38話 家族

◆◆◆◆◆◆◆◆


 ――何かを失うのは、いつだって雨の日だ。


 小雨の降る森で、俺は己の愚行を悔やみ続けていた。

 しとしと、しとしとと、雨が頬を濡らすたび、友を失ったあの日が思い起こされ、焦りが、思考を蝕んでいく。


 背に重荷を背負い、一歩ずつ地を踏みしめて進むその動きは緩慢であり、歩いている、というより這っている、と言った方が正しいかもしれない。


 いつも以上に、己の小さな身体が憎かった。

 俺が引きずるようにして背負っているのは、己の身体より一回りも二回りも大きな大男、バルドだ。背中の彼は息も絶え絶えに、自嘲するかのように笑う。


「くくっ……まさか、お前に、こうして背負われる日が、くるとはなぁ……。人生、分からないものだねぇ、まったく……」


「バルド、喋らない方がいい。……頼む、頼むから」


 俺は背中越しに、その肉体から、おびただしい量の血が流れ出ていることを感じていた。――致命傷だ。

 けれど、当時の俺にはそんなこと、認められなかった。認めたくなんて、なかった。


「くそっ……」


 火事場の馬鹿力などという言葉はあるが、重荷を背負いながら歩き続ければ当然疲弊し、動きは鈍くなるばかりだ。

 そんな俺を見かねてか、バルドはゆっくりと前方にある高い木を指さした。


「なぁ、そこの木の、根元に、降ろしてくれよ。お前の、背中は……揺れてかなわねぇ」


「馬鹿なこと――」


 大きな手が、どこまでも優しく、俺の頭にのせられて。


「少しだ、少し。お前も、休め」


「……わかった」


 敵の追走から逃れ、どうにか森に逃げ込んだところなのだ。いつ背後から追手が現れ、矢を射かけられてもおかしくはないのだが。

 俺はバルドに促され、彼を地面に可能な限り優しく降ろし、バルドと木を挟み合うようにしてもたれ掛かった。


 数分にわたる沈黙を破ったのは、バルドだった。


「なあ、ロディよぉ……お前、エリィのこと、好きか?」


「……嫌いじゃ、ない」


「くくっ……そうか……なら、安心だよなぁ……」


 バルドの顔を、姿を、直視できなかった。死が、視えてしまうから。


「お前が……うちの団に入ってから、もう、二年くらいか。長かったような、短かったような……」


「そうだな」


 この『眼』の使い方は師匠から教わった。剣の振り方はバージルから習った。――戦場での立ち回りは、バルドから学んだ。


 戦いが終わった後、バルドは毎回俺の安否を確かめに来た。怪我はないか、とか、よくやったな、とか言って。

 一度、俺が面白がって戦いの後に身を隠した時には、大の大人が、馬鹿みたいに取り乱して。少し申し訳なくなり、自分から出て行ったあとは、すごく怒られて、最後には、無事でよかった、とか言われて、頭を撫でられて。


「お前とエリィは、いつもケンカばっかりしてたよなぁ……。止めなきゃならねえ、俺の、身にも……なれってんだ」


「頼んだわけじゃない」


「いつも……それだよなぁ、ロディ……可愛げのねぇ……」


 バルドやその仲間のことも、エリィのことも、嫌いではなかった。嫌いなわけがなかった。けれど、それを受け入れてしまえば、決意が折れてしまうような気がしていた。満足して、止まってしまいそうだった。

 けれど、後から振り返れば、なぜもっと言葉を交わさなかったのか、なぜもっと笑いかけてやらなかったのか、そう思わずにはいられない。


「お前にとっては……迷惑な、話かもしれないがな、ロディ。俺は、お前のことも、エリィのことも、家族みたいなもんだと思ってんだ。……だからよ、あいつの……エリィのことを、任せても、いいか……?」


