第3章 トット村事変

40話 トット村へ

 酒場から場所を移し、場所は冒険者ギルドの大広間。

 ロディとナディアは片眼鏡をかけた青年、レアードと暫定的にパーティを組み、三人で依頼を引き受ける運びとなった。

 現在は、文字が読める二人が掲示板に張り出された依頼を選んでいる最中である。


 ちなみに、ロディは少し離れた壁際のベンチに腰かけて、二人を待っている。掲示板の前はそれなりに人が来るので、邪魔にならないための配慮だ。


「ロディくん、これなんかどうかな!」


 どの依頼にするか決まったようで、ナディアが小走りで近づいてきた。レアードも歩いてその後に続く。

 彼女の手に握られた紙は二枚。一方の紙には重そうな荷物を運ぶ男の絵が、もう一方には馬車と剣を握る女の絵が描かれている。


「配達の依頼か?」


「はい。この街の北東にある、トット村に荷物を届ける依頼と、村行きの馬車を護送する依頼ですね」


「目的地が同じだから、両方一遍に請けよう――ってことになったんだけど、どうかな」


「ふむ……」


 ロディはこの世界に来てから、ここ『ファーゼル王国』の王都であるパールザールの街以外、人の住む場所をこの目で見ていない。

 この国、いてはこの世界の人々がどんな暮らしを営んでいるのか確かめる意味でも、この依頼を請ける価値があるとは思うのだが、


「馬車の護衛なんて、俺達みたいな新人が請けていい依頼なのか?」


 護衛が役目を果たせず、依頼者もろとも皆殺しにされて、積み荷を奪われる――などということがあれば大事だろう。

 無論、そう易々と失敗するつもりはないが、依頼者がD級以下の冒険者三人を見て、どう思うかは分からない。


「大丈夫じゃないかな、多分」


「その心は?」


「高難度だったり、失敗が許されなかったりする依頼は、基本的にC級以上の冒険者に出すんだよ。いわゆる等級制限だね。今回はそういう訳でも無いみたいだし、問題ないと思うよ」


 冒険者ギルドには依頼を貼り出す掲示板が幾つかあり、二人が依頼を探していたのはD級以下の冒険者用の掲示板である。

 等級が高い冒険者でもD級以下の依頼を請け負うことは可能だが、報酬の額も下がるので、基本的に等級相応の依頼をこなしているそうだ。


「付け加えると、この依頼の馬車は今日出発するようなのです。このまま誰も依頼を請けないよりかは良いかと」


 正直なところ、敵を倒すだけなら兎も角、怪物から依頼者や荷を守り切れるのか少しばかり不安はあるが、そういった事情なら見て見ぬふりをすることも出来まい。


「分かった。そういうことなら、早速請けに行こう」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 パールザールの街、北門の正面の大通りに停車している幌馬車の傍で、ロディ達は依頼者と会話していた。


「いやぁ助かりやした! この調子じゃあ、もう人は来ないんじゃねぇかと」


 そう話すのは護衛の依頼を出した商人だ。黒く長い頭髪から覗くのは狼のような耳、つまり彼は獣人だった。

 獣人の商人は朗らかに笑いながらロディの手を握り込み、上下にブンブンと振っている。


「どうにも、普段護衛を頼んでる方々が、一昨日死んじまったそうなんでさぁ。そんで、急遽ギルドの方に依頼を出したんですけれども、なかなか請けてくれる人が居なくてヒヤヒヤしてたんですわ。頼りにさせてもらいまっせ、お兄さん方」


