37話 金と酒と少しの思い出
◆◆◆◆◆◆◆◆
「酒くせぇんだよ! 触んなオッサン!」
「つれないじゃねぇかよぉ~悲しいぜぇ、ロディちゃんよぉ~」
時は夜、ガヤガヤと騒々しい喧騒の中、俺は酒盛りに巻き込まれていた。
同じ傭兵団に所属する男、バルドにヘッドロックで無理やり引き連れられてきたのだ。
「何が楽しいんだよ、そんなもん」
焚き火を囲み、酒を飲んで騒ぎ立てる彼らに、俺は苛立ちを覚えていた。
「気になるなら飲んでみろよぉ。……あぁ、オメェみてぇなガキには無理か、わっはっはっ」
「ちげぇねぇや、ガハハ」
周囲のクソッタレ連中も同調して俺のことを
「チッ、寄越せ! そのくらい俺にも飲める!」
――今思い返せば、俺はバルドの言う通り、クソガキに過ぎなかったのだろう。このような見え透いた挑発にも、顔を真っ赤にして乗ってしまうほどに。
あるいは、俺自身もこの場の空気に飲まれていたのかもしれない。
なんにせよ、俺はジョッキを引ったくるように奪い取り、その中身を勢いのままに流し込んだ。
十三歳になったばかりであった当時の俺に、酒の味など分かるはずもなく、結果がどうなったかは語るまでもない。
「ゲホッケホッ、まっず……」
「やっぱりガキじゃねえか! はーっは――いてっ」
「ぐあっ」
バルドと周囲の呑んだくれ共、何故か俺までもが背後から何かで頭を殴られる。
振り返った先にいたのは同い年の少女、エリィだ。木製の盆を片手に持ち、反対の手を腰に当てて、いつもの呆れ顔で俺やバルド達のことを見つめていた。
「何すんだよ、エリィ……」
「バカじゃないの? お酒を飲ませるなんて。ローもローよ、あんな挑発に乗せられちゃって」
「……そうだな。お前の言うとおりだよ」
反射的に食って掛かりそうになるが、エリィの言葉はぐうの音も出ない正論だった。
彼女は一瞬驚いた様子を見せるが、意地の悪い顔をして、
「今日はやけに素直ね。あぁ、お酒のおかげかしら」
「あ?」
「何よ」
いがみ合う俺とエリィ、それを楽しげに見つめるバルド達。
そんな中に、乱入者が一人。
「おい、ロディ。こんなとこで何してる。
――この場にいた誰もが苦い顔をしたように感じたのは、きっと気のせいではないだろう。
180センチを超える長身、
傭兵団の団長、バージル。この男もまた、数多の戦を潜り抜けてきた戦人だ。
バージルが団長に就任する以前、ひと
前団長との付き合いも長く、この団で一番の実力者であるバルド。
傭兵団の勝利に多大な貢献をし続け、用兵術に長けたバージル。この二人の跡目争いである。
最終的にはバルドが身を引き、その騒動は幕を下ろした。そして、新しく団長になったバージルは傭兵団を自分の名、『バージル傭兵団』に変え、今に至る。
この場に集まっていたのは、言わばバルド派であった者達だ。
「……バージル、ガキに無理をさせすぎなんだよ、お前は。コイツも疲れてる。それに酒も飲ませちまったしよ、今日のところは勘弁してやらねえか。」
「お前は甘やかしすぎなんだ、バルド。そいつはな、ただのガキじゃない。金になるガキだ。だからこの団に入れてやったんだろうが。――ロディの成長度合いはお前らもよく知ってるだろ。もうこの中の半分も、コイツとやり合って勝てる自信はないんじゃないか?」
バージルは辺りを見渡し、言い放つ。――その言葉に対して、反論は出なかった。
そんな様子に満足したのか、バージルはニヤリと得意げに笑う。
俺は、この男の笑みが好きではなかった。
「このガキは強くなりたいと言って、俺たちの団に入ったんだぜ? 俺はその望みを叶えてやってるんだ」
「けどよ――」
「いいよ、バルド。……バージル、行こう」
椅子から立ち上がった瞬間、急な目眩がしたが、平静を装って、前に進み出る。
バルドはそんな俺の様子を見て、何か言いたげだったが、黙って見送った。