 エリィの両親は、彼女が幼いうちに亡くなったと聞いている。バルドが、身寄りのない彼女を守っていることも、知っていた。

 ――バルドが、俺たちを愛してくれていることも、知っていた。


 俺が、孤児だったからだろうか。家族という言葉が、すんなりと受け入れられて、


「分かったよ。俺が、エリィを守るから。だから、心配しないでくれ。バルド――いや、父さん」


 その返答が最良だったかは分からないけれど、こんな別れが最善だったとは思えないけれど。しゃがんで、その太い手を両手で握り込み、答えた。

 バルドは、ゆっくりと目を閉じていき、満足したように小さく微笑んで、


「バーカ……俺は、そんな歳じゃねえよ……兄さんだろうが……」


 それが、最期だった。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「三人とも、今日まで本当に世話になった。ありがとう。使用人の人たちにもよろしく伝えておいてくれ」


 この世界に来て、四日目の朝。アラン邸の玄関口で、俺はアランたち三人に今日までの礼を告げていた。今日から普通の宿に泊まるからだ。


「あいよ。伝えとくぜ」


「また何時でもいらっしゃいな。歓迎いたしますわ」


「また会おう」


 アランは陽気に、ウルリカは優しく微笑む。リーリアは普段通りの仏頂面だ。


「まぁ、まだまだ教えてやりてえことはあるんだ。ダンジョン攻略で俺達もしばらく家を空けるから、三日後くらいにまた顔を出せ。今度はそうだな……いいバイトを紹介してやろう」


 アランがいうダンジョンは竜が出現した場所のことだろう。今日から本格的に攻略を開始するわけだ。


 バイトの紹介もありがたい。まだまだ金は入り用なのだ。


「助かるよ。――じゃあ、三人とも、さようなら」


◇◇◇◇◇◇◇◇


「――仲間を探そう」


 ナディアは地に付かない足をプラプラさせながら、そう提案してきた。


 冒険者ギルドの広間、そこにえ付けられたベンチに二人で座り、今日は何をするか、俺とナディアは話し合いをしていた。

 昨日の酒が尾を引いていないか心配していたが、様子を見る限り杞憂だったようだ。


「でも、一昨日探したときはダメだったよな?」


「あの時は、竜種の襲撃で冒険者も数を減らしていたからね。当時死んだ人たちも、もう復活している頃合いさ。それに、今度は直接探すんじゃなくて、ギルドの職員に良い人がいないか聞いてみようと思ってね」


 聞くところによると、死んでから蘇るのには時間を要するそうで、それにかかる時間には種族によって異なるらしい。平人ヒラビトなら二日から三日ほど、ドラゴンなら年単位の時間がかかるのだとか。


「なるほどな。なら、さっそく聞きに行こうか」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ロディはギルドの受付に向かい、そこにいた狐耳の職員、ミーコのお姉さんに仲間を探していることを伝えた。

 彼女はしばらく考え込むような様子を見せ、


「ふむ……それなら丁度良い方がいますよ」


「本当ですか?」


 知識があり、魔法が使えて、可能であれば鑑定魔法が使える、現在誰かとパーティを組んでいないフリーの人材――と、かなり注文を付けてしまった。正直、そこまで条件に合う人はそうはいないと思っていたのだが。


「ええ。一級鑑定士の資格を持ち、最年少で中位識者の称号を得ています。そのうえ、非常に高い魔力量を有している上級魔導士です。現在は固定でパーティを組んでいる人はいないはずですよ」


 知らない単語がいくつか出てきたが、要するに物知りで鑑定魔法の扱いが非常にうまい魔法使いということだろう。


「おー、すごい人じゃないか! ね、ね、ロディくん、会ってみようよ!」


「……そうだな。会うだけ会ってみるか」


 そこまで好条件の人材を仲間に誘うものがいないとは思えない。にもかかわらず一人で活動しているのには、何か理由があるのだろう。

 なんにせよ、一度顔を合わせないことには話になるまい。ロディはそう考えて、受付の女性にその人物と合わせてほしいと頼んだ。

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