか、商人は観念したように首を振り、小瓶を箱の中に戻すと、


「――なんて、ごちゃごちゃ理由は付けちまいましたが、結局のところ、見捨てるのが忍びないんですわ。あの村との付き合いは長いもんで、知り合いも多いですし。だって、死ぬのは痛くて、怖えでしょ? そんなこと誰でも知ってんのに、助けないなんて、酷え話じゃねえですかい」


 ――誰でも知っている。そう、この世界の人々は誰でも知っているのだ。

 死の痛み、その恐怖を。


 なればこそ、神からの祝福は、死にゆく者を救わない理由になどなりはしない。


「分かりました。少し、相談の時間を――」

「いらないよ」


 下方からの声に言葉を遮られ、驚いてそちらを見れば、ナディアが、白銀に輝くナイフを天に掲げていて。


「でしょ、二人とも」


 そう言って笑う彼女に釣られ、ロディとレアードもまた頬を緩め、


「だな」 「ええ」


 満場一致で、村の救援に向かうことと相成った。

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