31話 不思議道具
道具屋『トルテルト』にロディ達は買い物をしに来ていた。あたりを見渡せば、何か文字が書かれたカード、薄く発光する短刀、ギギギと鈍い音を立てるこぶし大の髑髏など、棚に並ぶのは用途がよく分からないものばかり。
店内にほかの客の姿は見当たらない。先ほどこの店に入っていく客の姿を目にしたはずだが、いったいどこに消えたのやら。
そして品物が個性的なら、店主もまた個性的であった。
「何をお求めですカナ?」
体のラインを見せない黒い服、顔を隠すような黒い頭巾――黒子の恰好をした店員は、カウンターの向こうの椅子に腰かけたまま、そう尋ねてきた。
おおよそ人のものとは思えない高い声だ。魔法で声を変えているのか、そういう種族なのか。
「これからダンジョン探索に行くんだが、そのために必要な道具が欲しい。何か良い品はあるだろうか」
「フーム、ダンジョン探索デスカ。そうレベルが高そうには見えないのデスガ……。いえ、シツレイ。鑑定の巻物などはどうでショウ。鑑定魔法が使えるものが居ないナラ、必ず必要になるカト」
「鑑定魔法というと、アレイシアの石板みたいなものか」
アレイシアの石板は、ロディのステータスを見るために、冒険者ギルドで登録をした際に使用した魔道具だ。
「そうデス。宝箱の罠の有無や武具に付与された魔法の確認、敵の強さを測定ナドナド、その用途は多岐にわたりマス。試しに、お使いになってみマスカ? そこのスクロールデス」
黒子の店員が指し示した先にあるのは、赤い紐で止められた羊皮紙の巻物だ。何巻かがピラミッド状に積み重なっている。
「これか? ……どう使うんだろう」
「ええと確か、紐を解いて広げ、対象に向けて念じるだけでいいはずだよ」
「ふむ――えいっと」
何んとなしに、使い方を教えてくれたナディアに向けて巻物を使った。一瞬、巻物に書かれた黒い魔法陣が青く発光し、ポンと軽い音を立てる。
それと同時に魔法陣が書き換わり、羊皮紙に黒い文字が浮かび上がった。だが、
「やっぱり読めないな……自分で使えば何か変わるかもと思ったんだが……。ん? ナディア、どうした?」
ナディアはロディをから顔をそらすようにそっぽを向いてしまった。よく見れば頬も少しばかり赤く染まっている。
後ろを見れば、顔は隠れているが、黒子の店員も何かもの言いたげな様子だ。
「ロディくん……鑑定魔法を他人に――特に、女性に無許可で使っちゃダメなんだ。いや、うん。分かるよ。知らなかったんだよね。仕方ないし、ボクとキミの仲だ。許すとも、うん」
「そうなのか? すまなかった」
釈然としないロディを見て、黒子の店員が補足を入れる。
「アー、鑑定魔法は、ステータスだけでナク、その人のパーソナルな情報まで記してしまうのデス。使用者の裁量によって書き込ませないこともできマスガ……マァ、人にはむやみやたらに使わない方が無難カト」
「なるほど。そうだったのか……じゃあナディア、これ」
なんとなく話が読めた。確かにデリカシーに欠ける行いだったかもしれない。
ロディがナディアに書き換わった羊皮紙を手渡し、ナディアはそれにチラと目を通してから懐にしまい込む。
「まぁ、終わったことは水に流すとしよう。それで、他におススメはありますか?」
「冒険セットですネ。携帯食料や水筒、火口箱に松明、あとロープなんかが入ってマス。他ナラ、ポーションやピックツールでショウカ」
「思ったより普通なんだな。もっと変なものばかりかと」
魔法が普及している世界なので、冒険にはもっと不思議アイテムを用いるものだと思っていた。実際、この店にも魔道具らしきものがゴロゴロと置いてあるわけで。
「マァ、魔道具が欲しいと言うのナラ……これはどうデス? 十フィート棒といいマス」
そう言って店員が手に持ったのは、長さ一フィート(約三十センチ)ほどの細い円筒形の棒だ。……どことなく見覚えがある気がする。
