34話 ボス戦

「もうムリ……」 「一旦休憩にするか……」


 すでに安全を確保したはずの道で、再び魔物と遭遇したのだ。それも一度や二度ではなく、何度も、である。隈なく周囲を探したが、隠れていたわけでも、どこかに抜け道があったわけでもない。

 単に分かれ道や外から侵入した可能性はあるが、何もない場所から湧き出したように感じる。転移魔法なのか、あるいは魔法で生み出された生物なのか。


 魔物一匹一匹は大した脅威ではなかったが、分かれ道に戻ってくるまでの連戦続きで、二人とも流石に疲労がたまっていた。


「でも、目的の物は見つけられたね」


 先ほど見たような石の台座に設置された、赤い水晶玉のような球体だ。外形からして、コレが障壁を解除するカギとなることは自明だった。


「分かれ道を左に行ってすぐな! くそぅ、あの時棒が左に倒れてればこんなことには……」


「ここはポジティブにいこう。経験が積めて良かったじゃあないか。うん、……うん。……はぁ、取ってくるよ」


 トボトボとナディアが歩き出す。しかし、その後ろ姿に何かデジャブのような、引っかかるようなものを覚えて――


「ッ! ナディア!」


「――ぁ」


 ――ロディとナディア、二人の失態を挙げるならば、それは足元や陰になっている部分ばかり注意して、上への警戒を怠ったことだ。

 ここまで地面に描かれた罠ばかり見てきたうえ、疲労が蓄積していたことも重なった。もし最初に左の道へ進んでいたなら、こうはならなかっただろう。


 ロディはナディアの背に手を伸ばすが、間に合わない。天井から、何かがナディアの顔に落下した。


「ぐむっ――!?!?」


 降ってきたのは半透明の蠢く粘液だった。ナディアの顔に覆い被さり、その呼吸を妨げているようだ。

 ナディアはどうにか引き剥がそうと必死に藻掻くが、液体を掴むことなど不可能だ。手の間から擦り抜けていく。


(俺が手を貸しても意味がない! なら――)


 松明を地面に置き、鞘から剣を引き抜いた。


「ナディア! 聞こえているならじっとしてくれ! 聞こえてないなら――すまない」


 液状の魔物、その向こうのナディアと目が合った、気がした。声が届いたかは分からない。ただ、ナディアは動くことを止め、ぎゅっと目を瞑った。


 ――これは後で知ったことだが、液状の魔物、スライムは厄介な魔物だ。液状ゆえ斬っても突いても意味がない。魔法を唱えたとしても、個体ごとに耐性が大きく異なるのだ。故にスライムが大量発生した場合、多様な魔法が行使できる高位の魔法使い以外では討伐が困難とされる。


 だから、魔法が使えないロディが取れる行動は、ナディアの顔に火傷が残ることを覚悟して、スライムを松明で炙るしかない――はずだった。そう、魔眼がなければ。


「――――ッ!」


 万物すべてに存在する『核』。破壊すれば生物、非生物問わず重大なダメージを生じる、言わば弱点だ。そう、このスライムにも核は存在している。


 ――白い刃が振り抜かれ、鞘に剣が収められる音が続く。

 一瞬の静寂。遅れ、スライムが上下に断ち切られた。ボタ、ボタと音を立て、スライムの形が崩れ落ちていく。

 ナディアの顔から落ちたスライムはしばらくの間再結合しようと蠢いていたが、急にピタリと動きを止め、地面に吸い込まれるように消えていった。それを見届け、ロディはナディアの背に手を当てる。


「ナディア! 平気か!」


 地面に膝をついて咳き込み、荒い呼吸を繰り返していたナディアは、ロディの言葉を聞いて顔を上げ、ニッと歯を見せて笑った。


「さっすが、ロディくん、だね。信じ、てたよ」


◇◆◇


「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか――どうかな!? カッコよかった?」


「え? あぁ、うん。カッコいいカッコいい」


 二人は一度洞窟の外に出て休憩した後、再び洞窟の最奥にある障壁の前にまで辿り着いていた。ナディアの調子が少しばかり心配だったが、この分だと問題はなさそうだ。


「むぅ、まぁいいさ。それで、準備はいいかい? ロディくん。この先は多分ボス部屋――強いモンスターが待ち構えているはずだよ」


「ああ。行こう。それに、もしダメそうなら逃げればいいさ」


「ふふ、そうだね。じゃあ嵌めるよ」


 コトリと音を立て、石の台座に赤い水晶玉が嵌め込まれた。ブーンという低い音を立て、魔法の障壁が掻き消えた。

 二人でうなずき合って呼吸を合わせ、慎重に中に足を踏み入れる。

 すると、円形の広間を囲うように設置されたトーチが一斉に勢い良く燃え上がり、青い炎を灯した。その揺らめく明かりが照らし出したものは――


「岩の、巨人――」


「ストーンゴーレム!」


 その巨体はオークのそれを優に超えている。全長三メートル弱、岩石でできた体は、刃など受けつけはしないだろう。

 ――宝石で出来た紅色の双眸が、侵入者を捉えた。


「――――ォォオ」


「――来るぞ!」


 低く重い唸り声を上げ、鈍重な足音を立ててゴーレムが動き出した。


◇◆◇


「ロディくん、やっぱり矢が刺さらないよ! 目も駄目だ!」


 ナディアは走りながら幾度も矢を射かけるが、すべて堅固な岩肌の鎧に弾き返される。その弓の腕前には目を見張るものがあるが、如何せん相性が悪すぎる。


「なら、出来るだけ動いてかく乱してくれ!」


 狙うとすれば、腕や足の付け根、そして、首だ。限り最も脆く、破壊されれば大きな影響を受ける部位。高所にある首や腕には剣が届かない。故に――


「はあッ!!」


 大ぶりの殴打を避け、巨体の足元に潜り込んだ。そのまま擦れ違うように股関節のあたりを斬り付ける。


「――ッ!」


 だが、刃は通らない。ロディの渾身の一撃は岩肌に軽く傷をつけるにとどまった。反動で腕に強い衝撃が走る。


(まだ、核を正確に捉え切れないか!)


 核にも強度は存在している。体積が大きく、硬度が高いほど強固になり、破壊は難しくなる。故に、巨体で尚且つ岩石の体をもつゴーレムを破壊するには、正確無比な一撃が必要なのだ。


「オオォォ――――!!!」


 足元の鬱陶しい虫を払うかのように、ゴーレムが暴れまわり、堪らずロディはその場を飛び退いた。ナディアも近寄ることができないようで、隣に駆け寄ってくる。


「クソっ……動きが止まっているならともかく、ああも暴れられるとな……」


「アレの動きを止めればいいのかい? なら、ボクに考えがあるよ!」


「オーライ! 俺が斬り込むから、タイミングを見計らってくれ!」


 ゴーレムは自身に駆け寄ってくるロディ目掛け、腕を振り下ろす。ロディはその動きを見切り、幾度となく振り下ろされる拳の乱打を掻い潜る。


「ォォオオ!」


 業を煮やしたか、ゴーレムはロディを掴もうと手を伸ばした。


「そこだッ――!」


 迫る手、その指目掛けて剣を立て続けに振るい、岩石の指を三本斬り飛ばした。

 自身の身体が欠けたことに驚いたのか、ゴーレムは腕を引き戻し、じっと手を見つめだした。


「とうっ!」


 ナディアがロディの背後から飛び出し、開かれた手の平の上に飛び乗った。ゴーレムは握りつぶそうとするが、掴むための指が足りない。ナディアはそのまま岩石でできた腕を駆け上っていく。


「これで、どうだッ!」


 ナディアは二枚の布――ダンジョンで手に入れた『汚せぬ織布』と持ってきていた手拭いを結び、目隠しのようにゴーレムの顔についた宝石を覆い隠した。


「オォ!?」


 ゴーレムが見るからに動揺する。一応顔の辺りについていた宝石は目と同じ役割を果たしているようだ。


「――うっ、ぐっ!!」


「ナディア!」


 岩肌にも触覚はあるのか、ゴーレムがナディアを払い落した。ナディアは床に叩きつけられ、呻き声を漏らすが、ロディと目が合うとゴーレムに向けて指をさす。


「いま、だよ! ロディくん、やっちゃえ!」


「――任せろ!」


 片膝を突き顔を覆う布を外そうともがいているゴーレム、隙だらけなその足を――


「おおおぉぉ――!!」


 ――斬り上げた剣が完璧に核を捉え、一息に切り裂いた。

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