35話 一階層、無名のダンジョン、制覇
◆◇◆
「これが最後の修行です。あの岩を破壊しなさい」
「本気ですか、師匠。剣で岩を斬れと?」
木漏れ日が差し込む森の中、俺はある人に師事していた。剣技――ではない。受け継いだ魔眼の使い方についてだ。そして、この『眼』を授けてくれた俺の師は女性だった。
流れるような金色の髪、すべてを見透かすような深緑の瞳、雪を思わせる白い肌。見たところ年齢は十代半ばか。可憐な見た目だが、どこか近寄りがたい雰囲気を感じる。
きっとそれは、彼女の持つ力が故なのだろう。
「以前見せたはずですよ。あなたにも出来ます」
「信じますよ……?」
魔眼を開放し、前方にある直径二メートルほどの岩を見据える。
「やあッ!」
手に持った鉄の剣に精一杯力を込め、岩の核目掛けて振り下ろした。だが、斬れない。高い音を響かせ、剣がはじき返される。
「やっぱり無理ですよ、こんなの。できっこありません」
「斬ろうとするから失敗するのです。核に綻びを作り、その部位を破壊するのであって、切断が起こるのは結果に過ぎません。核を解析し、己が剣を理解し、力を掌握しなさい」
「……よく、分かりません」
「いつか分かりますよ、あなたにも」
確信しているかのように、彼女ははっきりとそう言った。師匠がそう言うのなら、信じてみようと思ったのだ。
……結局、十年近く経った今でもイマイチ理解できないけれど。
◆◇◆
「オオォォ!」
立膝をついていた右の足が斬り落とされ、岩の巨人はその支えを失い、地面に崩れ落ちた。
だが、それとほぼ同時、目を覆い隠していた布が破れてハラリと落ちる。
「鈍間が。もう遅い」
二本の腕を使い、上体を起こそうとするゴーレムは、されど立ち上がることなく再び地面に叩きつけられる。
左腕が斬り落とされ、地面に転がっていた。
もはや立ち上がることすら出来ないゴーレムなど、ただの岩の塊に過ぎない。
――そして、岩なら十一の頃、既に斬った。
剣戟を刻み、勝利を刻む。残る腕と脚が、落ちた。
「――――ォォ」
四肢を全て失い、達磨となったゴーレムは、ただ終わりを待つのみだ。
だが、
(この剣はもうダメだな。無理をさせ過ぎたか)
今日だけで何体の魔物を斬っただろう。終いには岩の切断まで任せてしまった。継戦能力を上げるため、刃に負荷が掛からないように戦っているのだが、限界はある。
刃こぼれを起こしボロボロとなった剣は、少し力を入れただけで折れてしまいそうなほど見窄らしい。
トドメを刺すことは一度諦め、足元に落ちていた破れた布を拾ってナディアのもとに走る。
「カッコ良かったよ、ロディくん。流石は騎士様だね」
ナディアは脂汗を流しながらも、小さく笑いながらロディを迎えた。
「やめんか、まったく。……冗談を言う余裕はあるみたいだな。ポーション、飲めるか? 辛いなら手を貸すぞ」
「ん、お願い」
入り口辺りに置いてあった袋を拾い、そこから液体の入った小瓶を取り出した。ナディアの小さな身体を抱き抱え、少しずつ瓶に入った薬を口の中に流し込んでいく。
顔色がみるみるうちに良くなり、ナディアはピョンと跳ねるように立ち上がる。
「ありがと。楽になったよ。ナディアちゃん完全復活さ」
「そいつは良かった。――それで、だ。アレ、どうしようか」
いまだ動くことも叶わずに地面に転がるゴーレム。その生命までは断てていないようで、首から上をしきりに動かしている。このまま放置するのは少しばかり哀れだ。
「じゃ、こういうのはどうだ?」
ここまで黙して見物していたアランが、遂に口を開いた。
◇◆◇
アランの提案はこうだ。――固いものには、固いものをぶつけよう、と。アラン曰く、ゴーレムは動力となる『魔石』か、ゴーレムの魂と言える『魔力回路』を破壊すれば、その生命活動を停止できるらしい。
魔石は胴体に、魔力回路は頭部に埋め込まれている場合が多いそうだ。
「「「そーれっ!」」」
斬り落とされた岩石の腕、体から切り離され、動かなくなったそれを三人で持ち上げて――振り下ろす。
太い胴に反して小さな頭が拉げ、眼の宝石が音を立てて割れる。それきり、動かなくなった。
「死んだ……のか? そもそも、こいつは生物、で良いんだよな」
ロディの言葉に、ナディアとアランが顔を居合わせた。二人の間に微妙な空気が流れる。
「何かまずいことでも言ったか?」
「……このゴーレムやさっきのスライムなんかは、『魔導生物』と呼ばれてる。魔導で生み出された生物って意味だが、この魔導生物の扱いが面倒でな。教会――『ローレアン教』から目の敵にされているんだ」
「何度か聞いた名だな、確か」
アランの仲間のウルリカや仲間探しの折に会った、背の高い神父が信仰してる宗教がそんな名前だったはずだ。この世界に来た初日に、ミーコを母親のもとに送り届けた場所もローレアン教の教会だった。
「この大陸で最も信仰されている宗教だよ。主神ローレアンは生命を司る神で、蘇りは、かの神からの祝福なんだ。だから、ローレアン教は非常に強い影響力を有しているのさ」
この世界において蘇りがどれだけ重要かは、来て三日ほどでしかないロディにもよく分かる。つい先日まで村人に過ぎなかったナディアが二、三十回の死を経験しているのだ。祝福とやらが無ければ、人間という種は滅んでしまうだろう。
そして、ローレアンが生命を司る神とすれば、
「もしかして、魔導、つまり、人造の生物を造ることは道理に反すると?」
「その通りだ。特に人造の人類種――ホムンクルスの製造は、最大の禁忌とされている。教会は、魔導生物の生存権を認めてねえんだ。それどころか、便宜上そう呼んでいるだけで、生物の括りに入れることすら嫌ってやがる。……ウルリカを連れてこなくて良かったぜ、本当に」
最後に小さくつぶやいた後、アランはパンと一つ手を叩き、気持ちを切り替えるかのように朗らかに笑う。
「まぁ、こんな話は止めだ止めだ! なんにせよ、お前たちはダンジョンのボスを倒し、ノーデスでこのダンジョンを攻略したわけだ! おめでとさん。ロディ、ナディア」
「そうだよそうだよ! 初めてのダンジョン探索で、制覇まで成し遂げたんだよ、ボクたち。これってスゴイことなんじゃないかな、きっと!」
「そう、だな。やったな、ナディア! 帰ったら美味いものでも食べるか!」
ロディがナディアと二度目のハイタッチを交わした、その瞬間、左方でゴトリと大きな物音がした。
新手を警戒するが、結果から言えばそれは杞憂に終わる。
「隠し通路、だよね」
円形の広間、その側面の壁が一部姿を消し、奥へと続く道ができていた。
◇◆◇
隠し通路の先には大小二つの宝箱が置かれていた。アラン曰く、「クリア報酬」とのことで、ボスがいるダンジョンには、必ず存在するらしい。
だが、それ以上に目を引くのは、
「これがダンジョンの心臓部、『ダンジョンコア』ってヤツだ」
アランが指し示す先、青白く輝く複雑な紋様の魔法陣の上で、浮遊する物体がある。それは膨大な魔力が漏れ出る、直径五十センチほどの紫色の球体だった。
「前にも話したが、ダンジョンは魔物だらけの場所、魔界と繋がっている、とされている。そして、魔界とダンジョンを繋ぐ門を生成するのがこのコアだ。コイツを壊せば門は消え、ダンジョンの中に魔物が湧くことは無くなる。一部例外はあるが、基本的にコレを見つけた冒険者は即座に破壊しなきゃならねえ」
「分かった。ナディア、ナイフを貸してくれ」
「はーい」
手渡されたナイフを握り、コアに向けて振り下ろした。カツンと音を立ててナイフは刺さらずに止まるが、刃の先が当たった部分から亀裂が入る。段々とヒビはコアの全体にわたり、最後にはバラバラになって砕けた。
足元の魔方陣もまた、ゆっくりと光を失い、跡形もなく消えていった。
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