36話 友情の証(仮)

 『ダンジョンコア』の破壊を済ませたロディたちは、クリア報酬とやらの大小二つの宝箱を開けようとしていた。


「罠もないし、鍵もかかってないみたいだ。……せーの、で開けるよ」


「よし、分かった」


 先ほど見た木製の宝箱と異って、これらの宝箱はところどころ宝石が鏤められており、箱だけでも中々の値が付きそうだ。当然、中身への期待も膨らむ。


「――せーの!」


 二人でそれぞれの箱に手をかけ、息を合わせて開けば、箱の内からこちらを覗き返したのは――


「わぁー! キラキラだぁ!」

「おお! ……お? なんだこれ」


 ナディアが開けた小さい箱に入っていたのは、美しく光り輝く様々な色の鉱石だ。ただの宝石と異なる点は、魔力を内包している点だろう。おそらく何度か名前が出た、『魔石』だ。

 ロディが開けた大きい箱に入っていたのは、鞘に収まったダガーとコルクのような形状の白い物体だ。白い方は、ロディがアランから貰った『翻訳機』の耳に着ける方に似ている。耳栓、だろうか。


「布の時も思ったけど、箱のサイズに中身のサイズが合ってないだろ。……この耳栓みたいなやつは何だ?」


 調べようにも、箱のチェックのために鑑定の巻物を使い切ってしまった。魔力を感じるので間違いなく魔法の道具だろうが。

 ――とはいえ、こんな場所で見つかったものを耳に装着するのは気が引ける。


「ほぉ、面白いもんが出たな。音と精神耐性の防具だぞ、それ。名前もまんまで『魔法の耳栓』。遮音性が高すぎて着けると周りの音が何も聞こえなくなっちまうから、普段は使えねぇけどな」


「音と精神とは?」


「その二つは属性だな。例えばこんな風に炎を出す魔法は炎属性、こうして風を起こすのは風属性、みたいな感じだ」


 アランは魔法で右手の人差し指に小さな火を灯し、左手で風を吹きかけて掻き消した。


「音は、まぁ想像が付くと思うが、精神魔法はかなり特殊でな。悪夢を見せたり、精神を支配したり、端的に言えば陰湿な魔法だ。その耳栓は、そんな魔法をある程度防げるのさ。今度、それの良い使い方を教えてやるよ」


 ある程度がどの程度かは分からないが、果たして聴覚を捨てる程のメリットがあるのだろうか。たしかに精神支配などされては堪ったものではないが。


「魔法ってホントに何でもできるんだな。そうやってポンポン使える君が羨ましいよ、アラン」


 ――魔物を倒し、レベルが上がっているからだろう。自分の力が、三日前のあの日より格段に上がっている自覚がある。それでも、到底届く気がしないのだ。あの獣人に、真竜ドラゴンに、アランに。目の前にいる赤毛の冒険者の底が、ない。

 何より、今の自分は空を飛ぶ存在に全く太刀打ちができないのだ。飛び道具の代わりになる魔法が、必要だ。


 少しばかり思い悩んでいると、ナディアが横からずいと身を乗り出し、


「ロディくんは良いじゃないか。魔法の素養があるんだろう? ボクなんかゼロだよ、ゼロ! ずっこい!」


「んなこと言われてもなぁ……」


 想像はしていたが、魔法は才能に相当左右されるらしい。アイリーン姫のように、何も学ばずとも魔法を使えるようになった者がいたのだ。当然と言えば当然かもしれない。


 不貞腐れるナディアの声を背後に、耳栓と同じ箱に入っていたダガーを鞘から抜くと、暗い洞窟の中では眩いほどの銀光が放たれる。

 ――その白銀の刃は、一切の穢れを知らぬように美しく、見る者を惹きつける魔性を宿していた。


「きれい――!」


「だな。……これ、ミスリルだよな。当たりじゃないか?」


 以前、決闘をしたヴァイスという冒険者が使っていたナイフと同じ金属に見える。あのナイフにはここまでの光沢はなかったが、純度の違いか、加工法の違いだろうか。


「――悪くねえな。売れば金貨三十枚はいくぜ。魔法が付与されてれば二、三倍はしただろう。一階層のダンジョンにしては大当たりもいいとこだ。あの小さい箱の中の魔石も、全部売れば金貨一枚くらいにはなるだろうな」