「ロー……無茶、しないでね」
背後からのエリィの言葉が、どうしようもないほどに耳に残った。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「かんぱーい」
木のジョッキが打ち合わされ、コンと鈍い音を立てる。なみなみ注がれたエールを喉に流し込めば、感じるのはどこか懐かしい酒の味だ。
時が経つにつれて、段々とアルコールにも慣れていったが、ここ最近は『大進行』のせいもあって中々飲む機会がなかった。
「うーむ、お酒って初めて飲んだけど、悪くないものだねぇ」
「え? ……大丈夫か?」
ナディアは身長だけで見れば、初めて飲酒をしたときのロディよりも更に小さい。
無論、それは種族の違いであるとは理解しているつもりだが、背の高い椅子に腰かける彼女を見ていると、不安になるのもまた事実だ。
「ヘーキヘーキ。
「それ、ハーフリング的には成人してないって意味だろ」
「んー? なんのことかなぁー、ふへへー」
ロディとナディアは今回のダンジョン探索の成果物を売り払い、夕飯もかねてギルドの酒場で打ち上げをしていた。
周囲にいる他の冒険者も依頼や探索の帰りのようで、手に入れた魔道具を自慢する角の生えた女や報酬の配分で揉めて決闘を始めた男たちなど、今日も酒場は混迷を極めていた。
今はこの場にいないアランも二人に混ざろうとしていたが、「またリーリアに怒られるんじゃないか?」と聞いたところ、すごすごと引き下がった。
「それにしても、等級ってこんなにあっさり上がるものなんだねぇ。ボクはE級、ロディくんなんてもうD級だよ? もちろんキミのおかげだとは理解してるけどさ。この調子だと、プレートが銀色になるのも直ぐなんじゃないかなぁ」
「アハハ、それはどうだろうなぁ……」
――ナディアの言葉を聞いた瞬間、周囲いた冒険者が数人、凄い形相でこちらを睨んできた。D級とC級以上の壁は厚く、D級で停滞したまま引退する冒険者も多いと聞く。彼らもその類だろうか。
なぜ等級が上がったかと言えば、ロディ達がダンジョン制覇の報告をギルドで行ったからだ。その証拠として、粉々になったダンジョンコアの破片を提出した。アランからのアドバイスだ。
ギルド職員曰く、小規模とはいえ、登録して数日、それもたった二人でダンジョンを攻略した例は僅かしかないそうだ。
「なぁ、ナディア。帰ったらアランにも言おうと思ってるんだが……明日から、俺も宿に泊まろうと思うんだ」
「ふむ、今回のダンジョンでお金稼いだもんね。いつまでもお世話になるのは悪いか」
「そうそう」
魔石と宝石付きの宝箱二個を売却した結果、金貨一枚と銀貨八十枚の儲けが出たのだ。これで暫くは衣食住に困ることはあるまい。
ナディアはエール酒をチビチビ飲んでいたが、ふと何かに気づいた様子で、眼を輝かせて身をこちら側へ乗り出してきた。
「じゃあさじゃあさ、相部屋にしようよ。共同生活みたいなさ! どうだい?」
「どうだい、じゃないが。ダメだろ」
「なんでさ。二人で泊まれば安くなるよ? 節約だよ節約。良いじゃないか、友達なんだし」
「男女の友達は同じ部屋には泊りません」
多分、きっと。特殊な環境で生きてきたロディにはよく分からないけれど。
だが、ナディアはすねたように頬を膨らませる。
「ケチー! これから毎日、ボクに味噌汁をよそっておくれよ!」
「なんだよ味噌汁って。もしかして、もう酔ってるのか?」
「まさかまさか、このナディアさんがジョッキ一杯のエールで酔っぱらうなんて、そんなそんな。……あれ、ロディくん、いつの間に二人に増えたんだい?」
「ダメだなこりゃ」
その後、酔っ払いを一度宿まで送り届け、ロディはアラン邸への帰路に就いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます