39話 二人目?

 冒険者ギルドの酒場は、今日も朝から賑わっていた。

 テーブルの上で地図を広げて会話をする男たち、ステージの上でリュートを奏でる吟遊詩人、慌ただしくテーブルの間を移動するウエイトレス等々。そして、人を探す二人と一人。


 ロディ達はギルドの職員であるミーコのお姉さんに連れられ、件のスーパー人材に会いに来ていた。


「いました。あの方です。――レアードさん、お時間よろしいですかー?」


 レアードと呼ばれた青年は、円形のテーブルに座り、硬貨を弾いて金勘定をしていた。

 中肉中背、明るい茶色の髪、黒色の長いコートを羽織っており、片眼鏡が特徴的な彼からは、どこか理知的な雰囲気を感じる。角や長い耳など、ロディが知る人間と大きな差異は見られない。おそらく平人ヒラビトだろう。

 彼はこちらに気づくと、小さく微笑んで会釈をした。


 正直なところ、どんな奇人変人に会うことになるかと用心していたが、第一印象は知的な好青年、といった感じで、さして問題があるようには見えない。

 尚のこと、なぜ誰かとパーティを組んでいないのかが気がかりだった。


「はい、落ち着いてきたところなので問題ありませんよ。何か御用ですか?」


 レアードの前に並べられているのは、積み上がった銀貨や銅貨、そして巻物だ。一級鑑定士と聞いているので、あれは《鑑定》の巻物だろうか。もしかすると、先ほどまでは巻物を売っていたのかもしれない。


「こちらのお二方がパーティメンバーを探しているそうで、勝手ながら紹介をした次第です。レアードさんは確か、現在おひとりで活動されていますよね」


「なるほど……ご紹介にあずかりました、僕はレアード。職業は《中位識者/上級魔導士》のD級冒険者です」


 彼は顎に手を当て、少し考える素振そぶりを見せたあと、こちらに向き直り一礼し、自己紹介をした。ロディとナディアも頭を下げ、


「突然で申し訳ない。それと、話を聞いてくれてありがとう。――俺はロディ・ストラウド。職業は《中級剣士/魔眼使い》で、階級は同じくD級だ」


「ボクの名前はナディア・ホプキンズ。職業は《下級弓士/初級斥候》のE級冒険者だよ」


「お二方とも、先日登録したばかりの新人冒険者です。加えてロディさんは迷い人でして、ぜひとも高い知識や経験を有する方が仲間に欲しい、とのことです」


 職員がそう補足すると、レアードは驚いたように目を見開いた。


「魔眼持ちの、しかも迷い人…………そうですか。迷い人には稀有けうな能力を持った者が多いと聞きますが、どうやら本当のようですね。ということは、首に着けている物は『翻訳機』でしたか」


 そう話すレアードの表情に、ロディは何か小さな違和感を覚えた。


「その通り。これがないと、俺はまともに人と話すことも出来ないんだ。――それで、君は迷い人について、何か知らないか? 少しのことでも教えてくれると助かるんだが……」


「あまり深くは知りませんね。以前、迷い人と話したことがあるくらいでしょうか」


「本当か!?」


 今度はロディが驚く番だった。帰還するための手がかりになるかもしれない、もしかすれば自分と同じように猫耳女に飛ばされてここに来たものが、などと、一瞬希望を抱くが、


「少しばかり話をした程度、ですが。今日は見かけていませんが、この街で冒険者をしているので、いずれ会えると思いますよ」


「……そうなのですか?」


 ロディは振り返り、ミーコのお姉さんにそう訊ねた。そんな話は一度たりとも聞いていない。


「はい。この街にはロディさんの他にも、ひと月ほど前に来た迷い人の冒険者が一名いらっしゃいます。ロディさんの冒険者登録が簡単に行えたのも、前例があった故です」


 たしかに、アラン――S級冒険者の仲介があったとはいえ、迷い人というイレギュラーが発生した割には、ギルドの対応は手早かった。

 アランたちがそのことを知らなかったのは、遠出していて最近までこの街に戻っていなかったからだろう。

 ギルド側に対しては、もっと早く教えてくれよ、と思わないでもないが。


「――まぁ、その迷い人に関しての話は後にしようじゃないか。今はレアードさんとお話しようよ」


「ん……、そうだな」


 ナディアにそう諭され、ロディはレアードの方に向き直る。たしかに時間を貰っているのに自分の事情を優先するのは失礼に当たるだろう。


「では、私は業務がありますので、失礼させていただきます。何かありましたら、またお声掛けください」


「はい、ありがとうございました」


 ミーコのお姉さんは一度お辞儀をして、その場を立ち去った。それを見届けた後、ナディアは、


「それで、レアードさんは魔導士だそうだけれど、どんな魔法が使えるんだい?」


 と尋ねる。それに対してレアードは、やけに晴れやかな笑顔で、こう返した。


「――《鑑定》です」


「うん。そう聞いているけれど……他には?」


「――《鑑定》です」


「……え? 他に使える魔法とか、ないのかい?」


「――《鑑定》だけです!」


 彼はにこやかな笑顔のまま、やけくそ気味にそう言い放った。

 一級鑑定士という凄い(らしい)資格を持っているとミーコのお姉さんから聞いている。魔力が高いとも聞いている。だが、


(たしかに、魔法が何種類も使えるとは、言ってなかったよなぁ……)


 やはり、訳ありではあるらしい。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 しばらく話を聞いてみた結果、魔力が非常に高く、レベルが上がりさえすれば間違いなく魔導士として世界で五本の指には入る、とされているものの、とある事情で《鑑定》以外の魔法を覚えることができないのだとか。

 とある事情についてはあまり触れられたくはなさそうだったので、それ以上の追及は避けた。


 では、それ以外に何が出来るのか、と尋ねれば、


「戦闘の際はスリングで応戦しています。あとは、多少剣術をかじっています。双方ともに、職業にすれば初級レベルですが……」


 とのこと。はっきり言って頼りないが、一応は戦闘が起きても鑑定だけして棒立ち、とはならないようだ。

 また、当人曰く、


「僕は魔導士としてみれば下の下ですが、知識の面では必ずお役に立てるかと。魔物の生態や弱点、魔道具の扱い方、地理や文化についてなど、幅広く修めています。僕が使える《鑑定》自体も非常に有用な魔法ですし、何分魔力だけはあるもので、識別難度の高い対象であっても鑑定することが可能ですよ」


 なんでも、《鑑定》には成功と失敗があるらしく、以前道具屋『トルテルト』で購入した巻物などでは、識別が難しい高レベルの魔物や魔道具の鑑定が可能なのだそうだ。

 さらに言えば、


(コイツ金持ってそうだよなぁ)


 というのがロディの感想である。十中八九、貴族か商家の生まれだろう。姓を名乗らないのも、姓が無いからではなく、隠しているからではないだろうか。

 幅広く知識を修めているということは、つまりそれだけの教育を受けているということだろう。あるいは、知識の習得が簡単になる魔道具や魔法があれば話は別かもしれないが。

 そして、酒場で銭を稼げているということは、高位の鑑定魔法にはそれだけの需要があるということだ。


 まとめると、彼を仲間に入れることは非常に魅力的に感じる。だが、現状では彼と会話した結果、そう感じただけにすぎない。それらを含め、ナディアと話し合った結果、


「――何度か一緒に依頼をこなさないか? 仲間になるかは、お互いそれから決めよう」


「分かりました。それでいきましょう。それでは、ロディさん、ナディアさん、よろしくお願いします」


 ということになった。

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