「ほう」


(売るべきだな。あくまでナディアの主武器は弓だ。その上、あの白い刃は目立ちすぎる。隠密に向かないだろう。帰る手段を探すために、世界中を周ることになるかもしれない。そのための路銀も必要だ)


 そんな風に思考を巡らせ、ロディが口を開きかけた瞬間、ナディアが目を輝かせながら語りかけてくる。


「やったね、ロディくん!」


「ん、ああ、そうだな」


「こうして、信頼できる仲間と――友達と、一緒に冒険して、宝物を見つけて、喜びを分かち合って。それが夢だったんだ。いきなり、夢が叶っちゃった。ありがとう、ロディくん」


 そう言って、ナディアは照れくさそうに二へへと笑った。

 だが、対するロディは心中穏やかではいられない。


(――ヤバイ。浪漫とかそういうの微塵も考えてなかったんですけど。完全に損得だけで物事見てたんですけど。俺、かなり嫌なやつなのでは……?)


「今まではキミにばかり頼っていたけれど、この短剣があればボクも今よりキミの役に立てるはずさ! 頑張るよー!」


 ナディアは気合を入れるように、両手で小さくガッツポーズを決めた。

 チラと横に視線を逸らせば、アランはバツが悪そうに壁の方を向いている。


(売るとか言い出せねえよ。アランもすごく居たたまれない顔してるよ。アレ、「売るなら良い店を教えてやる」とか言おうとしてたヤツだよ)


 これでナディアが高価な短剣を欲してこう言っているならまだしも、様子を見る限り、そういった打算の意図は一切ないようだ。本心からロディの力になりたいと思っているわけだ。

 ――尚更言い出しにくい。


 結局、ロディは売却を諦めて、精一杯の笑顔を作り、


「おう、期待してる!」


 と言いながらサムズアップをした。それが限界だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 報酬やコアがあった隠し通路は、さらに奥へと続いており、赤く半透明な球体が置かれていた場所に繋がっていた。

 隠し通路の中では敵に遭遇することはなく、洞窟を出るまでの帰り道は比較的楽に終わった。


 現在は洞窟を出て、パールザールへの街に帰還している最中であり、歩きながらアランにダンジョン内で出た疑問を問うている。


 ちなみに、ロディは宝石の埋め込まれた宝箱をロープで縛り、引きずるように運んでいる。

 箱そのものにも価値があるので、売り払おうという算段だ。


「多分あの洞窟は昔、魔術師か何かの隠れ家だったんだろう。それがコアの発生によってダンジョン化したわけだ」


 アラン曰く、ダンジョンには、元々あった洞窟や森がコアの発生によりダンジョンに変質した『変異型』、何もなかった場所から突如として遺跡や塔が出現する『生成型』の二種類があるのだそうだ。

 つまり、あの洞窟は変異型のダンジョンと言える。


「ダンジョンで見つかるお宝は、古代の遺物の複製品だと言われている。道中あった魔法の罠も、元々あそこにいた魔術師が描いたヤツの複製だろうな」


「てことは、この布なんかも複製品なのか」


 手元にある『汚せぬ織布』を見つめる。ゴーレムとの戦闘に使用した結果、二枚に破けてしまった。

 隣を歩くナディアは申し訳なさそうに、


「ごめんね。少し勿体無いことしちゃった」


「いや、謝ることなんてないよ。ゴーレムに勝てたのは君のおかげだ。――それに、二枚になって丁度いいじゃないか。二人で分けられるし、友情の証、みたいな感じで……ゴメン、忘れてくれ」


 ――言っていて恥ずかしくなってきた。このようなくさいセリフを口にしてしまうとは、ナディアに当てられてしまったかもしれない。


 ロディの言葉を聞いて、ナディアは暫く呆けたような顔をしていたが、悪戯っぽく笑い、


「やーだよっ! うん、コレはボクとキミの友情の証だ! 名前を書いておかないとね。ふへへ」


 ナディアはそう言って、軽やかな足取りでグイグイと先に行ってしまう。


「敵わんなぁ……ナディア、先走りすぎだぞ、危ないから戻ってこーい」


 宝箱を引きずりながら、ロディはナディアを追いかけた。

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