「十フィート? そんなに長くは見えないが」
「こういうことデス」
店員が言い終わると同時に棒の両端が伸び、一瞬のうちに長さ三メートルほどの棒へと変化した。
「おぉー」
「伸縮自在、長さの固定も可能、そこそこの強度、今ならさらに長さをプラス一フィートして、コチラの十一フィート棒、お値段なんと銀貨十枚デス。罠の確認から、遠くの物を手繰り寄せたり、高跳びの棒代わりにしたりナド、いろいろ使えマスヨ」
セールストークにまんまと乗せられているようだが、便利そうに聞こえる。実際様々な応用が利きそうだ。予算は一人当たり銀貨十枚で余裕はないが。
「どう使うんだ?」
「スクロールと同じデ、念じるだけデス。最初は長さの調整に手間取るかもデスガ、すぐに慣れマスヨ」
◇◆◇
店から出た二人は、近くの段差に腰かけるアランに出迎えられた。
「よぉお前ら、戻ったか。何買ったんだ?」
「こんな感じです!」
ナディアと話し合った結果、今回購入したものは、冒険セット(銀貨五枚)、十一フィート棒(銀貨十枚)、ピックツール三セット(銅貨五枚)、低級ポーション二本(銀貨一枚)、背嚢とベルトポーチ(銀貨一枚と銅貨九十枚)、鑑定の巻物四巻(銀貨二枚)、ペンと羊皮紙(銅貨五枚)。
銅貨百枚で銀貨一枚と等価なため、これで銀貨二十枚きっかり使い切ったことになる。
「よーし、言った通り二十枚全部使ってきたな。――おっ、十一フィート棒か」
アランは短くなっている棒を手に取り、懐かしそうに目を細めた。
「アランも知ってるのか」
「まぁな。俺も買ったんだよ、この棒。なかなか便利だぜ。……ここ最近は使うこともなくなっちまって、物干し竿になってっけどな」
「あぁ、その棒に何となく見覚えがあったのはそのせいか」
記憶をたどれば、アランの屋敷の外で、揺れるシーツとそれを吊るす十一フィート棒を見たことがあることを思い出した。
「今日一日、ダンジョンに行って帰ってくることだけを考えたんだが、こんなものでよかったのか?」
「それは実践で確かめてもらうぜ。と言っても、今回のはダンジョンなんて名ばかりの浅くて敵も弱い、穴倉みてえな場所だけどな」
◇◆◇
「ここがダンジョン? なんというか、本当にただの洞窟みたいに見えるな」
パールザールの街を南下した森の中、切り立った岩壁で口を開ける暗い洞窟。その前に三人は立っていた。幸い、道中の敵に遭遇することはなくここまでたどり着くことができた。
(モンスターの方がアランを避けていただけかもしれんが)
「一応ダンジョンなのは間違いないぜ。俺達が昨日見つけたばかりの新しいダンジョンだが、お前の腕試しに使えるかどうか、この俺様が中を走り回って確認してきたからな。――んじゃ、さっさと準備して中入っぞ。もたついてたら日が暮れちまう」
「了解」
ロディは道具屋で買った背負い袋を下ろし、中から松明と火口箱を取り出した。火打石と火打金を打ち合わせ、散った火花が箱の中の黒い石に落ちれば、石がパチパチと音を立て、火種が即座に着火する。
(速いな)
雑用を任され、寒い思いをしながら必死に火をつけていた子供時代。これがあればどれだけ楽だったろうか。
「その火、すぐ消えちまうからさっさと松明を付けた方がいいぞー」
言われた通りに松明を点火する。実際、アランの言ったとおりに火は数秒も経たずに消え去った。
「その火口に使われている石は燃えカスって呼ばれていてね。純度が低いか、効果が薄くなった火の魔石なんだよ。ほかにも、水筒の中にも純度の低い水の魔石が入っていて、時間が経てば勝手に水を補充してくれるんだってさ」
普通に見えても、ここは異世界。使われるものはやはり不思議道具だった。
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