 やはりこの世界では、冒険者が一度や二度死んだところで大したことでは無いのだろう。

 文化が違うのだと頭では理解はしているが、笑いながら人が死んだ話をされると少しばかりぎょっとしてしまう。


「ええ、お任せください。道中の安全は我々が保証いたします」

「――ます!」


 ロディが少し格式張ってそう告げた後、ナディアが声を張って最後の二文字だけを復唱した。

 獣人の商人は愉快そうに喉を鳴らして笑っていたが、すぐに真剣な顔をする。


「そいつはありがてぇんですがね、問題は村に着いた後の話なんでさぁ。なんでもダンジョンが出来たとかで、村の方が危ねぇかもしれないそうで」


「はい。その件に関しては我々も聞き及んでいます」


 目的地のトット村の近辺にダンジョンが出現し、その対処と村の防衛のために、すでに冒険者が数人ほど派遣されているらしい。

 ダンジョンの制圧に向かった冒険者は腕利きのベテランらしく、問題はないと思われるが、念のため用心してほしいとギルドの職員から言われたのだ。


「よろしく頼んますよ。――そいじゃ、出発しやすか。乗って下せえ。荷も積んでるんで、狭いかもしれやせんがね」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ガタゴトと揺れる馬車の中、時折崩れそうになる荷物を抑えながら、ロディはレアードと会話していた。

 馬車の車内は出発前の商人の言葉通り、積まれた荷物のせいで少しばかり手狭だった。ちなみに、もう一つの依頼で配達を頼まれた荷物も、獣人の商人に許可を取ったうえで、馬車に積ませてもらっていた。

 この場に居ないナディアは、御者台で商人の隣に座って、周囲の警戒をしている。


 出発から一時間ほど経っただろうか。運が良いのか悪いのか、魔物の襲撃に会ったのは一度だけであり、それもロディの剣とナディアの弓で容易に退けられる程度のものだった。


「――ということは、ロディさんは元居た世界へ帰る手段を探しているのですね」


「ああ。ちょっとしたことでも良いんだ、何か知らないか?」


 ロディはこの世界に来た経緯や冒険者になった理由をレアードに話していた。

 様々な知識を持っているらしい彼なら或いは、と思ったのだが、


「……特定の場所と場所を繋ぐ『門』を形成する魔法自体は存在していますが……別世界、それも特定の世界へと通じる門を開く方法は、現代の魔法学では確立されていません。二百年ほど前、この世界に現れた迷い人は、異なる世界を行き来する秘術を有していた、と依然読んだ書物にはありましたが、その程度ですね。お役に立てず申し訳ありません」


「いや、気にしないでくれ。可能性を知れた、それだけで今は十分だ。ありがとう」


 二百年前にこの世界に来た迷い人について知ることが出来れば、元居た世界へ帰る手段が手に入るかもしれない。今までは情報が皆無だったのだ。それを知れただけでも収穫と言える。


「――じゃあ、俺からも聞いていいか? レアード、君は何故冒険者になったんだ? 良ければ教えてくれないか」


 ロディの問いに対し、レアードは少しの間瞑目してから、ゆっくりと語りだした。


「僕には、二人、妹がいるのです。――その病気を治す方法を探しています」


「病気……言っちゃなんだが、回復魔法で治療したり、死んだりで治るものじゃないのか?」


 死者を蘇らせる魔法すらあるのだ。治せない病気などそう無いのではないか。

 そもそも病気や怪我は、この世界において死ねば神の祝福により癒えると聞いている。


「ええ。後天的な病や怪我であれば、大抵はそういった方法で治ります。ですが、妹たちの病気は先天的なもので、なおかつ現代の魔法では治療が困難なのです」


「現代の魔法では不可能――つまり、古代の魔法なら治せると?」


「その通りです。とある魔導書に、その病を治療する魔法が記されているはずです。その魔法を習得することが、私の目的です」


「なるほどな……。そして、その魔法を覚えることは、あまりこの世界の人々――いや、教会に歓迎されないんだな?」


 ――レアードがパーティを組んでいなかったこと、その割には迷い人のロディ達とパーティを積極的に組みたがったこと、回復魔法をほぼ独占している教会、家名を隠していることなど、それらを総合して考えれば、おそらくはそんな理由だろうか。


 彼はロディの言葉に驚いたのか、一瞬大きく目を見開いて固まっていたが、


「……はい」


 小さくうなずき、肯定を返した。

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